8-2-11 死んだ社畜は因縁のある集団と対峙する 6
屋台の店主に案内され、俺たちは高級そうな宿屋に来た。
といっても、冒険者としての感覚では高級そうなだけではあるが……
シャル嬢やイリアさんのような王族や高位貴族にとってはあまり高級ではないと思われる。
まあ、数日過ごす分には問題はないだろう。
この長旅で疲れたのだから、少し多めの休みを取るのも悪くはないだろう。
だが、休む前にやることがある。
「さて、聞かせてくれないか?」
俺はイリアさんに問いかけた。
いきなり話しかけられて驚かれると思ったが、まったくそんなことはなかった。
彼女は来るとわかっていたという風に答える。
「最後にアコニット侯爵を牽制した件かしら?」
「ああ」
やはり用件はわかっていたようだ。
まあ、俺がこの状況で彼女に問いかけるのはそれ以外にはあり得ないのだから、わかっていてもなにもおかしくはないな。
「あの状況でどうしてあんなことを言ったのか、それがわからなかった。民を奪おうとしたことかと思ったが、そうでもないんだろう?」
「一応、その意味もあるわね。普通の人にとっては、ね」
「普通の人?」
「アコニット侯爵は確実にシャルがいたことに気づいていたわ」
「っ!?」
イリアさんの言葉に俺は驚く。
だが、すぐに当然のことだと思い至る。
普通の人にとって、イリアさんがここにいるのは公爵令嬢が旅に出ているという考えに至るだろう。
だが、王都での──特に王城近辺の情報を知っている者であれば、イリアさんとシャル嬢が行動を共にしていることを知っていてもおかしくはない。
そこからこの街にシャル嬢がいることを連想できるわけだ。
「自分たちの宗教をコケにされたのに、簡単に帰ろうとしていたでしょう? あれは言い争うよりも利益があると考えたからでしょうね」
「それはシャル嬢の誘拐ってことか?」
「そういうことね。といっても、グレイン君たちがいる以上、万に一つも成功することはないわね」
「まあ、そうだな」
イリアさんの説明に俺は頷く。
現状、【聖光教】の人間がシャル嬢を誘拐することができる可能性は限りなく0に近い──いや、0そのものと言っても過言ではないだろう。
俺だけではなく、俺の仲間たちがいるこの状況でそんなことができるはずがない。
【聖光教】の人間たちにAランク冒険者クラスの実力者がいれば可能性はあるだろうが、確実にそれはない。
「でも、相手はそれが理解できない連中かもしれないわ」
「どうして?」
イリアさんの言葉に俺は首を傾げる。
俺がいることは相手側もわかっているはずだ。
それなら誘拐をすることなど無謀であることは理解できるはずだが……
「自分たちの待ち望んでいた【聖女】を手に入れることができるチャンスよ? だったら、普通は何が何でも手に入れようとするものじゃないかしら?」
「ああ、そういうことか」
俺や納得することができた。
【聖女】──【聖属性】を使うことができる女性は【聖光教】の人間にとっては喉から手が出るほど欲しい人材である。
その有無によって、信者からの信仰にも影響が出てくるだろう。
だからこそ、ハクアも誘拐されかけた──いや、されたと言うべきか?
完全に連れて行かれる前に取り戻せたものの、一度は奪われたのだから……
「気づいていたのはアコニット侯爵だけだと思うけど、彼が他の人たちに言う可能性はあったわ。そうすれば、確実に誘拐しようと動く人間もいるでしょう?」
「そう簡単に動くか?」
「一概には言えないけど、強硬手段に出る人間はいるでしょうね。ああいう大規模な集団だったら、一部にそういう人間がいてもおかしくはないわ」
「それもそうだな」
「だからこそ、グレイン君を牽制に使わせてもらったわけよ」
「……それが分からないんだが」
納得しかけたが、どうして俺を使ったのかが分からない。
強硬手段を取るような人間が俺の存在でやめようと思うのだろうか?
喉から出るほど欲しいのであれば、俺の存在に関わらず行動しそうなものだが……
「アコニット侯爵の責任問題になるからよ」
「責任問題?」
イリアさんから予想外の言葉が飛び出してきた。
いや、彼女からその言葉が飛び出すことはさほどおかしい事ではない。
だが、こんなところで出てくるとは思っていなかった。
「アコニット侯爵にとって、【聖女】を手に入れるために強硬派が動くことはさほど問題ではないわ。むしろ、【聖女】がいることが分かっているのに何も行動しないのは【聖光教】の人間としては問題ではないかと言われる可能性があるわ」
「まあ、そうだな」
「だからこそ、グレイン君がいることで過去に【聖光教】の人間たちが起こした事件の結末を思い出してもらったわけよ」
「ハクアの誘拐の件だな?」
「ええ。あの事件で【聖光教】のリクール王国内の最大支部が消滅したわ。公にはなっていないけど、大半の人間がカルヴァドス男爵家に手を出すことによって起こった惨劇だと知っているわ」
「つまり、俺の存在が抑止力になるわけだ」
ようやく理解することができた。
たしかに、それはアコニット侯爵の責任問題になりかねないな。
下手をすれば、あの時のような惨劇になる可能性があるのだから。
まあ、流石にそんなことにはならないが……
だが、一つだけ言っておきたいことがある。
「【聖光教】の支部を消滅させたのは俺じゃないんだけどな。あれはルシフェルさんがやったんだよ」
勘違いされていそうなので、一応は訂正しておく。
「建物を消滅をさせたのは、でしょう? あの件に関わっているんだから、嘘はついていないはずよ」
「まあ、それはそうなんだが……」
「これで相手の行動を抑えられるんだからいいじゃない」
「本当に抑えられると思うか?」
俺はふとそんなことを聞き返す。
たしかに普通の人間なら、化け物がいるとわかって攻め入るほど無謀な行動をとるとは思えない。
だが、相手は普通の人間ではない。
現にハクアを誘拐した貴族はその無謀な行動をとった人間である。
アレン=カルヴァドスという伝説と呼ばれるような存在がいることが分かっていたのに、わざわざ誘拐をしたのだ。
それだけで正気の沙汰ではない。
いくら自分の方が貴族として権力が高いとはいえ……
「まあ、問題はないでしょうね」
「そうなのか?」
だが、イリアさんはあっさりと答える。
俺の不安は杞憂とばかりに……
「アコニット侯爵は頭がキレる。だからこそ、問題がないはずよ」
「キレるから問題があるんじゃないのか?」
イリアさんの疑問に俺は首を傾げる。
頭がキレるのであれば、物事を自分の思い通りに動かすことが得意なはずだ。
ならば、上手い事シャル嬢の誘拐を企てようとすると思うのだが……
「そういう人間だからこそ、物事のメリットとデメリットを考えるものよ。100%成功するような作戦を立てられるのなら話は別だけれど、ほとんどは何らかの要因で失敗する可能性も出てくるわ」
「そうだろうな。でも、成功率が高いんだったら、その行動をとるのが普通じゃないのか?」
「それはそうね。でも、今回の場合は成功率の方が明らかに低いわ」
「……たしかにそうだな」
「それに失敗した時のデメリットが異常なほどに大きいわ。もしかすると、自分達も消滅させられるなんてことになるかもしれない、と思うはずよ。向こうからすればね」
「なるほどな」
イリアさんの説明にようやくすべてを理解することができた。
イリアさんはアコニット侯爵がかなり頭がキレるからこそ、俺という異常な力を使って抑止力としたのだ。
失敗をした場合、とんでもないということを印象付けるために……
たしかにこれはかなり有用な方法かもしれない。
「だが、それはあくまでもアコニット侯爵だけの話だろう? 他の奴らが勝手に動く可能性もあるんじゃ……」
「それはないわね」
「どうしてだ?」
俺がふと思い浮かんだ心配もイリアさんはあっさりと否定する。
どうしてだろうか?
「私の見た限り、シャルがいることに気が付いたのはアコニット侯爵だけよ。他の人たちは【聖光教】の信者を増やすことを邪魔されたことへの怒りの感情しかなさそうだったわ」
「それはどうかと思うが……というか、その怒りに任せて、俺たちに危害を加えようとする奴がいるんじゃないのか?」
「そんなことを考えようとする奴もいるかもしれないけど、そういう人はアコニット侯爵に事前に止められるでしょうね。向こうからしても、私たちと無駄に事を荒立てたくはないでしょうから」
「まあ、それもそうか」
不安はあっさりと解消される。
いや、そもそもそこまでの不安ではなかった気がする。
どっちにしろ、対処するのは簡単だったのだから。
「とりあえず、この街に滞在している間は少し警戒する程度で問題はないと思うわ。おそらく、強硬手段を取るような人たちはいないと思うから」
「まあ、軽い警戒程度でも問題はないだろうな。俺じゃなく、他の奴らも然う然う後れを取ることはないだろうし……いや、俺以上に頼りになるかもな」
「そうなの?」
俺の言葉に今度はイリアさんが驚く。
「俺以上」という言葉が気になったのだろう。
だが、これは別に嘘でも何でもないのだ。
「リュコとティリスは獣人としての感覚がある。敵対する意識を持って近づけば、確実に気づかれるだろうな」
「ああ、あの二人なら確かにそうね」
「ちなみに、アリス姉さんも同じレベルでそんなことをできる。純粋な人間のはずなのに……」
「それはすごいわね。アレン=カルヴァドスの血かしらね?」
「かもしれないな」
イリアさんの言葉に俺は頷く。
アリスが獣人レベルの直感があるのは、それぐらいしか説明がつかない。
まあ、アレンの方にそのレベルの直感があるのかはわからないが、あってもおかしくはないだろう。
なんせ伝説と呼ばれるレベルの冒険者だったのだから。
「とりあえず、今日はもう休むとしようか。久しぶりにゆっくりできるしな」
「ええ、そうね」
ここで俺たちの話は終わりにする。
もう疑問に思うこともなくなったし。
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