35.チート殺しの聖剣
しい男をボコボコにした。
ミンチにした……はずだった。
「…………」
天井には黒いシミが残っていた。泥のような、どす黒い染みだ。
それに、殴ったときの手応えもおかしかった。人間の感触じゃなかった。
「どうしたのじゃ?」
魔王が尋ねてくる。人間の姿をした彼女の隣で、咲耶はうつむいていた。
俺はしい男を無視して、咲耶のもとへ向かう。
「お兄ちゃん……強いね、やっぱり……あっ」
俺は無言で咲耶を抱きしめた。……彼女の身体は氷のように冷たかった。
妖刀に命を縛られている。その恐怖が、ずっと彼女の中にあったのだ。
「ごめんな……気づいてやれなくて……」
俺と再会してから……いや、それ以前。妖刀使いになったその瞬間から、ずっと。
彼女は死の恐怖に怯えながら生きていた。
でも、一度も「怖い」とは言わなかった。責任感の強い妹だから。けど……。
「もう大丈夫だ」
「だいじょうぶ……?」
「ああ。俺がなんとかする。必ず」
「!? なんとかって……妖刀のこと?」
「ああ」
俺はうなずいた。おごりでも、虚勢でもない。
俺には、妖刀が所持者に課す命の縛りを断ち切る力がある。
「まさか勇者よ……【アレ】を使うのか……?」
魔王が察したように言う。
「ああ」
俺は心臓に手を置いた。
「確かにアレなら鎖を断ち切れるじゃろう……だが、リスクが……」
「アレ? ねえお兄ちゃん……アレって……?」
俺は胸にあるそれを意識する。
「お前を妖刀から解放する。それは約束する」
見上げた天井から、べちゃりと何かが落ちてきた。
「!? し、しい男!? まだ生きてるの!?」
浅間しい男がふらふらと立ち上がる。
俺は言った。
「おまえ、人間じゃねえな」
「!? 人間じゃあない……!? どういうことなの、お兄ちゃん!?」
咲耶は気づいていない。
「ひっ、ひひひっ? な、なぁんのことだぁ? わ、わしは浅間しい男……人間だぞぉ?」
「下手な芝居はやめろ。おまえは人間じゃない。妖魔だ」
咲耶が目を見開き、魔王も驚く。
「勇者よ……そうなのか? だが我は人間に化けた妖魔を見たことがある。あやつらはわずかに魔力を帯びていた」
魔王は続けた。
「だがそこの浅ましい男は、魔力がゼロ。他の人間と同じだ。魔力持ちが完全にゼロにするなど不可能じゃ」
「……ともかく、こいつは人間じゃない」
「その根拠は?」
「俺があれだけボコっても生きてる。それが証拠だ」
「あ……そうか。本気で殴れば塵も残らぬはず!」
それでも生きている。あり得ない。
「それに……感触が人間じゃなかった」
似せてはいても、微妙に違った。
「おまえは妖魔だ。人間に変化したんじゃない。人間そのものに存在を変える妖魔だ」
ぐにゃりと、しい男の顔が歪む。
「キッショ……なんでわかるんだよ……」
顔が消え、黒い穴が口の位置に開く。
「な、なに……こいつ……」
「おまえ、シェイプシフターだな」
「しぇ、シェイプシフター……?」
咲耶は知らないが、魔王は驚愕する。
「なぜ……シェイプシフターが! 異世界の魔物がこちらに!?」
シェイプシフター──あらゆる姿に変身する異世界の魔物。
「おいおい、おかしくはねぇだろ? お前らだって異世界から来た。自分たちだけ特別なんてルール、どこにもない」
俺や魔王が逆異世界転移してきた。なら他にいても不思議じゃない。
「魔物なら、なぜ魔王たる我に逆らう!」
「ふん。我らの主は他にいるからさ」
「なんじゃと……!?」
親玉の存在を示唆する。
「俺たちは世界を征服するため、主のもとに集い暗躍していたのさ」
「妖刀をばらまいたのもお前らだな」
「ひひひっ! その通り! 我らの障害となりうる若い芽を摘むため、十八で死ぬ呪いの刀を配ったのさ!」
……つまり真の敵は、逆異世界転移者たち。
勇者の芽を摘むため、妖刀をばらまいた。
「総監部は全員敵ってことでいいな?」
「ひひっ。そうさ。だがどうする? 三人で日本政府を敵に回すか?」
「フッ……」
俺は笑った。馬鹿すぎて。
「な、なぜ笑う!」
「おめでたいな。日本を盾にすれば逃げられるとでも?」
「虚勢を!」
「虚勢張ってんのはお前だろ。力で勝てねえから脅す。バレバレなんだよ。
それにシェイプシフターなんて向こうで何体狩ってきたと思ってんだ」
俺が言うと、奴は震え……にやりと笑った。
「こ、これを見ろぉ!」
懐から一本のヒモを取り出す。
「これは呪物! 血刀【桜】の呪いを促進する! 解けば今すぐその女は死ぬ!」
蝶結びのヒモ。
「さあどうする!」
……そんなものがあるのに、なぜ今まで使わない?
妖刀だってもっと効率の良い方法はあったはず。
だが、もうどうでもいい。
「やってみろ。妖刀なんて欠陥品……最初から壊すつもりだった」
「お兄ちゃん……」
俺は笑いかける。
「咲耶。俺を信じろ」
「サクヤよ、安心せい。この男は反則級の力を持っている。でなければ魔王を倒せなかった」
魔王の言葉に、咲耶は笑った。
「信じるよ。魔王さんが言わなくても。だって……お兄ちゃんだもん」
俺は心臓に手を置く。シェイプシフターがヒモを解いた。
瞬間、血刀【桜】が砕け、咲耶が苦悶の叫びをあげる。
「ひひひひぃ! 終わりだぁ……!」
「来たれ、理否定する聖なる剣よ」
心臓が光り輝き、剣となって俺の手に収まる。
一振りで妖刀は元通りになり、咲耶の苦しみも消える。
「な、なんだその剣は!? 今、完全に魂を喰われたはずだ!」
「そうだな。だが喰われる前に戻した」
俺は光の剣を構える。
「異世界の魔物よ。なぜ、勇者が聖剣を持たないと思わなかったか? 理由は──俺自身が聖武具だからだ」
向こうの連中も、勘違いしてたけどな。武器を持たないんじゃない、俺自身が武器なのだと。
魔王が言い添える。
「この男の力の結晶こそ否定の聖剣、反則剣じゃ!」
「ち、反則剣!?」
俺は咲耶に近づく。
反則剣で再び彼女を斬る。
パキィン、と砕け散る音。
「これで咲耶、お前は死ななくなった」
血刀【桜】を渡す。
「ほんとに……?」
「おうよ」
「うそだぁ……!」
シェイプシフターは再びヒモを解く。だが何も起きない。
「なぜだぁ!?」
「この反則剣で妖刀の呪いをぶっ壊したからだ」
「呪いを……否定……!?」
「ああ。あらゆる異能をぶっ壊し、異能による傷を癒やす。それが否定の聖剣だ」
異能とは、この世界に本来存在しない力のこと。
魔法、神の軌跡、妖術、そして呪い。それらすべてを、俺の聖剣は否定する。
「ふん、わかったぞ! だから今まで使わなかった! 異能を否定するから、魔法も使えなくなるんだろ!」
シェイプシフターが勝ち誇る。
「異能の使えぬ勇者など恐るるに足らぬ!」
「火球」
「ぎゃああああああああああああああああああ!」
炎に包まれ、奴は燃え上がる。
「なぜだ! 異能を否定するはずが!」
「あ、悪い」
俺は悪びれなく言う。
「俺には適用されねぇんだわ」
唖然とする咲耶。魔王は苦笑した。
「そうじゃ。その剣はあらゆる異能を否定しつつ、持ち主だけは使える」
「そんなの反則すぎるだろぉおおお!」
「ああ、そうさ。最初から言ってるだろ。反則剣だって」
泥の魔物シェイプシフターは炎に焼かれ、じゅぅ、と蒸発し、消滅した。
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