8-2-13 死んだ社畜は冒険者事情を説明する
「はぁ……暇ね」
「そうね」
アリスとティリスがそんなことを呟く。
国境最寄りの村を通過してから数日、何の変哲もない旅が続いているからである。
いや、正確に言うと、この旅が始まってからずっとと言うべきかもしれない。
なんせ、彼女たちの欲を満たせる戦闘が起きていないのだ。
だからこそ、彼女たちは暇に感じているのだ。
仕方ない事かもしれない……が、一応注意はしておこう。
「暇なのは全員一緒だ。我慢してくれ」
「でも、他のみんなは楽しそうに話しているじゃない」
「じゃあ、話に混ざればいい」
「私たちが難しい話についていけると?」
俺の言葉にアリスが反論する。
まあ、無理だとわかっていての提案である。
彼女たちが最低限俺たちの会話についていけるようになってくれることを願っての提案ではあったが、同時に不可能な提案であるとは思っていた。
良くも悪くも彼女たちは脳筋なのである。
「もうすぐ次の村のはずだから、そこで暇を潰せばいい」
「いや、街で私たちの暇がつぶれるわけがないでしょう?」
「そういうわけでもないと思うぞ?」
「どういうこと?」
俺の言葉にアリスとティリスが首を傾げる。
まあ、これはわからなくて当然だ。
「地図で見ると、この村は大きな町からかなり離れていることがわかる。どれだけ早く連絡したとしても、返ってくるのは最低でも2週間程度かな」
「それがどうしたのよ」
「つまり、冒険者としての仕事がかなり余っていると言えるだろ?」
「「っ!?」」
俺の言葉に二人は目を輝かせる。
冒険者の仕事──つまり、彼女たちの欲望を満たすことができるわけである。
相変わらず乗せられやすい。
心の中でそんなことを思っていると、イリアさんが話しかけてくる。
「ねぇ……あんなことを言っていいの?」
「何がだ?」
「冒険者の仕事がかなり余っている、ってことよ。おそらくだけど、そんなことはないと思うわ」
「まあ、そうだろうな」
イリアさんの言葉を俺は肯定する。
おそらく次の村に冒険者の仕事が余っている可能性はかなり低いはずだ。
他の村や街との連絡に時間がかかる以上、問題が起きた場合に自分達の村で解決する方が楽である。
つまり、この村には冒険者としての問題を解決することができる能力があるということだ。
となると、二人の欲を満たせる仕事があるはずもなく……
「じゃあ、どうするのよ。二人とも、ものすごく楽しみにしているじゃない」
「なんとかするしかないだろうな」
「なんとか、って……どうしようもないでしょ?」
「いや、そうでもないと思うぞ」
「え?」
俺の言葉にイリアさんが驚く。
そんな彼女に地図を見せる。
「この村は周囲と離れているからこそ、村の周りはあまり開発されていないと見るべきだろう。つまり、自然がそのまま残っているという可能性が高い」
「それがどうしたの?」
「自然がそのまま残っているということは、獣や魔物たちにとっては過ごしやすい場所というわけだ」
「でも、魔物たちはその村の人たちが狩っているんでしょう? だったら、二人が入り込める余地なんかないんじゃ……」
イリアさんがもっともな疑問を投げかけてくる。
そう思うのは仕方のない事だ。
だが、実際はそうではない。
「村の人たちが解決するのは、あくまでも村に被害が及ぶ可能性のある問題だけだろう」
「被害が及ぶ?」
「魔物たちが本来の縄張りから外れ、村に近づいてきた場合とかだな。魔物に村を襲撃される可能性が高いわけだ」
「それはわかるけど、それが入り込む余地にどうつながるのかしら?」
俺の説明を理解しつつも、まだ完全には納得できないようだ。
イリアさんは頭がキレるが、それはあくまでも貴族としての話である。
現場の話は冒険者である俺の方が詳しいわけだ。
「普段は魔物たちが野放しにされているわけだ。村が襲われる危険性がない、と判断してだな」
「ああ、そういうことね。でも、だったら余計に入り込まない方が良いんじゃないかしら?」
「というと?」
「村の人たちは魔物を討伐する必要がないから討伐していないのでしょう? それなのに、部外者が勝手に討伐していいとは思わないけど……」
「いや、流石に勝手な討伐はしないぞ? きちんと、村の人たちの事情に合わせて、討伐をするつもりだ」
「事情?」
俺の説明にイリアさんは首を傾げる。
ここもしっかりと説明をしないといけないようだ。
「魔物に襲撃をされる以外に、魔物の存在が迷惑になっている人もいるわけだ。普通に生活する分には問題はないが、魔物がいるせいで不便を強いられている、とかだな」
「それは理解できるけど、そういうのは村の人たちが自分で解決するんじゃないの?」
「できるのなら、そうするだろうな。だが、村の人たちも自分たちの都合で勝手に魔物を刺激しようとは思っていない」
「どういうことかしら?」
「その魔物を討伐することぐらいは簡単にできるかもしれない。だが、その魔物を討伐したせいで魔物の仲間に恨みを持たれたり、他の魔物たちが勢力を広げる可能性もある。そのせいで村が危険にさらされる可能性が出てくるわけだ」
「いくら便利になると言っても、危険な橋を渡りたくはないということね」
「ああ、そういうことだ」
「でも、それを村の外の人間に頼むのかしら?」
「信頼してもらえれば、頼んでもらえるだろうな」
「信頼してもらえるの?」
「そのための冒険者のランクだ」
「ああ、なるほど」
俺の言葉にイリアさんが納得する。
今の俺はAランク冒険者──それだけで信頼してもらえるはずだ。
Aランク冒険者は実力もあり、魔物に対する知識も持っている。
なので、村の人たちが自分たちで解決するよりは安全というわけだ。
「とりあえず、村に着いたらいろいろと情報を聞きこもうと思っている」
「困っている人がいないかを探すのね」
「といっても、基本的にはまずは村長に話を聞くことになるだろうがな……情報は基本的にトップに集まるものだしな」
「それはそうね」
俺の言葉にイリアさんは頷く。
彼女も治める側の人間──自分の元に「情報」が集まってくることを理解しているのだろう。
まあ、彼女の場合は自分で集めていると言うべきだろうが……
「情報」は彼女の武器となる。
その「情報」を使って、相手より優位に立つわけだ。
「とりあえず、数日は滞在しようと思っている。あの二人のストレスを発散させるためにある程度は討伐依頼を受けたいからな」
「まあ、仕方がないわね。こんな風にのんびりとした旅になってしまったから、彼女たちも溜まっているのよね」
「流石に王女と公爵令嬢を馬車に乗せて、普段と同じようなスピードで走るわけには行かないからな」
「ちなみに、普段はどれぐらい早いのかしら?」
「今の5倍ぐらいかな」
「……それ、馬車と馬は大丈夫なの?」
俺の言葉にイリアさんが怪訝そうな表情を浮かべる。
今の5倍ぐらいの速度が出ること自体を疑っているわけではない。
その速度で馬車と馬が大丈夫なのかを心配しているのだろう。
その心配は杞憂である。
「馬車については、特注品だからな。俺たちの移動に耐えられるような素材で作ってもらえる」
「それ、かなり高そうね」
「まあ、値はかなり張ったが、冒険者としてかなり稼いでいるから問題はないな。基本的にあまり散財はしないから、お金も余っているしな」
「そうなの? 冒険者って、かなり金遣いが荒いイメージがあるんだけど……」
「偏見……とは言えないな。まあ、冒険者の大半はあまり貯蓄とかはしないな。豪快に宴会をして使ったり、実家に仕送りをしたり……武器や防具にも使ったりするしな」
「お金の使い方にもいろいろあるわけね。ということは、馬もかなり特注品なの?」
「いや、馬は自前だな」
「自前?」
「野生の馬を捕まえた」
「捕まえたっ!?」
俺の言葉にイリアさんが驚く。
いや、そこまで驚くことでもないだろう。
「正確に言うと、馬の魔獣だな。たしか【グレートホース】とかいう名前だったはずだが、ある依頼で手懐けた」
「冒険者って、なんでもできるのね。そんな馬だったら、それぐらいの速度を出せるわね」
「まあ、俺やアリス姉さん、ティリスの方が速いんだがな」
「……だったら、馬車もいらないんじゃないの?」
「いや、冒険者に馬車は必須だ」
「どうして?」
「荷物を運んだりしないといけないからだ。大き目の武器は普段から装備しているわけでもないし、帰りには手に入れた素材なんかも運んだりしないといけない」
「ああ、そういうことね」
イリアさんが納得したように頷く。
馬車の必要性を理解してくれたようだ。
続きを話そうと……したのだが、それはできなかった。
「グレイン、大変だよ」
「ん?」
馬車の御者席に乗っていたシリウスが慌てた様子で話しかけてきた。
一体、どうしたのだろうか?
「村が襲撃にあっているかもしれない」
「なに?」
シリウスの言葉に俺は馬車から飛び出した。
そして、視線を道の先に向けると、離れたところで煙が上がっていた。
それが一本だけだったら、あまり心配はしていなかった。
だが、同じ場所で数本も上がっていれば、それが異常であると判断するのに十分であった。
俺はすぐさま指示を出す。
「兄さんとレヴィアはここでイリアさんとシャル嬢を守っていて」
「「わかった」」
「リュコはこの周辺を警戒してくれ」
「かしこまりました」
「アリス姉さんとティリスは俺と一緒に村へ向かう」
「「了解」」
指示を出し終えると、俺たちは一気に駆け出した。
間に合えばいいのだが……
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