小高い丘の上にある一軒家にて-その小屋の住人視点
「面白いことになりそうね……」
わしの名前はまぁ別に、言う必要もないじゃろう。ただの世捨て人――聖女の神殿が見える小高い丘の上で、毎日聖女様の様子を観察するのが日課のただの老人じゃ。
その聖女様の神殿じゃが、最近は何か様子がおかしかった。
わしが聖女様の湯あみの時などによく使う千里眼の魔法を使って観察しておったが、何かしら異変が起こっているらしく、いつもと様子が変わっておる――
そんな時、わしの小屋に、二人の男女と異形の怪物がやってきおった――が……そのうちの一人に目を見られた瞬間、わしの意識は体の奥底に封じ込められ、そして今こうしている――
「ヴェルバーン、なんでついていかなかったんだ?」
「当事者になる気はなかったから。それにこういう風に見学するほうが面白いしね」
「確かにこれも魔王選抜の一環――我らは高みの見物といこうぞ」
「そうね。あ、そこの! 何か飲み物を持ってきて――」
「はっ!」
わしは……いや、わしの体は女の命令で勝手に動き、わしの小屋の中からは秘蔵の高級酒を取り出しグラスに注ぐ――
うう、楽しみにしておったのに……
「どうぞ、魔王様!!」
わしの体が差し出した高級酒を、感謝の言葉もなく受け取る女……
「受け取っていただき、ありがとうございます、ヴェルバーン様」
感謝の言葉を出したのはわしの体の方じゃった。
「それにしても、人魔逆転体って、素直だよね――他の魔族もこれくらい素直なら私のお城も反乱兵に取られる事はなかったのにねぇ」
「我々の魔王様への忠誠心は幾百年経とうとも変わる事はありません」
わしの体はそんなことを言い出す。いったい何の話なんじゃ?
「幾百年って、大袈裟だね」
「そうでもない。この世界の魔族たちは魔王の帰還を本当に数百年間待ち続けていただろう」
異形の魔王がそう言……わしはその魔王から一目散に逃げ出したかったのじゃが、体は動いてくれなかった。
「この世界はかつてイリュー様に取り入ろうとしたある魔王が侵略したことがあった。まあ、我ら十二大魔王に比べればはるかに劣る小物の魔王だったが」
「ロンメルド、なんでそこで私を見つめるの?」
「ロンメルド、ヴェルバーンは確かに抜けてはいるが、そこまで酷くは無いぞ」
魔王たちが談笑している。わしは体が動かず、逃げることが出来ない。
「エルライア、お前は甘すぎるな。この世界の人間がどれほどのものかわかってないだろう――なぜ我がこの世界の人間を魔王としてイリュー様に献上しようと言うのかも」
「私はやっぱり日本のスズキさんとかがいいと思ったんだけどね」
「この世界の人間は、かつて侵略して来た魔族を――どうしたか知っているか?」
女の魔王――ヴェルバーンを無視して、異形の魔王――ロンメルドがそう言う――
「なぜ今この世界の人間が、人の心とは別の魔力を持っているのかわかるか? なぜ魔力に形を与えれば人魔逆転体などというものになるか――わかるか?」
「魔力が、もともとこの世界に侵略をかけた魔族のものだから、でしょ?」
「その通り――この世界の人間たちは、食ったのさ魔族をな」
「おいしいのかしら?」
「まあ、ものによってはうまそうなそうなやつもいるからな。俺も、何匹が食ったことがある」
「我もな」
ペロリと舌をなめる男と異形――はっきり言って怖い、恐ろしい、逃げ出したい――なのに動かぬわしの体……
「おいしそうね。今度、試してみようかしら」
笑顔で言うヴェルバーンも底知れぬ恐ろしさを感じる――
「確かに、動物型の魔族や植物型の魔族は美味しそうだね」
「う~~ん、動物型ならいざ知らず、植物型は俺の口には合わないが。まあ、少しは食うが」
「エルライア、それはあなたが獅子王……ライオン型だからじゃないの? ロンメルドはどう思う?」
「我は、どちらかというとエビとかカニの方がうまいと思うぞ。硬い殻をバリバリと噛み砕いて中のうまい身を食うのが最高だ」
なぜか、自分の好物のことで言い合う魔王たち。わしの秘蔵の高級酒を飲みながらそんな話はやめてほしいものじゃ。
「まあいい、それによってこの世界の人間は魔力を手に入れた――魔族を食うことによって、その身にその力を宿したということだ」
「しかし、それは魔族たちにとって形を変えてこの世界に残ったという事にすぎなかった。そして、虎視眈々と下剋上を狙っている」
「あほらし」
わしの乏しい知識でも恐ろしいものだとわかる話を、ヴェルバーンは一言で切って捨てた。
「負けて力を奪われて……で、外的要因で力を取り戻せたら復讐する……この世界を侵略しようとした連中って、他力本願な魔族なのね」
「そうだな、世界を奪うつもりで侵略をかけているんだから、負けてすべてを奪われることぐらいわからないのか?」
「だからこそ、この世界の大半の人間に興味が湧かないのだろう――だが、中にはその魔族を屈服させ自らを統率下に置いている人間も存在する」
「――人魔統一体――」
「まあ、人間を魔王にするとなると、それくらいじゃないといけないよな。だからこそ、候補は絞られる――」
「そして、我らのうち、二人が推薦する人魔統一体がこの件でどのような行動するか、それによって『彼女』の真価を試させてもらおう」
異形の魔王ロンメルドは、そう言って笑ったらしい――
「あ、あれ見て! あそこに馬鹿がいるよ」
遠眼鏡のようなもので山あいの森の中を見るヴェルバーン。
わしの体も、遠見の魔法もそこを見る――
うげぇ!!
一瞬だが、わしの体と心が一つになった気がする。
見えたのは、醜い下品な顔じゃった――
「下品男、自らを盗賊だと思い込まされた異国の王女、ヌードダンサーとされた聖女……そして、ルーンレイス――」
「さあ、役者は揃ったよ。どうする? ニナちゃん――」




