8-2-9 死んだ社畜は因縁のある集団と対峙する 4
現れたのは一人の男だった。
年齢は30前後ぐらいだろうか、飄々とした雰囲気の男だった。
全身は筋骨隆々というわけでもなく、一般より少し多いぐらいの魔力を感じる程度である。
ローブの下に着ている高級そうな服と場慣れしたような落ち着いた雰囲気が貴族のように見える。
「別に我々はこの国の人たちと喧嘩をするためにやってきたのではないんですよ。なので、このような場所で言い争うのは止めましょう」
「……あんたは誰だ?」
「人に尋ねる前に、自分から名乗るのが礼儀なのでは? 見たところ君も貴族の令息の様だけど、それぐらいはわかっているでしょう?」
「……」
男の言葉に俺は反論しなかった。
いや、できなかったと言うべきだろうか?
胡散臭い雰囲気の男ではあるが、言っていることはまともなように聞こえるからである。
仕方がないので、名乗ることにした。
「俺はグレイン=カルヴァドス──カルヴァドス男爵家の次男だ」
「男爵だと? その程度の身分の子供が我々に楯突こうとしたのかっ!」
先ほど俺に言い負かされた男が、俺の正体を知った瞬間に偉そうにしてくる。
おそらく、彼も貴族の関係者なのであろう。
だからこそ、男爵という身分を聞いて、舐めた態度をとっているのだろう。
ある意味では貴族らしい対応と言えよう。
まあ、それが【聖光教】が批判している貴族の姿とも言えるが……
だが、そんな男の言葉を諫めたのは予想外の人物であった。
「彼を見くびるのは止めた方が良いと思いますよ?」
「はい?」
止めたのは先ほど前に出てきた貴族らしい男であった。
味方に止められたことに俺を言葉で攻撃しようとしてきた男は驚く。
そんな反応を見て、貴族らしい男は苦笑する。
「彼のことを知らないのですか? 相手を批判するにしても、多少は相手のことを知っておいた方が良いと思いますが……」
「この身分も知らないようなガキのことをですか? ただの生意気なガキのように思いますが……」
「はぁ……カルヴァドス男爵と言う名前ぐらいは聞いたことがあるでしょう?」
貴族らしい男は大きくため息をつく。
相当呆れているようだ。
そして、かなりヒントを与えていた。
これでわからなければ、どうしようもないと思っているようだ。
「カルヴァドス……どこかで聞いたような……あっ!?」
「気づいたようですね」
「【巨人殺し】アレン=カルヴァドスの関係者と言うことですかっ!?」
ようやく気付いた男は体を震わせる。
他国の人間でも、アレンの話は知っているようだ。
まあ、世界的に有名な伝説らしいので、知っていない方がおかしいが……
「ええ、そのようですね。そして、その子供たちも有名ですよ」
「そうなのですか?」
「はい。カルヴァドス男爵家の双子の姉妹と【化け物】と呼ばれる次男は有名ですよ」
「【化け物】ですか?」
男は思わず聞き返してしまう。
とても子供につくような異名ではないと思っているのだろう。
普通に考えれば、確かに正しい。
そういう意味では常識があると言っていいかもしれない。
だが、気になることがある。
「俺のことを知っているみたいだが、どこでそんな情報を?」
俺は思わず質問してしまう。
たしかに、俺が【化け物】と呼ばれていることは知っている。
一部の界隈ではかなり有名であることも理解している。
だが、他国の人間に知られているとは思わなかった。
国王様と冒険者ギルドの意向でできるだけ俺の情報は外に漏れないようにしているはずなのだが……
「この国は君の情報を他国に漏れないようにしているみたいだが、人の口に戸は立てられないのだよ。まあ、君ほどのイレギュラーの情報を完全に隠すことの方が難しいだろうけどね? ある程度の伝手を持っていれば、集めることは可能さ」
「なるほどね……あんたはその伝手を持っているというわけか?」
「そういうことさ。さて、最初の質問の答えだけれど……私の名前はケイン=アコニット──【聖教国】の侯爵さ」
男が自己紹介をする。
どうやらこの男──アコニット侯爵がこの集団のトップなのだろう。
いや、正確に言うならば、助長させている原因と言うべきだろうか?
侯爵という権威により【聖光教】が威張り、この街の衛兵たちは捕まえることができないわけだ。
「その侯爵様がどうしてこんな辺境の街へ? リクール王国に旅行に来るにしても、王都などもっと有名な場所があったでしょう?」
「たしかに旅行をするのなら、おかしいでしょうね。この街に有名な名産品でもあれば話は違ったでしょうが、そうでもないみたいですし」
「旅行が目的じゃないんだろう?」
「わかります?」
俺の指摘にアコニット侯爵は苦笑する。
ごまかしきれないと分かったのだろう。
いや、元々ごまかすつもりもなかったようだが……
「わざわざ辺境の……しかも、ビストとの国境沿いの街に来ているということは何か裏工作をしようとしているんだろう?」
「それは誤解ですね。我々はリクール王国の人に我々の神を信じてもらうため、布教をしているだけですよ」
「それが裏工作だろう? わかり切ってるんだよ」
「おやおや、勘違いしているようですね。それはまるで我々がこの国に危害を加えようとしているみたいじゃないですか」
俺の言葉にアコニット侯爵はしらばっくれる。
若くして貴族の当主をしているだけあって、かなり優秀なようである。
簡単に腹の中を見せてはくれないようだ。
「別に直接危害を加えるだけが裏工作じゃないだろう?」
「直接的でないとすると、間接的と言ったところでしょうか?」
「ああ、そういうことだ。【聖光教】は帝国ほどあからさまではないが、人間至上主義を掲げている。そんな教義を国境の町で広まりでもすれば、ビストとの戦争の火種になってしまうわけだよ」
「ふむ……たしかに君の言っていることはおかしくはありませんが、それはあくまでも君の想像にすぎないでしょう? 現に我々は【聖光教】の考えを布教するためだけにいろいろな場所を回っているだけなのですから」
「王都から離れた場所をか?」
「もちろん、王都にも行かせていただきますよ。ですが、効率的に回るために後の方にさせていただいているだけで……」
「どうだか」
やはり簡単に口を割ってくれないようだ。
いや、俺がいくら言ったところでこの男が本音を語ることはないだろう。
30代前後で侯爵を名乗っているだけのことはある。
「それに、君の方もおかしいでしょう?」
「何がだ?」
「たしかに我々が辺境の街に来ているのもおかしいと思うでしょうが、君がいるのもおかしいということですよ。たしか、君はまだ王立学院の学生だったはず。そして、王立学院はまだ新学年が始まったばかりだと記憶していますが?」
アコニット侯爵は痛いところをついてくる。
たしかに、俺たちがこの街にいることは不自然だろう。
周囲の人間たちの視線が疑わしい者に変わってくる。
偽物だと思われているのだろうか?
だが、反論ぐらいは簡単にできる。
「留学に行く途中に立ち寄ったんだよ」
「留学、ですか? つまり、ビストに行く途中、と?」
「まあ、そういうことだな。それすらもおかしいと言うのか?」
「いえいえ、それならおかしくはないでしょうね。行き先はビストですか?」
「言う必要が?」
「まあ、見ず知らずの人間に言う必要はないでしょうね。といっても、この街を通っている時点でビストに行くことは確定しているでしょうが」
「……」
わかっているなら聞くなよ、と思ってしまった。
まあ、普通に考えればわかることなのは事実である。
「それよりも気になることは……」
「まだあるのか?」
「今回の留学に誰が付いてきているのか、ですね?」
「っ!?」
アコニット侯爵の言葉に俺は思わず体を硬直させてしまう。
まずい、と思ってしまったからだ。
相手が聖教国の高位貴族であることを想定し、イリアさんに控えてもらっていた。
しかし、それが逆に仇となってしまう可能性が出てきてしまった。
イリアさんがいるということは、この場にシャル嬢がいることを相手に悟られる可能性が出てくる。
シャル嬢は【聖属性】の魔力保有者であることは有名である。
その存在を知られれば、いらぬ争いを起こしかねない──そう思ったのだが……
「それは私よ」
「っ!?」
そんな俺の考えとは裏腹にイリアさんが出てきてしまった。
彼女ならこの状況のまずさに気づいたはずなのに、どうして?
「貴女はたしか……キュラソー公爵令嬢のイリア嬢でしたか?」
「あら、私のことをご存じで?」
「それはもちろん。キュラソー公爵令嬢は美貌と知識を併せ持つ素晴らしいい令嬢と有名ですからね」
「【アコニットの蛇】と呼ばれる方からそのように褒められるのは嬉しいですね」
「私のこともご存じなのですね」
イリアさんに知られていることに何の驚いた様子のアコニット侯爵。
だが、本心では全く驚いているようだった。
知ってて当然と言うことだろうか?
「もちろんよ。20代前半という若さで侯爵の座に収まった、アコニット侯爵家の才児ですもの。知っていてもおかしくはないでしょう」
「それはたまたまですよ。先代が急逝されたので、仕方なく私が……」
「四男のあなたが? それは少しおかしいのでは?」
「兄たちはあまり体が強くなかったり、当主として不適格だったりといろいろ理由があり、私にお鉢が回ってきたわけですよ」
「運が良い方ですね」
「まあ、たしかに私の運は非常に良いでしょうね」
イリアさんとアコニット侯爵は笑みを浮かべる。
しかし、お互いの表情の向こうに何か底知れないものを感じる。
このアコニット侯爵もイリアさんと同じタイプなのだろう。
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