涙の理由
ショーはまだ続いていた――
「だいじょぶか? アーニャ……」
俺は俺と同じく巻き込まれたアーニャに励ましの言葉をかける――
「……あなた、恥ずかしくないの?」
「へ?」
「さっきも、いやに堂々とステージに上がってたよね……」
アーニャが立ち上がり、泣きそうな目で俺をにらんでくる。
「そうよね、それはニナの体だもん。あなたは恥ずかしく何ともないもんね!!」
「な……!?」
いきなりそう言われ、俺はたじろぐ。
「いくらニナの体が恥ずかしい格好したって、あなた自身が恥ずかしい思いをしないもんね……」
「何を……」
「そうよね!! あなたはニナじゃない!! だからニナの体にそんな格好をさせても恥ずかしくも何ともないんだ!!」
「アーニャ、お前、本気で言ってるのか?」
俺は少し言葉を荒げてしまう――!
「そうよ! 大体あなたはニナの体になれて嬉しいんでしょう!? 小さな子供の体になれて、実は喜んでいるんでしょう!?」
「そんなことはない!!」
「だったらなんで、あなたの体にされたニナを探さないの……? ニナの体を盗んで、 ニナの人生を乗っ取るつもりなんでしょ!!」
「努力してる、今の体で戦うのは難しいから師匠に協力を申し込んでいるんだ!!」
自分では考え得る限りの努力をしてると思っている。でもそれは……
「私には、あなたがニナの体で楽しんでるとしか思えない……!!」
「――クッ……!」
確かに今までの事を思い返してみると、何もやっていないのと同じなのかもしれない――
王都に行こうとして誘拐され、そこで会ったヴェルにはいつも振り回されている―― ルーンレイス討伐の仕事をクイエト王子から依頼されても、達成することなどできないだろう――
「ニナは私の親友だ! その親友の体を乗っ取ったあなたを――」
ブンブン!!
アーニャは首を激しく振る――
「お前を許すわけにはいかないんだ!!」
涙をためためた目で俺をにらむアーニャ……
トクン……
『――!?』
その目を見ているうちに俺は心の奥底から何かが湧き上がるのを感じた――
『なんだ?』
それは、俺の心の奥から湧き出てきて、俺の心を支配しようとする……
「わかってるって言っているだろ!!」
俺の言葉に、ほんの少し震えが加わる……
ポタ……
「――あ……」
アーニャが呆然とした声を出す……
「わかってる、わかっているんだ……今俺がやっていることは、無駄なのかもしれないって……わかってるんだよ、すべてが徒労に終わって一生この体から抜け出せないかもしれないって……わかってるよ……でも、諦めるわけにはいかないんだ……元の体を取り戻すまでは……」
ポタポタポタ……
どこかで、雨漏りでもしているのだろうか? 足元に数滴の雫が垂れている……
「お前、泣いているの……?」
「え……?」
アーニャに言われて、初めて気づいた。
自分の目から涙がこぼれていることに……
「やめてよ! ニナの顔で泣かないでよ……お前が泣いていると、まるでニナが泣いているみたいじゃない!!」
「そんなこと言ったって……どう止めるんだ?」
ニナの瞳から流れる涙は俺の意思では止まってくれなかった……それどころか、流れ続ける涙は俺の感情まで変えようとしているようだった――
「うう……く……」
さすがに、泣き叫んで嗚咽を漏らすなんてことはなかった。
が、涙を止める事は出来なかった――これは、俺の意思で流れてるじゃない。
ニナの体が流しているものなのだから――
「……ちょっと! ……泣かないでよ!! お前が泣いていると、まるでニナが泣いているみたいじゃない!!」
「そんな事を言っても……止められない……」
目を閉じても、手で押さえて見ても、涙が止まってくれる事はなかった。
「ああ、そうか……これはそういうことか……」
「どういう事?」
「この体が、望んでいるんだ――自分の本当の魂を……ニナの魂を、ニナの心を取り戻したいと泣いているんだ――」
だから、涙が止まらない……
「俺の心じゃない、ニナの本当の心を取り戻したい――体と心の絆は絶対に断ち切れないということだ――」
俺は顔を上げ、涙が止まらない瞳でまっぐアーニャを見る――
「必ず、この体にニナの魂を取り戻す! だから信じて……待っていてくれないか!?」
「……お前……」
アーニャは憮然とした表情で俺を見る。
「……具体的にはどうするつもりなの? どうやったらニナの魂を聞き取り戻せるの?」
「魔女ハピレアを倒す――その後、元に戻れなくても師匠なら何とかしてくれるかもしれない……いざとなったら……」
そこでふととんでもないことを考えてる自分がいることに驚いた。
俺はニナの口元にかすかな笑みを浮かべさせながら言う。
「元の体に戻ったら、師匠やヴェルが望む魔王になると言う約束をしてもいいな」
「ちょ、ちょっとお前、何を考えているのよ!?」
「俺が元の体に戻り、この体にニナの魂を取り戻すためならそこまでしてもいいということだよ」
瞳から涙を流しながら、そして口元には笑みを浮かべながら、可愛らしい少女の姿で宣言する俺――それは、あまりにも締まらないものだったかもしれない……
「……わかった、私も出来る限り協力する――そういえば、まだきちんと名前を聞いてなかったよね。お前の事はなんて呼べばいいの?」
「ああ、エルトだ。そう呼んでくれ――」
久々に、本当に久々に、俺はその名前で呼ばれることになった――
「そういえば、一つだけ……ルーンレイスことなんだけど、お前……エルトはどうするつもりなの?」
「クイエト王子からの依頼だけど、断るしかないだろうな。元の体に戻ったら全力で解決することにするよ。幸い、あの棺に入っていたレイナって人の体はまだ生きていたみたいだから、元の体に戻せるようなら戻してみる――」
なぜ今そんなことを聞くのかと不思議に思ったが、とりあえず自分の意見をちゃんと言っておく……
「……ルーンレイスは、魔女ハピレアの洗脳を解く力を持っているのかもしれないの……」
「――え!?」
あまりにも意外なアーニャの言葉――魔女ハピレアの洗脳を解くことができる!?
「私は少し前まで魔女ハピレアの洗脳によって生まれた別の私によって心の奥底に閉じ込められていたの――でも、ルーンレイスに襲われたとき、その別の私は消えちゃって……今の……本当の私が出てくることができた……ルーンレイスは、魔女ハピレアの洗脳を解く能力を持っているのかもしれない……」
あまりにも意外な言葉だった――もしそれが……
「本当なのか……?」
それだったら、トウカやムヴエやカシムなども、元に戻せるかもしれない――
「それは本当ですか!!」
俺達の会話を聞いているのだろうか?
突然、後から一人の女性が叫び声を上げる。
「だ、誰!?」
「それが本当ならばお願いです!! 姫さまを、魔女によって盗賊にされてしまった姫さまをお救いください!!」
それは、疲れた顔をした一人のメイドだった――




