63.魔剣【芒月《のぎつき》】
んで、芒の呪いをぶっ倒した後……。
俺は現実へと戻ってきた。
「ふぃ~。ただいま」
「お、お帰り……大丈夫だったの?」
「おう、ばっちりだ」
俺は玉姫に、手に持っているものを渡す。
「ほいこれ」
「これは……棒?」
一見するとただの長い鉄の棒だ。だが、こいつはもう、ただの棒じゃない。
「月刀【芒】は、魔剣に進化したぞ」
「魔剣……? 妖刀じゃあ、なくなったってこと……?」
「ああ」
玉姫は「それじゃ……」と、おそるおそる魔剣をぎゅっと握りしめる。
「妖刀じゃなくなったってことは……もう……ぼく……死ななくて、すむってこと……?」
「おう。問題ない。天寿を全うしなさい」
あの妖刀には、使用者を18歳で殺すっていう、とんでもない呪いが掛かっていた。でも、魔剣に進化したこいつに、そんな危なっかしい機能はもうついていない。
「う……うう……うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああん!」
「うぉっ、どうしたよ!?」
玉姫は魔剣を胸に抱きしめながら、マジで子どものように大泣きし始めた。
「ぼくぅうう! ぼくぁあああああああああああ! 死ぬのごわぐでぇえええええええええええええええええ! ぶえぇええええええええええええええええええええん!」
……ま、そりゃそうだよな。誰だって死にたくないもんだ。
玉姫はずっと、その死の恐怖に耐えながら、頑張ってきたんだ。ほんと、最初は変な奴だと思ったけど……良い奴だな、こいつ。
しばらくの間、玉姫はグスグスと鼻をすすっていた。
「あのぉ~……」
「お、人妖」
そこに現れたのは、ここのボスだった人妖。今は、この新しい魔剣につく式神となったやつだ。
「なんじゃ、可愛いお耳と尻尾がついてるのぉう」
魔王アンラ・マンユが、人妖の姿を見て、くすくす笑う。
そう……人妖は、一見するとただの人間の美女に見える。
しかし、その頭からはぴょこんと犬耳が、お尻からはふさふさの犬尻尾が生えていた。
「なんでだろ?」
「式神の力を引き継いだなごりじゃろう」
「なるほど……犬の式神の力が、人妖に混じってる訳か」
だから犬耳犬尻尾が生えている、と。
「ええー……わたし人間なんですけど……。いやなんですけど、こんなの生えてるの……」
「え、可愛いのに?」
「キモいでしょ、現実でこんなの生えてるのがいたらっ!」
そうかなぁ~? 俺は結構アリだと思うが。
すると魔王が、ふむ、と感心したようにつぶやく。
「おお、勇者のニコポが効かぬとは。希有なやつじゃの」
「ニコポ……?」
なにそれ……? 新手の呪文か?
「くく……勇者よ。おぬしはもうちょっと……アニメを見るのじゃ! 常識じゃぞ?」
「はぁ……」
逆になんで異世界の魔王が、現実世界のアニメにそんな詳しいんだよ……?
「人妖はどうやら、他の女どもと違って、おぬしにほれてないようじゃの。死の恐怖のほうが勝っておるようじゃ」
「ほぉん……?」
ん? まてまてまて。
「他の女ども? え、俺に惚れてる女なんているの!?」
初耳なんですけど!?
俺が問い詰めると、玉姫は「知らない。ばか」とプイッと顔を背ける。
「なあ、魔王よ。俺のこと惚れてるのって、だれなんだ?」
咲耶は……違うだろ、たぶん。
玉姫も「知らない」って言うし。
ももか……? いや、あれはなんというか、窮地を救った恩人みたいな扱いをされてるような……。うーむ。
「この人、力の代償に、なんか大事な物でも失ってんじゃあない?」
と、人妖が俺をジロリと見て言う。ふぁ……?
「大事なもの?」
「人間性とか。デリカシーとか」
「ひどいなぁ!? 俺は人間だよ!」
「どーみてもバケモノです! 本当にありがとうございましたっ!」
なんだよぅ、人妖のやつ。助けてやった恩人に向かって、ひどい扱いしてきやがってさー。
そのときだった。
ドゴォオン……!
地響きと共に、すさまじい爆発音が響いた。
「な、なんだよ!? 何が起きてるの!?」
と人妖がビクッと震える。
「あー、妖魔だ。この寮にいた妖魔達が集まって、一斉攻撃をしかけてるみたいだなぁー」
「我らをミナゴロシにしようとしてるみたいじゃなー」
と、俺と魔王がほぼ同時に状況を解説する。
「なんでそんな窮地に、そんなのんきにしてるのよぉ……!」
人妖が半泣きで叫ぶ。まあ、でもなぁ。
「ほら、大丈夫だから。俺もいるし。咲耶も……それに、玉姫。お前も、いるだろ?」
俺がそう言うと、玉姫が涙を拭い、こくんとうなずく。
「いくよ、人妖。新しい武器……魔剣【芒月】の性能を、試してやる」
「芒月……ね」
お、名前を変えたようだ。
そういえば、咲耶の血刀【桜】も、桜幕に。
ももかの緋刀【梅】も、梅鶯に。
姿を変えたことで、名前も変えることにしたらしい。
月刀【芒】から、魔剣【芒月】へ。いい名前だ。
「性能って……わかるもんなの?」
と、人妖が玉姫に尋ねる。
「うん。魔剣を握った時に……頭の中にイメージが一気に流れ込んできた。この剣の使い方……そして、この剣を作ってくれた……ぼくへの熱い思いも……」
「ん?」
じーっ、と玉姫が俺をまっすぐ見つめてくる。
なんだろう……?
「ねえ……」
「なに?」
「その……きみのこと、今日から……【悠仁】って、呼んでも……いいかな?」
ん? 何言ってんだこいつ……?
「別にそんなの許可なんて取る必要ねーだろ。好きに呼べよ」
「そ、そっか。うん。じゃあ……悠仁」
「おう。なんだ、玉姫」
玉姫は真剣な表情で、魔剣【芒月】を構え、俺に言う。
「見てて。君のおかげで、ぼくが……どれだけ強くなったのか!」
その瞳には、もうさっきまでの怯えは欠片もなかった。




