8-2-6 死んだ社畜は因縁のある集団と対峙する 1
大岩の一件から1週間後、俺たちは別の街に到着した。
その間にいくつかの村は通ったが、大きな街は久しぶりである。
しかも、ここはリクール王国の端の街である。
ここを通り過ぎれば、あとはビストに入国するだけである。
しかし、俺たちは街に入ってから違和感があった。
「人通りが少ない?」
周囲を見渡し、俺はそう呟いた。
まだ街に入ってきたばかりではあるが、あまりに人通りが少なすぎるのだ。
見渡す範囲に屋台や店もあるはずなのに、半分近くが閉まっていた。
別に今日は休日でも何でもないはずだ。
そもそも休日であれば、逆に儲け時ではないだろうか?
とりあえず、これほど店が閉まっていることはおかしいというわけだ。
「おい、坊主」
「はい?」
近くにいた男性に話しかけられた。
屋台の店主の様だが、一体どうしたのだろうか?
「坊主たちはこの街に何か用か?」
「いえ、旅の途中に立ち寄っただけですよ。今日はこの街で宿を探そうかと……」
「なるほど……なら、明日はできる限り早く出た方が良いかもな」
「? どうしてですか?」
優しく出て行けと言われた気がした。
だが、この男性は悪気があってそんなことを言ったわけではないようだ。
「最近、この街に怪しい集団が現れてな」
「怪しい集団ですか? どのような?」
男性の言葉に俺は興味を持った。
もちろん、興味本位ではない。
「全員が白っぽいローブを着ていてな、街の中心で何か大きな声で話しているようだったな」
「白っぽいローブですか……どのような内容ですか?」
「いや、あまりにも胡散臭い集団だと思って、俺はあまり聞いていないんだ。だが、王族や貴族に対する不満を言っているみたいだ」
「王族や貴族への不満、ですか……」
男性の言葉に俺は考え込む。
それはなかなか穏やかな話ではないな。
別に貴族や王族に不満を持つことが悪いとは言わない。
貴族の中には悪い事をしている人間もいるだろうし、それに対して不満を持つなと言う方が難しい話だろう。
それは王族でも同じである。
現に王族でも悪い事を知っている奴らを知っているしな。
だが、ここまであからさまなことをするのはまずいだろう。
不敬罪で捕らえられても仕方がないと思うのだが……
「この街の衛兵は? 大っぴらに不敬なことを叫んでいるのであれば、捕まえることのできる理由になると思いますが……」
「いや、それが難しいようだ」
「? どうして?」
俺は素直に驚いてしまう。
貴族や王族への不満を高らかに宣言しておいて、どうして衛兵が捕まえることができないのだろうか。
だが、男性の言い方は衛兵の職務怠慢ではないようだ。
「知り合いの衛兵に聞いたのだが、その集団の中に他国の貴族がいるようだ」
「他国の貴族、ですか?」
「ああ。そいつのせいでその集団を検挙することができないんだ、と知り合いの衛兵が悩んでいたよ。外交上の問題になる、と言われたとか」
「……」
とんでもない奴が現れたようだ。
しかし、一体どこのどいつだろうか。
たしかに、他国の貴族を勝手にとらえるようなことをすれば、外交上の問題になるだろう。
だが、それはあくまでもその貴族に何の過失もない場合の話である。
悪い事をしているのに、捕まえない方が問題になるはずである。
しかし、それを国境の都市の衛兵に理解しろと言う方が難しいはずだ。
判断を仰ごうにも、解決できるような人間もいなさそうだし……
「イリアさん」
「なに?」
「この件、首を突っ込んでいいかな?」
俺はイリアさんに問いかける。
そんな俺の言葉にイリアさんが反応する。
「この集団のリーダーはグレイン君よ? だったら、私に聞く必要はないんじゃないかしら?」
「ただの問題だったら、俺の判断で構わないさ。だが、今回はそうもいかないようだよ」
「他国の貴族、ってところかしら?」
「ああ、そうだ。男爵・子爵程度なら問題はないだろうが、伯爵以上になってくると俺では荷が重い可能性が出てくる」
「グレイン君の力を見せれば、大丈夫じゃないかしら?」
「……それは別の問題が発生しそうだな」
イリアさんの言葉に俺は苦笑する。
力で解決するのが一番楽かもしれないが、それは後々に問題が起こる可能性がある。
俺の力でビビらせて追い出したとしても、後でそれを理由に文句を言われる可能性が高い。
流石にあとで困るようなことはしたくない。
「まあ、私は別に構わないわ。とりあえず、シャルだけバレないようにしてくれれば、ね」
「それはどうかな……イリアさんが出た時点で、シャル嬢がここにいることがバレそうな気がするな」
「その可能性は否定できないわね。でも、流石にそれだけでシャルがここにいることが気付く人間はこの街にはいないでしょ。だったら、問題ないわ」
「なら、いいか」
イリアさんの許可を得たので、俺たちは怪しい集団の下へ向かうことが決まった。
しかし、それに驚いたのは先ほどまで話をしてくれていた男性だった。
「いや、話を聞いていたか? 俺の注意は無視するのか?」
男性は不満を言ってきた。
といっても、これは俺たちのことを心配してくれての言葉であろう。
この男性の顔は怖いが、言葉の節々に優しさが垣間見える。
彼の優しさに従っておくのが普通であろう。
しかし、俺は彼のために解決すべきだと思う。
俺たちにその力があるのだから……
「大丈夫ですよ。並の貴族程度なら、どうにかなりますから」
「並の貴族程度なら、って……貴族の時点で並じゃないと思うぞ」
俺の言葉に男性が何とも言えない表情を浮かべる。
たしかに、表現としてはおかしかったかもしれない。
だが、そうとしか言いようがないのだ。
「悪い事は言わねえ。ここは素直に俺の言うことを聞いておいた方が……」
「安心してください。俺たちは大丈夫ですから」
「どうしてそんなことが言えるんだ? 子供の集団だろう?」
俺の言葉に男性が心配そうに聞いてくる。
たしかに、この集団を見れば、その反応が正しいだろう。
だが、ただの子供の集団ではないぞ?
「こちらの方はリクール王国を支えるキュラソー公爵家の令嬢であるイリア様ですよ。つまり、この街の問題を片づけることができるかもしれないお方です」
「なにっ!? 公爵家だと?」
男性が驚く。
当然の反応であろう。
なんせ、声をかけた相手が公爵家の身内だったのだ。
平民であったとしても、公爵家が貴族の中でもかなり偉い事は知っているだろう。
そして、そんな人に話しかけることなど普通はできない、と。
「し、信じられない。そんな高貴な身分の令嬢がどうしてこんな辺境の街に? おかしくないか?」
だが、男性はそう簡単に信じることはなかった。
たしかに彼の言う通り、公爵令嬢が辺境の街に来ることの方がおかしい気がする。
まあ、こちらにも理由はあるのだが……説明しても意味はないだろう。
「イリアさん、何か証明できるものは?」
「え? ……学生証でいいかしら?」
「ええ、それで」
俺の問いかけにイリアさんは小物入れから一枚のカードを取り出した。
それを受け取り、男性に確認してもらった。
「王立学院5回生、イリア=キュラソー……同姓同名の別人の可能性は?」
「イリアという名前だけならいるかもしれませんが、キュラソーという家名は公爵家の人間しか名乗ることはできませんよ?」
「……それはそうか。納得するしかないか」
男性は少し反論しようとしたが、すぐに諦めた。
流石に反論の余地がなかったのだろう。
まあ、信じられないのは仕方がないだろう。
俺は学生証をイリアさんに返し、話を続ける。
「とりあえず、彼女にはその問題を解決できる可能性がありますから、俺たちに任せてもらえますか?」
「……解決してもらえるのであれば、こちらとしてはありがたい話だ。だが、心配なこともある」
「心配、ですか?」
男性の言葉に俺は首を傾げる。
この期に及んで、彼は何を心配しているのだろうか?
「たしかに公爵令嬢というのは俺には及びつかないほどの偉い方なのかもしれない。だが、見た目はまだまだ子供だ。そんな子供に問題を押し付けるなんてな……」
「なるほど……ですが、これも貴族の務め、ですよ」
「貴族の務め?」
俺の言葉に男性が聞き返してくる。
理解できなかったのだろう。
「王族や貴族は民の存在なくして、生きることはできません。彼らは民たちの支えで生きているのですから」
「それは理解できるが、この話とどういう関係が?」
「貴族の務めの一つに民を守ることがあるんですよ。つまり、こういう問題を解決することも一つの務めなわけです」
「……だが、そういうのはこの地を治める貴族の領分なのでは?」
俺の説明に男性が反論してくる。
たしかに、その通りではある。
その領地で問題が起こったのであれば、解決するのはその領地を治める貴族の役目であろう。
下手に他者が介入すれば、いろいろと問題が増えるかもしれない。
「ですが、解決できる人間がいるのであれば、すぐにでも解決するべきでしょう。何か問題が起これば、その時に解決すればいいのですから」
「……貴族様の言うことは理解できないが、本人たちが言うのであればそれでいいのか?」
男性は完全にではないが、納得はしてくれた。
この男性が良い人であることは今までの会話でわかった。
こんな人が困っているのであれば、助けてあげたいと思うのが人情である。
「とりあえず、俺たちに任せてください」
「ああ、わかったよ」
男性に見送られ、俺たちは意気揚々と怪しい集団のいる場所へと向かっていった。
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