8-2-20 獣人の集落から離れた地にて
今回はグレイン視点ではありません。
(???視点)
魔物たちの異種混合集団に襲撃されていた集落から遠く離れた地にとある集団がいた。
全員が黒いローブを羽織っており、それだけで怪しい集団であることは理解できた。
だが、それを指摘することは誰もしない。
なぜなら、そこにいるのは彼らの仲間だけであったからだ。
「あらら、やられちゃったみたいだな」
集団で最も若い雰囲気の青年が呟く。
彼が見ているのは、集落を襲っていたはずの魔物たちの姿だ。
普通の人間には──いや、五感に優れている獣人にすら不可能な距離のはずなのに、この青年ははっきりとその姿をとらえていた。
正確に言うと、繋がっていたと言うべきか……
「それは本当ですか? オーガエンペラーがいたのですよ?」
青年の言葉にローブを着た初老の男性が問いかける。
その反応はかなり驚いているようだった。
「うん。簡単にやられちゃったみたいだよ」
「なんとっ!? あの獣人の集落にまさかそれほどの強者がいるとは……」
青年の言葉に男性は驚愕する。
その驚愕が周囲に伝播し、一瞬でざわざわしだした。
そんな周囲に反応せず、青年はマイペースに話を続ける。
「それが倒したのは獣人じゃないみたいなんだよ」
「はい?」
「倒したのは僕と同じぐらいの年の男の子だね。それに加えて、二人の女の子もいたよ」
「は?」
青年の言葉に男は呆けた声を出してしまう。
青年の言葉を疑いたくはなかった。
しかし、到底信じられない言葉だったからだ。
だが、青年が嘘をつくとは到底考えられない。
「見間違いとかではありませんか?」
「いや、それはないと思うよ。オーガエンペラーの死ぬ間際の目にはその三人の姿があったから……あと、女の子の一人は獣人だったみたいだね。ボーイッシュな感じの美人さんだ」
「いえ、その情報はいりません……それよりも他の情報はありませんか?」
獣人の美醜の情報を流し、男性はさらに質問をする。
この世界において、オーガエンペラーのようなAランク級の魔物を倒すことができる人間は限られている。
もしかすると、特定ができるかもしれないと思ったのだ。
「えっと、男の子は黒髪の青年で10代前半ぐらいの年齢かな? 女の子の方は男の子より少し年齢が高いぐらいで、人間の方は水色の髪をポニーテールにしていたよ。もう一人は先ほども言ったけど、獣人の女の子だね」
「なるほど……それはおそらく、噂に聞く【カルヴァドスの化け物】ですね」
「【カルヴァドスの化け物】?」
男性から告げられた言葉に青年は首を傾げる。
青年が知らないことはわかっていたようで、男性は説明を始める。
「リクール王国にはかつて【巨人殺し】を呼ばれる伝説の冒険者がいました。それがアレン=カルヴァドス──リクール王国で男爵をしている者です」
「それが【カルヴァドスの化け物】? でも、「かつて」と言うには僕が見た青年は年を取っているようには見えなかったけど……」
「いえ、おそらくその青年はカルヴァドス家の次男──グレイン=カルヴァドスと思われます」
「伝説の冒険者の息子、というわけか……それなら、化け物と呼ばれるような人間に育ってもおかしくはないか」
男性の説明に青年は納得する。
必ずその通りになるというわけではないが、優秀な親の間に優秀な子が産まれてくる可能性は高い。
といっても、育てられた環境もその後に関係してくるわけだが……
「噂によると、グレイン=カルヴァドスは紛れもなく天才であると言われております」
「そんなにすごい子なの?」
「はい。伝説の冒険者であるアレン=カルヴァドスの息子であり、獣王から体術を、魔王から魔法を教わったそうです」
「英才教育というやつだね。でも、たかが男爵家の次男がそんな教育をよく受けられたね」
「現在の獣王と魔王はグレイン=カルヴァドスの冒険者仲間だったらしいので、その繋がりからでしょう」
「なるほどね。繋がりは大事だ」
男性の説明を聞き、グレインの存在を理解する。
できるべくしてできた化け物だということだ。
「これは眉唾物の話ではありますが、ドラゴンを倒したという噂があります」
「それ本当?」
男性の説明に青年は目を見開く。
彼にとって、ドラゴンという存在は憧れそのもの──そんなドラゴンを倒したという話、ぜひとも聞いてみたいと思ったのだ。
しかし、そんな青年の反応に男性は首を横に振る。
「いえ、おそらくは尾鰭のついた噂話でしょう。たかが人間がドラゴンを相手に戦うどころか、倒すなんてことができるはずもない」
「そっか……残念だなぁ」
青年は本気で残念そうに呟いた。
もし、ドラゴンを倒したという話が本当なのであれば、この世界のどこかにドラゴンがいることの証明になるわけだ。
ならば、自分にもまだチャンスが回ってくる可能性があると思ったのだ。
だが、真偽が定かではない話であれば、それを期待することは難しいわけだ。
「しかし、まさかそんな化け物が現れるとは想定外ですね」
「そうだね。でも、どうして人間の彼がこんなところにいたんだろうね? たしか、獣人の国なんだよね?」
「理由はわかりませんが、何らかの理由でいたのでしょう。冒険者としても活躍していることから、依頼関係の可能性もあります」
「なら、立ち去った後すぐに魔物をまた差し向ければいいのかな?」
青年は何の気もなしにそう告げる。
まるでゲームをするかのようにそんな提案をした。
普通の人が聞けば、恐怖に怯えるかもしれない。
しかし、この場にいた誰もがそんな反応をしなかった。
ただし、一人だけ──初老の男性だけがその提案を却下した。
「それは避けた方が良いかもしれません」
「なんで?」
「グレイン=カルヴァドスが噂通りの人物であるならば、おそらく少しの間は集落に滞在して警戒するでしょう」
「どうしてそんなことを?」
「今回の一件、裏に黒幕がいると勘づかれる可能性があるからです。魔物たちの行動や装備は明らかに普通ではありませんから」
「でも、それはみんながやれって言ったことでしょう?」
「ええ、その通りです。我々もまさかこのようなことになるとは……グレイン=カルヴァドスが現れることは想定外だったのですよ」
「彼が現れた時点で作戦が失敗することは決定事項だったわけか」
「そういうことです」
青年は状況を理解する。
詳しくはわからないが、グレイン=カルヴァドスという青年がとんでもない化け物であることは理解できた。
今の自分達ではどうにもできない、ということも……
「とりあえず、今は来る時のために準備をしておくべきです。我々の目的のために、こんなところで油を売っているわけにもいきませんから」
「大局に立って、些事に固執してはいけないんだね。わかったよ」
「ご理解いただき感謝します。では、移動をしましょう」
青年の理解を得られたと思い、男性は仲間たちに指示を出す。
その指示に従って、どんどん出発の準備が整えられていった。
その様子を見ず、青年は空を見上げる。
「グレイン=カルヴァドスか……いずれ直接会うこともあるかな?」
青年は呟いたが、それは誰に聞かれることもなかった。
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