62.妖刀【芒】の呪いをとく
さて、と。
妖刀……月刀【芒】を、魔剣に変換しますかね。
俺は大鎌、早太郎の核、そして……式神である人妖を並べる。
「こいよ」
『はいぃい……っ』
目の前の人妖は、ビクビクと肩を震わせている。
「大丈夫だ、死にやしないさ」
『ほ、ほんと……? あ、良かったぁ。手加減してくれるって意味だな……!』
嬉しそうに胸を撫で下ろす人妖。悪いが、そうじゃない。
「もう死んでるしな、お前」
『人の心ないのかあんたっ!?』
失敬な。正真正銘、人間です。
俺は妖刀と式神に、【錬成】の魔法を発動させる。
妖刀を魔剣へと変えるための儀式だ。
……。
…………。
……………………。
ふと、意識が浮上する。
気付けば、俺は真っ白な空間にいた。
ああ、これ、どっかで見たことあるな。確か、血刀【桜】を魔剣化した時とまったく同じ現象だ。
どうやら、月刀【芒】の精神世界に引きずり込まれたらしい。
「ひぃっ! ど、どこここぉ!?」
「人妖……?」
なぜか、隣には人妖までいた。どうやら一緒に取り込まれてしまったようである。
「妖刀の中だ。これから、この刀の呪いをぶっ倒す」
「なんだよぉ……妖刀の呪いってよぉ……」
「妖刀にはな、意思があるんだよ。所有者が十八歳を迎えると、魂を喰らう。そういう呪いが掛かってるわけだ」
「な、なるほど……ひっ! な、なんか嫌な感じがするぅう! しかも……めっちゃ嫌な感じぃい!」
ほう。この人妖、かなり感知能力が強いみたいだな。
なかなか鋭い。
まあ、俺はとっくに気付いていたが。
明確な殺気が、ビリビリと肌を刺しているのを。
「いくぜ」
「ひぃ! 置いてかないで……!」
しがみついてくる人妖を改めてみると、こいつ、まあまあ美人だった。
背は高いし、髪はサラサラ。胸も……うん、まあまあでかい。この寮に残っていた地縛霊にしては、可愛すぎるくらいだ。
「おい何こっちじっと見てるんだよっ! 敵が近付いてきてるんだぞ!?」
「お、そうだったな」
俺たちのすぐ近くまで、芒の呪いがやってきていた。
それは、巨大な――ウサギ。
ただし、全身が骨でできた骸骨ウサギだ。理科室にある標本の、特大ビッグサイズみたいなやつが目の前にいる。
『カカタ……貴様カ……カタカタ……』
「おう、俺だ。悪いが、あんたの呪いはぶっ壊させてもらう」
『カタカタ……無意味ナコトヲ……カタカタ……』
カタカタカタ、と芒の呪いが骨を鳴らして大笑いしている。
自分が負けるとは微塵も思っていないらしい。
かわいそうに。自分より強い存在と出会ったことがないんだろうな。
『カタ……? ナゼ哀レミノ目ヲ向ケル……?』
「いや、なんつーか……井の中の蛙って、こんな感じなんだなって」
ビキッ、と。
骸骨ウサギの額のあたりに、明確なヒビが入った。
「おい謝れよバケモン!」
と、人妖が叫ぶ。
「だってさ、バケモン」
「いやあんたのことだよ!?」
俺のことだったか。紛らわしいぜ。
『カタ……ココマデコケニサレタノハ……カタカタ……初メテダ……。殺ス』
「あ、そ。んじゃ……」
まずは魔力撃で様子見でもするか。
俺は右手を前に突き出し、魔力の塊を弾丸にして射出――しようとした。
『カタ……!』
ん……?
こいつ、俺が魔力弾を形成するより先に、回避行動を取ったぞ。
結果、俺の放った魔力弾は、芒の横を空しく通り過ぎていった。
「お、おい! よけられたぞ!? どうするんだよバケモノ!」
「だってさ、バケモノ」
「だからお前のことだって! なに天丼やってんだよ!? 馬鹿なの死ぬの!?」
失敬な。馬鹿でもないし、死ぬわけがないだろ。こんな奴相手に。
で、なんだっけ? ああ、攻撃をよけられたことか。
「種は割れてる。こいつ……心を読みやがった」
「心を……?」
「ああ。明らかに、俺が『魔力撃を出す』と決める前に回避しやがった。思考を先読みしたんだろうな」
「な、なるほど……。で、でも違うかもしれないじゃん! 例えば……身体能力がめちゃくちゃ高いとか!」
「それはないな」
「なんでだよ?」
「ならとっくに、俺たちがこうしてお喋りしている間に襲いかかってきてるだろ」
そうしないところから察するに、こいつは心を読む能力に特化している。逆に言えば、膂力は大したことがない。
『ヨクゾ見破ッタ……。ガ、コレデ分カッタダロウ? ワガハイハ貴様ノ心ヲ読ム。ダカラ……ドコヲ攻撃シテモ無駄ダ』
「へぇ、あっそ」
心が読めるなら、むしろ好都合だ。
これから俺がやることも、全部わかるんだろうな?
『ナゼ……微塵モ動揺シテイナイ……?』
「別に? 心読めるだけの雑魚に、怯える必要なんてないだろ」
俺はゆっくりと奴に近付く。
『フ、フン! 近付イテモ無駄ダ! ドウセ――』
俺は思考を加速させる。
『右で殴る』
ただその一文だけを、脳内で超高速でリピートし続ける。
右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右、右―――!
芒の意識が完全に、俺の右拳に集中する。
そして――
『グゲェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
突如、芒の身体がくの字に折れ曲がり、背後から凄まじい衝撃を受けて吹っ飛んだ。
派手な音を立てて倒れ、ピクピクと痙攣している。
『バ、馬鹿ナァ……。右デ殴ルノデハナカッタノカ……?』
読心通りなら、俺の右ストレートに合わせて、奴は左側をガードすればいいだけのはず。
だが、実際に奴を砕いたのは、背後からの攻撃だった。
「我、参上!」
「よぉ、魔王。ナイス連携」
芒の背後には、いつの間にか俺の相棒――魔王アンラ・マンユが仁王立ちしていた。
「な……なに……その人……?」
「俺の相棒だ。姿を消して、奴の後ろに待機してもらってたんだ」
「え……? なんで……?」
「やつに攻撃してもらうためだ。読心術を使う芒の弱点、それは『一つの心しか読めない』こと」
びしっ、と俺は倒れてる芒を指さす。
「こいつは俺の心が読める。まあ凄いとは思うよ? でも、読んだことで油断したんだ。『俺の攻撃さえよければ勝てる』ってな。だから俺に意識を向けさせて、その隙に、魔王に攻撃してもらった」
「そ、そんな指示……いつの間に……」
「いや、してないよ」
「はぁ!? してない!?」
「うん。なぁ?」
俺が聞くと、魔王はこくんと頷く。
「うむ。急に芒の背後に召喚されたのを見て、我は勇者の作戦を理解したのじゃ」
「で、できるわけないでしょ……そんなこと……!」
「いや、できる。ある程度の達人なら、相手の挙動から作戦を理解できるものじゃ。ましてや宿命のライバルが相手なら、手の内など手に取るようにわかるわい」
まあ、魔王なら何も言わずとも、俺の作戦を理解してくれるだろうと思って召喚しておいた。
もし避けられたとしても、次の手で倒せばいいだけだしな。
「……なんという……バケモノ……め……」
サラサラ……と芒の身体が砂のように崩れていく。
今度こそ、俺のことを言ってるんだってはっきり分かった。




