8-2-8 死んだ社畜は因縁のある集団と対峙する 3
「さあ、立ち上がりましょう。貴方達が本来手にしていたはずの幸せを手に入れるために……」
「ちょっと待ちな」
ローブを着た男が締めの言葉を言い終える直前に俺は声をかけた。
突然の乱入に周囲の人たちは驚く。
もちろん、それは【聖光教】の人間たちもだ。
だが、すぐにその表情は怒りへと変わる。
自分達の宣教を邪魔されたからであろうか?
「貴様たちは何だ? 神の使徒たる我々の行動を邪魔するつもりか?」
「神の使徒? ぶほっ」
「何がおかしいっ!?」
俺の反応に男の怒りがさらに増す。
まあ、今のは仕方がない。
こいつらは本気で自分たちが神の使徒であることを信じている類なのだろう。
【聖光教】の熱心な信者だからこそ、その思いが強くなるわけだ。
「いや、すまない。本気でそんなことを言う奴がいるなんて思わなくてな……」
「貴様、我々を馬鹿にしているのか? 【聖光教】は聖なる力を持った存在──神を崇めるための宗教だぞ。それを馬鹿にするということは、我らの神を馬鹿にしたのと同義だぞ」
「そのつもりはまったくないさ。別にあんたらが神様を信じるのをどうこう言うつもりはないし、神様を馬鹿にしたつもりはない」
「なに?」
俺の言葉に男が怪訝そうな表情を浮かべる。
てっきり自分たちの存在を認めない奴が現れたと思ったのだろう。
だからこそ、俺の言葉をどう判断すべきか悩んだのだろう。
「だが、お前たちの言っていることに反論しようと思ってな」
「反論だと?」
「ああ。お前たちは貴族や王族が民を騙している、と言ったな?」
「その通りだ。我々の言っていることは間違いではない。この国のほとんどの民は貴族や王族に騙され、搾取され続けているのだ。ならば……」
「【聖光教】に入れば救われる、か?」
「っ!?」
最後の決め台詞を奪われ、男は言葉を詰まらせる。
その表情はさらに怒りを増している。
だが、途中で言葉を奪わずにはいられなかった。
「はぁ……やっていることがありきたりなんだよ」
「なに?」
「政治が信じられないから宗教に入れ、だと? そんなこと、全く解決になっていないだろ」
「なっ!? 我々を馬鹿にしているのだな? この異教徒め」
「いや、馬鹿にはしてねえよ。あと、異教徒でも……いや、あんたらから見れば、そうなるのか?」
反論しようとしたが、すぐに納得する。
たしかに、彼らから見れば、自分達の信じている神を信じない俺は異教徒に当たるだろう。
言葉のニュアンスがあまりよくないから否定しようとしてしまったが、間違いではなかったようだ。
まあ、そんなことはこの際どうでもいいのだが……
「俺が言いたいのは、生活が苦しいという理由で宗教に入ったとしても何の意味もないということだよ」
「そんなことはない。我々の神は信じる者を救って……」
「くれるわけないだろう? 神様が個人個人に食料でも配ってくれるのか? それとも、貴族や王族のところへ行って悪政を辞めるように言ってくれるのか?」
「いや、それは……」
男は言葉を詰まらせる。
自分達が信じる神がそのようなことをするとは考えたことがなかったのだろう。
反論できないからこそ、男は話を変える。
「だが、王族や貴族はあるものを独占している」
「独占?」
俺は首を傾げる。
一体、なんのことだろうか?
「【聖属性】の魔法の使い手──つまり、【聖女】様だ」
「はぁ……」
男の言葉に俺は呆けた声を出してしまう。
俺の反応は至極当然だろう。
まさかこんなところでそれを出されるとは思ってもいなかったからだ。
独占しているとは、どういうことだろうか?
「【聖女】様は癒しと浄化をするために神から遣わされた使徒様だ。つまり、人々を救うために行動しなければならず、それを一国の王族や貴族がどうこうすべきではないのだ」
「だからこそ、独占だと?」
「ああ、そうだ」
男はニヤリと笑う。
勝ったと思ったのだろう。
たしかに、王族は意図的に【聖属性】の使い手であるシャル嬢を囲い込んでいる。
だが、それは独占のためではない。
彼女を危険から守るためである。
うちのハクアだってそうだ。
【聖属性】の使い手であることがバレてしまえば危険が及ぶことが分かり切っているからこそ、できる限り情報を出さないようにしているのだ。
「馬鹿馬鹿しい」
「なに?」
「【聖属性】の使い手が神の使徒、だと? 冗談は休み休み言えよ」
「お前は【聖女】様も愚弄する気かっ!」
俺の言葉に男は怒鳴ってくる。
どうして、そんな結論になるのだろうか?
「いや、別に愚弄してるつもりはねえよ。ただ、【聖属性】の魔法を使うことができるからと言って、【聖女】と崇める必要はないだろ、ということだ」
「それが愚弄しているということだろう。【聖属性】とは神から授けられた聖なる力──ならば、神の使徒──【聖女】様として崇めるのが当然だろう」
「それが馬鹿馬鹿しいってことだよ」
「何?」
「【聖属性】は確かに希少だ。現存する使い手も片手で数えることができるほどしかいないし、この世界の歴史の中でも出てくるのはせいぜい2桁程度だろう。その点で言えば、崇められてもおかしくはないな」
「なら、馬鹿馬鹿しくは……」
男は俺の言葉に反論しようとする。
だが、説明はまだ途中である。
「だが、【聖属性】の属性の一つであるんだから、他より優れているというわけじゃねえよ」
「ふんっ、何を言うかと思えば……【聖属性】──いや、【聖女】様だからこそできることがあるのを知らんようだな」
「へぇ……何ができるんだ?」
男の言葉に俺は馬鹿にしたように聞いてみる。
だが、それに怒ることはなく男は説明を始める。
「【聖女】様といえば、癒しの力だ。【聖女】様はあらゆる傷を癒すことができるんだ」
「その程度のことなら、他の属性でも代用は可能だな」
「なんだとっ!?」
俺の言葉に男は驚く。
他の【聖光教】の人間も同様の表情を浮かべている。
「【水属性】を使うことで化膿を防ぐことはできるし、【火属性】を使うことで傷を防ぐことができる」
「それはあくまでも傷を防ぐだけだろう? 癒しの力とは違うだろう」
「まあ、そうだな。だが、傷を癒すと言うなら、【身体強化】の応用で治るのを早くすることができる。【聖属性】だけの特権ではないな」
「そんなこと、できるはずが……」
「なら、証明してみるか?」
「なに?」
俺の言葉に男が驚く。
そんな彼をおいて、俺は自分の掌に【風属性】の魔法で傷をつける。
傷から血が流れてくる。
それを見て、一部から悲鳴が上がる。
まあ、自分で体を傷つけるのは少しショッキングな光景だな。
なので、俺はすぐに【身体強化】を使う。
すると、あっという間に傷が閉じる。
「なっ!?」
「これが【身体強化】の応用だ。こうすれば、傷を防ぐことも可能だ」
「それは本当に【身体強化】なのか? 明らかに別の魔法で……」
「どう思うかは自由だが、俺は嘘をついているつもりはないな」
「……」
俺の言葉に男は黙り込む。
どう反論するべきか、わからないようだ。
俺が嘘を言っているというのは簡単だ。
だが、それを証明する手立てはない。
そもそも俺は嘘を言っていないしな。
すぐに無理だと判断したのだろう、切り口を変えることにしたようだ。
「だが、【浄化】はできまい」
「そもそも【浄化】をする必要があるものがあるのか?」
「なに?」
だが、俺はあっさりと反論する。
俺としては、どうしてそこまで驚かれるのかが理解に苦しむが……
「【浄化】はなんのためにやるんだ?」
「もちろん、悪いものを清めるために決まっているだろう」
「悪いもの?」
俺の反応に男はニヤリと笑う。
反撃のチャンスだと思ったのだろう。
男は反論を始める。
「もちろん闇の力──【闇属性】に決まっているだろう」
「はぁ……」
「なんだ、その反応はっ!?」
俺は大きくため息をつく。
まさか、こいつらの言う悪がそんなことだったとは……
どうして俺がため息をついているのか、理解できていないようだし……
説明することすら、面倒だと思ってしまうレベルである。
「あんたらの教義をどうこう言うつもりはないけど、少しはその時代に合った教義に替えていくべきだと思うぞ?」
「何を言って……」
「少なくとも、【聖属性】も【闇属性】も一つの魔力の属性としてまとめられている時代だ。なのに、その中で善悪を考えるなんて、ナンセンスでしかねえよ」
「だが、現に【闇属性】を持つ者は悪で……」
「何をもって、そんなことが言える?」
「なに?」
俺の言葉に男の反論が止まる。
少し質問を変えてみる。
「【闇属性】をもった奴に何かされたのか? 家族でも殺されたか?」
「そんなことはされていない。だが、【闇属性】を持つ者は悪と決められており……」
「そもそも悪い奴に【闇属性】の有無なんて関係ねえよ。犯罪をする奴が全員【闇属性】を持っているのか?」
「そ、それは……」
男は反論できない。
そもそも人間が【闇属性】を持っていること自体がかなり珍しい。
【聖光教】の本拠地である聖教国にはまったくいないだろうが、犯罪がゼロではない。
それが「犯罪者=闇属性」の図式を壊す条件である。
「じゃあ、【闇属性】を持つ魔族たちはどうなんだ? あいつらは犯罪者か?」
「奴らは過去に大罪を犯したから、神に【闇属性】を与えられたのだ。つまり、魔族であることこそが罪人の証で……」
「本当に馬鹿なのか? そんなこと信じられるわけないだろ?」
「うぐっ!?」
俺の言葉に男の反論が止まる。
今のは流石に苦しいと思ったのだろう。
おそらく、教義か何かで書いてあったことを言っているのだろう。
だが、俺に反論され続けて揺らいでいる状態では、それをはっきりと事実だと言い切ることができなかったようだ。
「あんたらがどう思おうと勝手だが、この国でそんなことを言うのはやめてもらおうか? 魔族と友好関係を築いているのに、あんたらと同じ考えが増えてしまったらそれを崩しかね……」
「それ以上はやめてもらいましょうか」
「ん?」
俺の言葉を誰かが遮る。
そいつは【聖光教】の集団の中から現れた。
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