新なるルーンレイス
「きゃああああああ!!」
甲高い少女の悲鳴があたりに響き渡る。悲鳴を上げているのはウルマ嬢の体だ。
だが、当のウルマ嬢は目つきの悪い男の体で――
「ちょっと!! そんなふうに危機に陥って悲鳴をあげるっていうのはヒロインである私の役目ではないですか!? いえいえ、いやいや、たしかにそういう風になってるのは私の体ですけど……うう、なんで私は今こんな男の体になっていなければいけないのでしょうか……!?」
「いや、その体で泣き崩れるられても気持ち悪いだけだけど……」
「ニナ!! あなたはいいわよね!! 男の体に入れられているわけじゃないんだから!!」
「いや、俺も魔女にこの肉体に閉じ込められた男の魂なんだけど……」
多分、同じように体を入れ替えた経験を持つ人間なら理解してくれるだろう――とりあえずこの娘にもきちんと説明すれば理解してくれだろうか?
「それよりも、何なのあの魔物は!?」
アーニャが、ウルマの体のムヴエをとらえている魔物を指差して言う――
それは、二本足で立つイノシシの魔物……
「イノシシの魔物……色は多少違うがあれは……ブルオークか!?」
――ブルオーク――山岳地域なのに時折出現する力の強い魔物だ。
鉄道設置事業などの妨害をやってくるので戦士派遣協会に討伐依頼が来ることがあるほどだ――
「違う……あれは……ハッカイマモノンだ!」
「ハッカイマモノン? 聞いたことない魔物だな――いや、ブルオークの事を日本と言う国ではそう呼ぶのか?」
地方によってはスライムの事をスマイルとかスネイルとか呼ぶことがあるらしい――
「違う違う、マモノンGoにでてくるマモノンの一体――水虎のマモノン、サーゴマモノンと岩猿のマモノン、ゴクーマモノンと合わせると、三蔵の法力が使えるというんでやっきになって揃えるものがいたという――」
「魔物を集めているのか?」
「世の中には奇特な趣味を持った人間もいたもんだな」
「いや、ゲームの中だけの話なんだけどね……」
「遊戯で魔物をあつめている
「あんなものが王都のど真ん中にあんな魔物が現れたとなると俺の率いる騎士団の資質に問題ありと言われる――!!」
クイエト王子が、魔物を睨みながらそう言う。
「そうだな、魔法結界が破られたとか文句を言われそうだ――それにしても」
シュレア王子もそういい、そして――三人は声を揃えて、はっきりと言う!
「「「おいしそう!!」」」
「ちょっと待て!! それもなんかおかしくないかそれ!?」
ハヤトは慌てて突っ込みを入れる。
「もしかして、あんたら魔物を食っているの!?」
「まあそれなりに技術を持った人間が調理しなければあまりいい味にはならないけどな」
「お父さんの戦士派遣協会に調理技術を持った戦士さんがいたはずだよ」
「なるほど王都の戦士派遣協会からレグリーム伯爵領の戦士派遣協会に連絡してその戦士を連れてもらおうか」
「何か、食うことを前提で話してないか?」
ハヤトは呆れながらにそういう――
「魔物食いは珍しいもんじゃないぜ。昔から世界中で行われている風習だ」
俺が説明すると、ハヤトは何かしらのショックを受けたように頭を抱える。
「異世界のカルチャーショックってけっこう来る……」
「カルチャーショック?」
ハヤトは、時々訳の分からない言葉を使う。まあ、異世界人なら仕方ない事だろう。
「グオオオオオオオオオオ!!」
色々話し込んでいるうちに、魔物――ハッカイマモノンは恐ろしいうめき声をあげる!!
「あの魔物を食べるかどうかなんて今はどうでもいいから、私の体を助けなさいよ!!」
「そうだな、王都の街中であんな魔物に暴れられたら王家の威信に関わる」
「やれやれ、まずはメイド娘を助けるとするか――」
目つきの鋭い男、ウルマの声でクイエト王子は剣をかまえ、シュレア王子は魔力のこもった短剣を取り出す――
「大地よ沈め『グランドフォール』!!」
グオン!!
シュレア王子が地面に短剣を突き刺すと、そこから魔力が伝達しハッカイマモノンの周りの地面を陥没させる!!
「グオ!!」
足元に突然開いた穴に足を取られてバランスを崩すハッカイマモノン――
「スリャッ!!」
間髪を入れず、クイエト王子が剣を一閃――ウルマ嬢の体をとらえていた腕を切り離す!!
「……あの二人、王子とか言ってなかったっけ?」
「王子だよ。クイエト王子は現王の次男だし、シュレア王子は三男だ」
ハヤトがまた何かを言い出す――
「なんで王子が普通に戦っているんだよ?」
「王子だからだろ」
他の国や世界ではどうか知らないけれど、この国の王族は戦場において先頭に立って戦う連中だ。
「ぼ、ボクは戦わないぞ!! 兄さんたちが異常なだけだからな!!」
「それよりも私の体で戦うなんて言わないでよ!!」
ドレッグ王子のことは、今彼が使っている体の持ち主に任せるのが一番だろう。
「きゃあ!!」
メイド姿の少女が切り離された腕から落ちる――
「おっと……だいじょぶかムヴエ!?」
それを受け止める執事姿のドレッグ王子の体のトウカが受け止める――
「なんかややこしいな……」
「ドレッグ王子様……なんかもともとの体の持ち主よりも活躍してない?」
「くそっ!! 見ず知らずの女の子たちにまで馬鹿にされている……」
自分の体が活躍をしているのを見るのは複雑な気分だろうな……
「俺の体が勝手に悪事を働いたとしたら俺も嫌な気分になるんだろうなぁ」
「自分の体がヒロイン扱いされてもそこに自分がいなければ本当に複雑よ!!」
……やっぱり、分かり合えそうな気がするな――
「なにアレ!?」
「――!?」
シュオン……
切り落とされて地面に落ちたはずの魔物の腕が解けるように蒸発する――それと同時に魔物の体も幽霊のようにゆらめき始める――
「何だあれは……」
「グオオオオオオオオオオ!! 体が崩れる…どうすれば……魔力を……魔力をよこせ……」
魔物が、苦しそうに残ったほうの腕を伸ばす――その標的は魔力の高いシュレア王子――!!
「ちっ!! まさかこいつ!!」
俺は魔物とシュレア王子の間に駆け込み、魔法を発動させる――俺の想像通りならこれで……!!
「『光の障壁よ、レインボーカーテン』!!」
シャラン――カキッ!!
光の壁が魔物の動きを封じる――これはまるで……
「ルーンレイス……」
もちろんかつてルーンレイスだったレイナは聖女の神殿で静養しているはずである。それに、今のこいつは全く姿が違う――
「でも、なんで……」
ルーンレイスは人間の魂が魔力に包まれて具現化した物……これはいったい誰の魂がこうなっているのか……
このルーンレイスがでてきた体――ウルマ嬢の体にはムヴエの魂が入っていて、今もちゃんと動いてるはず。
俺はドレッグ王子の体に抱かれているメイド姿の少女を見る――その少女は、ルーンレイスと化した魔物を眺めながら笑みを浮かべていた――




