どうでもいい話
20××年・日本――とある都市――
数ヶ月前に発生した総理大臣暗殺事件の影響が、ようやく薄れてきたある昼下がり。
自宅大学の大学院生、入田利康はただあてもなくぶらぶらとしていた。
利康は思う。
「校外実習って、何をするんだ?」
大学の母親教授から、親戚一同が家に集まるので世間体が悪いから校外実習をしてきてくれと言われて追い出された――
「この優秀な頭脳を親戚に披露するチャンスだったのに!!」
特に、従兄弟の娘さんはそろそろ小学生、可愛い盛りなのに……
あの子になら無償の家庭教師をしてあげてもいい――自分の研究成果をすべて彼女に見せてやろうと思う――
きっと彼女も喜んでくれるだろう――自分の研究は小さな女の子を喜ばせるにはもってこいのものだから――
そんなことを考えながら。
「おい、デブ!! タラタラ歩いてんじゃねぇ!!」
「キャハハハハ、な~にアイツ!!」
「くさ~~い!!」
入田利康よりもはるかに偏差値が低いであろう若者たちが、利康を指差してゲラゲラ笑っている――
全く、入田利康は自宅大学の大学院生だぞ!!
お前らとは頭の出来が違うんだ!!
利康は、若者たちを無視して街をずんずん歩いてく。
「さてどうしよう? 研究対象のテーブルトークアールピージーの資料でも買いに行くか――」
そう言って利康は18歳未満お断りの店へと向かっていった――
そんな時だった!
キイーーーーーン!
突如、遥かなる天空より光の渦が出現する――!!
よくよく見るとそれは、光で作られた異世界の文字のように見える――
「あれは、もしかして……この世界の人間を異世界へ召喚するためのもの!?」
入田利康は走り出す――光の渦の真下は利康がいる場所よりもはるかに遠い……一刻も早くあの下に行く――異世界に召喚されるのはこの入田利康だ!!
しかし悲しいかな……日頃の不摂生がたたり、ブクブクに膨らんだ利康の体は、全くと言っていいほどスピードが出ない――
「なんだ? 何が起こってるんだ!?」
不幸にも――利康から見れば幸運だが、その光の渦の真下にいた高校生くらいの少年が、体の周りを光の渦に巻き込まれながらあたりをきょろきょろ見渡す――
「そ~~こ~~を~~ど~~け!!」
利康は全速力で少年を押しのけようとするが、全くと言っていいほど間に合わず、光は少年とともに消えてしまった――!!
「ぶしゃっぁぁぁぁ!! なんでだ!! なぜだ!! 異世界に召喚されるのはこの入田利康だったはずなのに~~!!」
利康は嘆くが、光が再び出現することはなかった。
「……まぁいい、この優秀な入田利康を、異世界人が見逃すという事は無いだろう――再び、召喚しようとするはず。その時をじっと待てばいい――」
入田利康は言う――
「召喚される直前に、たぶん入田利康好みの女神様がいるな――そして入田利康はどんな怪我でも一瞬で治療してしまえる特殊能力をもらうんだ――」
考えが口から洩れていく。
「何だったんだ今の光!?」
「ねぇ、あそこにいた学生は!?」
「なに起きたんだ!? おい!!」
「人が……消えた!?」
「誰か、スマホかなんかで撮影していたやつはいるか!?」
周りが、騒がしくなってくるが、利康は聞いていない――
「異世界に召喚された入田利康が戦う敵は腹減ったら暴れ出すという位のやつで、入田利康より強い敵は出てこない――もしでできたとしても、なぜか自分と戦ってる奴の周りにバリアを張って、入田利康の助力を拒んでくる――」
異世界に召喚された自分を想像する利康の頭の中で、どんどん都合のいい異世界が構築されていく――
「そういえば、この体のまま、異世界に行くことになるのかな? いやそうではないだろう――もしかしたら、性転換なんて起こるかもしれないな」
妄想は自由だ、人に迷惑さえかけなければ――
「絶世の美魔女イルダ――それが、異世界での入田利康の姿――、そうに違いない」
利康の頭の中では身勝手な妄想がどんどんどんどん膨らんでいった――
そんな利康を無視し周りの騒ぎはひどくなっていく。
人が一人消えた――それはかなり重大なことなのだ。
「さあ異世界人よ!! お前たちの世界を救う英雄、入田利康はここにいるぞ!! 遠慮することはない時空の扉を開け、入田利康を、絶世の美魔女イルダを迎え入れろ!!」
利康は、自分が召喚されて当然、といった雰囲気で叫ぶ――
混乱していた周りの人間たちは、そんな利康を不審な目で見ていた。が、今は消えてしまった少年を探すのが先決だ――
そしてまた、再びあのようなことが起こらないように対策を考えることも必要――
入田利康の妄想は、完全に無視されていた。
――もちろん、異世界人からも――
「さあさあ、遠慮することはない!! この英雄入田利康を召喚しまくるがいい!!」
そんな時は、永遠に来る事はなかった――




