下品男の最期
「いくぞ……」
そろそろ、この可愛らしい声が自分の口から出るのにも慣れてきた……
本来は慣れてしまったらいけない事なんだけど。
「ねえ、本当に、そんな格好で行くわけ?」
アーニャが、心配そうに俺を見る――
「……仕方がないだろ。こういう時にどういう風な格好すればいいかなんてわからないんだから」
そう言って俺は立ち上がる……が、なぜか動きづらい。
「……着付けって、これで合ってるんだよなあ」
今俺が来ている服装は、あの魔王魔女のヴェルの不思議な力で着せられたものだ。
自分の意思で袖を通したことなどないから、着付けがわからない。
女物の服はまるで鎧のようだ。俺自身、着脱が簡単なライトアーマーを装備していたが、早く装備変更しようとしたらムヴエやカシムに手伝ってもらったことがある。今、俺が身につけようとしている服はその鎧並に着るのが難しいものなのかもしれない……
「いいえ、ここがちょっと違いますね。この服はかなりの上物ですが着付けの方法はジェシカ姫様のドレスとあまり変わりません。ですから私でもお手伝いできますよ」
ホリアがそう言って手伝ってくれる。
「じゃあまず腕を上にあげてください。ちょっと裸にしますね」
「え……?」
ホリアの言葉にちょっと耳を疑う。
「ま、まってくれ! なんで裸になる必要があるんだ?」
「これちょっとガーターベルトで補助する部分があるの。先にそれをつける必要があるから下着から始めないといけないのよ」
さも当然というような口調で、言うホリア。
「何恥ずかしがっているの? 女同士でしょ?」
「おいおい、俺は男だぞ!?」
そういえば、ホリアには俺がジェシカ姫同様、魔女ハピレアに何かされたという事は話してあるが、それがどういうことなのか具体的には話していない。
だから俺がニナと言う少女の体の中に閉じ込められたエルトと言う名の男の魂をいうことをホリアは知らない。
「はぁ? 何言ってるの? ニナちゃん。確かにあなたは言葉遣いが少し残念だけど将来が楽しみな立派なレディじゃない。大丈夫、今はそんな言葉遣いでも成長すればきちんとした話し方ができるのになるから……他ならぬ、ジェシカ姫がそうだったからね」
何かを思い出したようにしんみりとそういうホリア……いや、俺はジェシカ姫とは違うから! 絶対に!
とにかく、俺がこんな格好をすることになったのには理由がある――
戦場になろうとしかけている街道に、颯爽と現れた一人の少女!
ヒラヒラと踊りを踊るかのように、誰かに見せるかのように振る舞う!
纏っているのはヴェルから渡された魔法少女とか言う煌びやかで艶やかな衣装!
持っているのはその衣装にふさわしい美しい宝剣!
戦場に舞い降りた可愛らしい戦乙女……
「「「ヒャッハ~~!!」」」
迫りくる異国の兵士たち――彼らは魔女によって自分の事を盗賊だと思い込まされている。
「行くぞ!! お前ら!!」
可愛らしくよく響く声が、後方より聞こえてくる!
自分を盗賊の首領だと思い込まされている、イタンモンメのジェシカ姫の声だ。
「お前たちの進軍もここまでだ!!」
「何者だ!? お前!?」
兵士たちの後ろからジェシカ姫が声をかけてくる……言葉遣いは荒いが、可愛らしいその声は迫力に欠く。
「俺か? 俺はエルト!」
俺の声もジェシカ姫に負けず劣らず可愛らしいものだがこの際仕方がない!
「俺は、お前たちを止めに来た王国の騎士だ!!」
本来の体ならともかく、今の体では言っていて恥ずかしくなってくるけど仕方がない!!
「魔女によって生み出された悲しき盗賊団よ! 正義の名のもとにお前達を止めに来た!!」
し~~ん……
ほんの少しの静寂の後、
「「「ぎゃははははは!!」」」
一斉に笑い出す兵士たち!!
「冗談はよせ! そんなか弱いお嬢ちゃんが俺たちにかなうとでも思っているのか?」
やっぱり代表者はジェシカ姫なのだろう。盗賊たちの首領ということになっているからな。
彼女は、あざけるように俺を見下す――
彼女の中のイメージでは彼女自身の姿はどうなっているんだろうか?
……髭面で獣の毛皮を着て、でっぷりと太った男が大きな斧を持っている――
現実のジェシカ姫は、美しいドレスを着ているし、護身用として作られたステッキを持っているが、彼女の中では自分はそういう感じなのだろうか?
「あんたたち、その勘違いなお嬢ちゃんをこらしめてやりなさい!!」
「「「ヒャッハ~~!!」」」
兵士たちが一斉に動き出す!!
「いくよ!」
俺は剣を振りかざし突撃する――わけじゃない!
剣を真っ直ぐ太陽に向ける。
「『日輪の加護よ……コロナリング』!!」
ブワッ!!
周りに炎の輪が生まれ回転を始める。
「『炎よ踊れ!! スピキュール』!!」
ふわりと体が浮き、炎の輪をまとったまま飛び落ちる――!!
ドウン!!
炎が四方に広がり周りの兵士たち何人か吹き飛ばす!!
エルトの……本来の俺の体ならば、これくらいの人数……いや、無理か。
戦いは、数だ。
一対多数で勝利を得られるものなど、多くは存在しない。
「だけど相手が芝居のつもりなら……」
意識を集中して流れを描く――
「『風よ巻き起これ! ウィンド』!!」
ブオン!
俺の周りに風を巻き起こし空を飛ぶ――ような形で素早く移動する――
今の俺は、剣も満足に扱えない少女の体だ。実は今手にしている剣は、軽い木の板に塗装を施しだけのまがい物だ。
本当の戦いになったら勝てるわけがない――
「でも、相手の演技なら、俺も演技だ。お前たちはやられやくというものを演じてもらおう!!」
俺は精一杯かっこよく見えるようにニナの体を動かそうとした――
「ゲヘラゲラ~~……!! かっこいいこと言っている伯爵令嬢がいるじゃねーか!!」
「――!?」
盗賊にされた兵士たちの中に本物の盗賊とおぼしき下品な顔をした男がいた――!
「『光よ撃て!! シャイニング・ボンバー』!!」
ヅゴンォォォォォォン!!
イタンモンメの兵士たちはきちんと整った装備に、まともな顔をしている――それは、魔女ハピレアによって洗脳された後でも変わりやしない……が、その中に場違いなほど下品な男の顔があった――
俺は思わずその下品男に攻撃魔法を当ててしまう――!!
「『炎よ弾けろ! ファイヤーブレイク』!!」
ドウン!!
「『雷よ敵を撃て! サンダーランス』!!」
ズババババ!!
「『大地よ怒れ! グランドパニッシャー』!!」
グオオオオオオン!!
兵士たちにとっても、その下品男の登場は予想外だったらしい――ビックリした表情で何人かの兵士たちがその下品男に攻撃魔法をぶつける!!
「ゲ、ゲヘラ~~!!」
ビュ~~ン、グシャ……
ふっ飛ばされた男は、頭から地面に落ちる……
「あ……」
下品な顔が無残に潰れる……
「こいつは、確か……バカダ・バカナンダーナ・バカナンダー……」
頭が潰れたバカダはぴくぴくと痙攣していたが、助かるような雰囲気では無い……
まぁこんな奴がいなくなったところで誰も困らないだろうが……
「こいつがいるってことはもしかして……」
『マリョク……マリョクヲ……』
悲しげな女の声聞こえる。間違いない……
「ルーンレイス……」




