8-2-12 死んだ社畜はビストに入国する
俺たちが滞在していた数日、【聖光教】の連中からの襲撃はなかった。
まあ、元々そうならないようにイリアさんが行動していたわけだが、まさかこうも思い通りになるとは思わなかった。
といっても、街で【聖光教】の連中に出会えば、嫌そうな顔をされたが……
それは仕方ない事なので、どうも思わなかった。
そして、5日ほど滞在したのち、俺たちは街を出発した。
【聖光教】の連中は3日ほどで逃げ出すように街を出ていたが、万が一戻ってきたときに対処できるようにと残っていたのだ。
何も問題が起きなかったので、やることはなかったが……
とりあえず、俺たちはビストへ入国することができた。
といっても、まだまだ端っこではあるが……
「獣人の国と言っても、あんまり変わらないんだな」
道中の景色を見ながら、俺はそう呟いた。
ビストに入って数時間、周囲の景色はリクール王国と大差がないように感じた。
そんな俺の言葉を聞き、シャル嬢が問いかけてくる。
「そうかしら? 結構、違っていると思うけど……」
「まあ、シャル嬢ならそう思っても仕方がないな」
「どういうこと?」
俺の言葉にシャル嬢は首を傾げる。
言っている意味が分からないのだろう。
そんな俺たちの会話にイリアさんが入ってくる。
「シャルは基本的に王都しか知らないからでしょう? 王都の街並みと近辺の街はリクール王国の中でもかなり発展しているわ。グレイン君が言いたいのは、ビストはリクール王国の地方とはさして変わらないと言いたいのよ」
「そうなの?」
「ああ、そうだな。といっても、ビストの村や街にはまだ到着していないから一概には言えないが、この道なんかを見てもしっかりと馬車が通ることができるようになっている。王都近辺ほどは整備されてはいないがな」
「そうなんだ」
俺の言葉に驚くシャル嬢。
彼女は王族という立場上、滅多に王都から出ることはなかった。
知らないのも無理はない。
今回の留学の目的は自分たちの常識とは違うことを知るためである。
これも目的の一つというわけだ。
まあ、シャル嬢はついてきているだけなのだが……
「といっても、ビストの場合は中心に行くほど、発展はしていないみたいね」
「そうなのか?」
だが、イリアさんの言葉に今度は俺が驚くことになってしまう。
それはそうだろう。
国の中心──つまり、国の首都に向かえば、自然と発展していくはずなのだ。
なのに、彼女が言っているのはその真逆──本来はあり得ないのだ。
そんな俺の反応にイリアさんは説明する。
「この辺はリクール王国との国境でしょう? つまり、国同士の行き来が行われているわけだから、似たようなことになるわけよ」
「ん……それはそうか?」
「逆に中心に近づくほど、その国のお国柄が出てくるわけよ。つまり、獣人らしさが前面に出てくるわけね」
「その獣人らしさが発展してない、ということか」
イリアさんの説明を俺は簡単にまとめる。
たしかに言っていることは間違ってはいないかもしれない。
だが、それでもなかなか信じることは難しい。
国の中心にいけば、発展していくものだという固定観念にとらわれてしまっているからであろう。
「実際にそうでしょう、ティリスさん」
「そうね」
俺が納得できていないことに気が付いたのか、イリアさんはティリスに話を振る。
そういえば、ティリスは【獣王】リオンの娘──つまり、この国の王女的な立場であった。
この国の中心で暮らしていたわけだ。
「首都は自然に囲まれたいい場所よ。建物だって、自然にできたものを利用して作られているものが多いわ」
「どういった建物なんだ?」
「大きな木の中にできた空洞に住む者もいれば、土の中に出来た穴に住む者もいる。洞窟に住む者もいるわ」
「色々いるんだな。それは驚きだ」
「アタシからすれば、同じような石材を使って作られた似たような建物が並ぶリクール王国の方が驚きだけどね」
「そうか? ……いや、そういうものかもしれないな」
ティリスの言葉に一瞬疑問に思ったが、彼女の言っていることはもっともであろう。
リクール王国の建物は素材を人間の手で加工し、ノウハウを使うことによって建築されている。
つまり、ある一定の品質の建物を量産することができるわけだ。
対して、ビストの場合は自然にできた空間を利用して住居スペースを作っているわけだ。
自然は人間がどうこうできる相手ではない。
その自然によってできたものを利用しているからこそ、一定の品質を持った建物ができるわけではないのだ。
「しかし、大丈夫か?」
「何かしら?」
ティリスの話に俺はある心配が浮かんでしまう。
イリアさんの方を向いたので、彼女が聞き返してくる。
「ティリスの話だと、ビストの首都は自然に囲まれた場所だということだ。いや、それ自体はさして問題はない、が……」
「王都で高級な生活に慣れた私とシャルが耐えられるか心配なのね?」
「ああ、そういうことだ」
俺の心配していたことをイリアさんがあっさりと口にする。
自然に囲まれた場所ということは自然と触れ合うことができるというメリットの反面、その自然に合わなければ暮らしづらいというデメリットも存在する。
王都で高級な生活をしていた彼女たちが過ごすことができるのだろうか?
1週間やそこらならそこまで問題はないと思う。
だが、ビストには2,3ヶ月は滞在する予定である。
少し我慢すればいいわけではないのだ。
「それなら大丈夫でしょ」
「え?」
だが、そんな俺の心配に答えたのはイリアさんではなく、ティリスであった。
俺は思わず驚いてしまった。
「たしかにビストはリクール王国の首都に比べれば、文明的には劣っているでしょうね。でも、建物自体はかなり暮らしやすいと思うわ」
「そうなのか?」
「ええ、むしろ自然の中だからこそ感じることができる安らぎとかもあるぐらいよ」
「ほう」
ティリスの説明に俺は少し期待してしまう。
自然の中だからこそ感じることのできる安らぎ──前世の俺ではまったく縁のなかった話である。
前世で体験できなかったので、この機会に体験するのも悪くはないのかもしれない。
「リクール王国の王女と公爵令嬢かもしれないけれど、馬車の旅で何度か野宿ができているのであれば、心配はないと思うわ」
「野宿の時は【土属性】の魔法で建物を建てていたけどな」
ティリスの言葉に俺は反論をする。
野宿の時、流石にイリアさんとシャル嬢を野ざらしに過ごさせるわけにもいかないので、俺が簡易的な建物を建てた。
もちろん、二人の普段の生活に比べれば見劣りはするだろうが、街の宿屋と大差ないと思っている。
「それを含めてよ」
「というと?」
「たしかにグレインの作った建物は雨風をしのぐことができるという点では、旅の野宿がかなり楽になったわ。けれど、一つだけ問題があったわ。それはベッドよ」
「なに?」
ティリスの言葉に俺は驚く。
予想外の内容だったからである。
驚く俺にティリスは説明を続ける。
「一晩程度なら問題はないでしょう。でも、柔らかいベッドに慣れている二人からすれば、土で出来た硬いベッドで何日も寝るのはかなりきつかったはずよ」
「っ!?」
ティリスの言葉に俺は反論することはできなかった。
どうやら俺の気遣いが足りなかったようだ。
雨風をしのぐことができれば、十分だと思っていた。
料理などもその場で作ったりして、温かいものを食べさせていた。
衣服もきちんと洗濯をしていたし、風呂を入ることはできなくとも魔法でお湯を作ることで清潔に保っていたはずだ。
衣食住をきちんと揃えていたつもりが、まさかそんな問題があったとは……
盲点だった。
「まあ、普段はアタシたちとだけしか冒険していなかったから、それは仕方がない事ね。そもそも王女や公爵令嬢と一緒に旅に出ること自体が初めての試みだし」
「……」
まさかティリスにフォローされる日が来るとは思わなかった。
結構ショックである。
「まあ、楽しみにするといいわ。下手したら、ビストに永住したいと思うかもしれないわね」
「……それは本当に楽しみだな」
ティリスの言葉に俺の気分が少し上向く。
彼女かここまで言うのだ、本当のことなのだろう。
あまり勉強が得意ではないが、嘘をつくことはない。
理論的に考えることは苦手ではあるが、直感的に物事を考えることは得意なのだ。
そんな彼女が良いと感じているのであれば、それはかなり良いものだと期待できるわけだ。
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