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38.エピローグ

《敵Side》


 ここは日本のどこか。岩に囲まれ、神社のような雰囲気を漂わせる場所。

 その中央に、黒髪の女が横たわっていた。女の周囲には縄で組まれた陣。


 陣は結界を成し、彼女をこの場に封じている。

 腕の立つ術者が見れば、その女を十重二十重に包む強固な結界だとわかるだろう。


才賀さいがさま』


 人の形に切られた紙がふわりと浮かび、女の前に現れる。


「……なに?」

変化妖怪シェイプ・シフターがやられました』


 総監部に潜ませ、日本を裏から支配する計画を――変化妖怪に任せていた。

 だが、それが倒されたという。


「倒したのは、才賀様と同じ、異世界から来た者のようです」

「……そう」


 女は力なくつぶやく。興味のなさそうな声音だった。


『いかがいたしますか』

「好きにしなさい」

『承知しました』


 ボッと紙は燃え、消える。配下は勝手に動くだろう。

 才賀レイにとっては、どうでもいいことだった。


「やぁやぁ、レイちゃん。久しいね」

「……七福塵しちふくじん


 白衣をまとった若い男が、いつの間にか才賀レイの前に立っていた。

 七福塵――妖刀を作った張本人である。


「……なんのよう」

「いやなに、良い知らせがあってね」

「……良い知らせ?」

「魔法を、君を倒した勇者が使えるかもしれない」


 バンッ! 才賀レイは陣に手を叩きつけた。


「それは本当なの!?」


 ばちばちと結界が才賀レイの手を焼く。しかし彼女は意に介さず、結界を叩き割ろうとする。


「まあまあ、落ち着けレイちゃん。君はまだ万全じゃない。そこから出ない方がいい」

「本当なの!? あの魔法を、使えるやつがいるの!?」

「落ち着きなさいって……やれやれ、聞いちゃいない」


 七福塵はため息をつきながらも、にやけた笑みを浮かべ続ける。


「捕まえてこい!! そいつを! 早く! 今すぐ! 連れてこい!」


 才賀レイが何度も結界を叩くたび、ずずず……と黒いモヤが体からあふれ出す。


「ひっ。ひひっ。いいねぇ、いい呪いの香りだ……これなら上等な呪具が作れそうだ」


 七福塵は才賀レイの体からあふれる呪力を、瓶に詰めていく。


「まあ焦るな。幸い、今のあんたは人間じゃない。不滅の体を手に入れたんだ。じっくり構えてりゃ、そのうち異世界勇者くんが来るさ」


 才賀レイは七福塵の言葉など耳に入っていない。

 結界を叩き、叩き、叩き――。


「早く! 連れてこい! 何をしているんだ愚図ども! 早く! その者を! 捕まえてぇえええええええ!」


 才賀レイの叫びは霊道を通じ、妖魔たちへと伝わる。

 標的は――異世界帰りの勇者、霧ヶ峰悠仁。


 彼を捕らえ、連れて来い。妖魔の親玉、才賀レイの命令だった。


「さ、楽しくなりそうだぜぇ……ひひっ、いひひひっ」


    ☆


《悠仁Side》


 咲耶たちに魔剣を作った。

 んで、その調子は――。


「二の型、気炎万丈ぉ……!」


 都内。ももかが炎の魔剣を振るう。

 地面から炎の柱が噴き上がり、虫怪どもを焼き尽くす。


 ももかの新しい魔剣――【梅鶯】。


「一の型……血沸肉躍!」


 咲耶の魔剣が赤く輝き、地面を蹴る。


「派生技……五人囃子!」


 ぶぶん、と咲耶が五人に分裂。血で作られた分身体だ。

 五人が同じ速度で駆け抜け、敵を斬り伏せる。


 魔剣は妖刀の時よりも遥かに強化され、異能も健在。

 二人だけで、新たに発生した妖魔を数分で全滅させた。


「おつー」

「悠仁っ! 見た見た? あたしの剣!」

「おうよ。すごかった」


 咲耶も近づいてきて、小さく息をつく。ちらちらと俺を見て――ああ、おねだりか。可愛いな。


「咲耶もすごかったよ」

「……別に」


 人目があるせいか、素っ気なく答える。


『勇者よ。式神48たちが、東京の妖魔を一掃したようじゃぞ』


 強めの妖魔は魔剣使いたちが。

 雑魚は式神48が倒した。


「こんなに早く妖魔退治が終わるなんて……見て、まだ十九時台よ!」


 封絶界を張っていれば、いくら暴れても一般人には認識されない。

 妖魔退治といえば夜明けまでがデフォ。それを俺が変えた。


「ほんとっ。悠仁はすごい! 世界の、いや歴史の変革者だわ!」


 ももかがにこにこと腕に絡みつき、逆側からは咲耶も。


「あの……離して? 歩きにくいから」

「「嫌」」


 はい……。


「離しなさいよ! 悠仁が歩きにくいって言ってる!」

「……その言葉、そっくり返す。離しなさい」

「いや!」


 妹が友達と楽しそうにケンカしている。それを見て、俺は満足した。


『して勇者よ。どうする? あいつらを』


 あいつら――俺の周りで様子をうかがう連中。妖魔も、人間も。


『放っておけ』

『ゆーくん。今あなたは妖術総監部を壊滅させた要注意人物。日本政府からマークされ、他の妖刀使いたちからも命を狙われている。何か手を打たなくていいの?』


 葛葉が念話で告げる。なるほど、そういう状況らしい。


 総監部が潰れ、妖術師の管理は日本政府に移った。

 政府は俺を危険視しているようだ。だが――俺を逮捕するでも、指名手配するでもない。


 俺は普通の高校生として暮らせている。なぜか?


『当然ですの。こんな危険人物に下手に手を出し、不興を買えばしっぺ返しが怖い。総監部壊滅という前例もありますしね』


 帰蝶がため息まじりに言う。


『くくっ、勇者よ。人気者じゃのう。政府からも、妖刀使いからも、妖魔からも注目されて』

『良い迷惑だ……俺は平穏に暮らしたいだけなのに』


 そう、俺は穏やかに生きたいのだ。

 その邪魔をする奴らは――俺が全部、返り討ちにしてやる。


 異世界で鍛えて手に入れた、この力で。

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