閑話3 メイドは奥様に教えを請う
※3月9日に追加しました。
「この度はありがとうございました」
リュコは深々と頭を下げた。
感謝の気持ちを伝えるのに自然と体が動いてしまった。
「別に良い。リュコは家族だから、助けるのが当然」
クリスはいつも通り無表情に答える。
だが、どこか優しげな雰囲気を感じる。
何年も同じ屋敷で過ごしてきたからだろうか、些細な表情の変化がわかるようになってきた。
「そもそもグレインが解決したから、私たちに感謝することはないわね」
エリザベスが苦笑しながら告げる。
その言葉にリュコは反応する。
「そんなことはありません。グレイン様がこのように行動するのは、奥様たちの教育の賜物です」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、言い過ぎじゃないかしら?」
まっすぐにエリザベスは恥ずかしくなる。
教育はしっかりしているつもりだが、褒められるためにやっているのではなかった。
なので、こうやって褒められるのは彼女にとってむずがゆかった。
「それで勝手なお話ではありますが、また魔法を教えていただけますか?」
謝罪の態度とは一転、リュコは不安そうな表情で確認する。
彼女は何度も魔法の授業を断っていた。
体調不良などと理由をつけていたが、実際には違う。
ルシフェルに【忌み子】と呼ばれる前から自分が異質な存在であることを認識し、それを表す魔法を使うことに忌避感を抱いていた。
なので、魔法の授業を避けてしまっていた。
自身の存在を受けいることができた今、再び魔法の授業を受けたいと思ったのだ。
「もちろん……と言いたいところだけど、私は難しいわ」
「えっ⁉」
クリスの言葉にリュコは驚く。
だが、すぐに当たり前だと思い、悲しげな表情になった。
そんなリュコをクリスは慰める。
「別にリュコを許していないから断ったんじゃないわ。私の力不足よ」
「どういうことですか?」
リュコは思わず聞き返す。
クリスは魔法の技術は優れているし、教え方も非常に上手い。
だからこそ、リュコの指導を受け入れていたはずだ。
「すでに魔法の基本的な部分は教えているわ。あとは個人の資質に合わせた訓練を行うだけなの」
「そうなんですか?」
すでに基本的な内容が終わっていることにリュコは驚いた。
習い始めてから2年も経っていないのに、そんなに進んでいるとは思っていなかった。
「リュコの資質は魔法を織り交ぜて戦闘を行う魔法戦士型……つまり、私のような魔法を放つことに特化した魔法使い型とはまた違うわ」
「専門ではないから教えられない、と?」
「というより、専門家がいるの」
「はい?」
リュコは呆けた言葉を漏らす。
クリスを差し置いて、専門家と呼ばれるのは誰なのだろか?
「私よ」
「エリザベス様ですか?」
名乗りを上げたエリザベスにリュコは驚きを隠せない。
魔法の授業をする際、教えるのには向いていないと言っていたはずだ。
どういうことだろうか?
「たしかにリズは魔法を感覚で使うタイプだから、基本を教えるのには向いていないわ。でも、これからは実践的に魔法を使っていく──理論を教える必要がないの」
「つまり、理論的な説明をしなくていい、と」
「そういうこと」
理解したことを確認し、クリスが頷く。
しかし、リュコはまだ完全に疑問は解消していなかった。
「ですが、エリザベス様も魔法使い型なのでは?」
純粋な疑問を口にする。
炎の魔法を使っている様子から、魔法使い型だと判断した。
それをエリザベスは否定する。
「両方できる、といった方が正しいわね。冒険者時代は元々魔法戦士型でやっていたけど、アレンたちと冒険するようになってからは魔法使い型になったの」
「ああ、なるほど……」
リュコも納得することができた。
アレンは近接戦闘をメインに戦うので、魔法戦士型だと役割がかぶってしまう。
それを避けるために、魔法使い型になったのだろう。
「ですが、私にできるでしょうか?」
リュコは不安な気持ちを口にする。
魔法戦士型についてほとんど知識はないが、応用である以上簡単なものではないはずだ。
いくら魔族の血が流れていても、獣人の血も流れている自分にできるのだろうか、と。
「それは問題ない。私の授業でやったとおりにすれば、きっと身につくはず」
「本当ですか?」
クリスの太鼓判をもらい、リュコの表情は明るくなる。
そんな彼女にエリザベスも告げる。
「獣人の部分が魔法戦士型と相性がいいわ。純粋な魔法使い型と違って、体を動かさないといけないの」
「たしかに……」
自身の不安な部分を利点に変えられ、リュコは納得した。
そう言われると、自分でもできるような気がしてきた。
「厳しい授業になるけど、しっかりついてきなさい」
「はい、わかりました」
エリザベスの発破にリュコは元気に返事をする。
ここまで言ってもらえたのだから、その期待に答えたい。
それが二人──いや、カルヴァドス男爵家への恩返しになるとリュコは考え、覚悟を決めた。




