80.案じる兄
咲耶は俺の元を離れ、水使いの異能者のもとへ走る。
魔剣【桜幕】。その刃に込められた異能は、血液操作。
咲耶は異能技、【血湧肉躍】を使い、敵に接近していく。
『当然のように、離れた場所にいる妹を見ておるな』
「【遠見】の魔法を使えば、簡単に遠くを見ることできるだろ?」
『そういえば主は、すべての魔法を習得しているのだったな』
無属性魔法、【遠見】を使って、俺は咲耶の戦いを見守らせてもらう。
視界の範囲内にいれば、いつでも彼女を助けることができるからだ。
咲耶の戦いっぷりを、しばらくは見学させて貰おう。
視界のなかで、咲耶が通路を駆けていく。
が、途中で水が四方の壁や床から発生した。
『む。いかんぞ勇者。この水は、地下水を操作しておる』
なるほど。異能でゼロから作った水ならば、【反則剣】で存在ごと打ち消すことができる。
が、実在する地下水を操ってるだけとなると……消去はできない。
異能による「水の操作」しか消すことができず、水そのものは物理法則に従ってそこに残る。
津波のような水流は、そのまま襲い掛かってくるわけだ。
だが……俺は動かない。咲耶なら、この程度切り抜ける。
「二倍・血湧肉躍!」
咲耶がさらに身体強化の術である、【血湧肉躍】を重ね掛けする。
どうやら倍がけで強化したようだ。さらに強くなることはできるが、その分、体に掛かる負担も大きくなる。
「ハァアアアアアアアアア!」
気合いと共に、咲耶がさっきよりも速く走る。
四方の壁から湧き出た地下水が、咲耶を飲み込むよりも速く、彼女はその場を駆け抜けた。
「いい。それで、いい」
臆して立ち止まることなく、敵に向かっていく。それでいいんだ。
後ろの事なんて気にしなくて良い。
『で、勇者よ。どうするのだ? 地下水がこちらへ襲いかかってくるが……』
「大丈夫」
ワンテンポ遅れて、行き場を失った地下水がこちらへ流れ込んでくる。
俺は地面に向かって……。
「よいしょ」
ゆっくり足を振り上げて、降ろす。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
コンクリの床に大穴が空く。水がそちらに流れ落ちていく。
「で、【アイテムボックス】に、残りの水を収納っと」
『なるほど、アイテムボックス一つだけでは、水を飲み込みきれなかった。ゆえに、穴を作り水の量を減らしたのじゃな』
そゆこと。
さて……うちの咲耶さんはというと……。
【遠見】を再び使う。
そこには……一本の槍を持った女と、咲耶が斬り合っていた。
『む。相手は妖刀使いのようじゃな』
「だろうな」
通常の妖術師は、基本結界術などしか使えない。
こんな大規模な異能を使えるのは、妖刀を使うやつらだけだ。
……つまり、まあ、咲耶は身内から攻撃を受けていたってことになる。
「なんでだろな?」
『うむ……』
言いよどむ魔王。これは何か答えを持っていて、言いたくないって思ってるんだろうな。
「気にせず意見をプリーズ」
『咲耶は主の一派だと、妖術師連中から思われてるのじゃろう』
「……なるほどね」
咲耶のことを、妖術総監部をぶっ潰した俺……の仲間だと、連中は思ってるわけだ。
……俺のせいで、妹を危険にさらしてしまった。
『サクヤはそうは思っておらんよ』
「……そうか?」
『うむ。当然じゃろ? サクヤは主の妹……家族なのじゃ。家族を邪険に思う人は、おらぬよ』
……ほんと、人間よりもはるかに良くできた人だよ、魔王さんは。




