8-2-5 死んだ社畜は障害を排除する 3
大岩を排除した後、俺たちは盛大な歓待を受けた。
街の人たちは困っていたのだから、これは当然の反応だったのだろう。
そこまで盛大にやらなくてもいいのではと思ったが、かなり嬉しそうだったので止めることはできなかった。
町長から感謝の言葉を伝えられ、町長の息子から謝罪を受けた。
そして、Aランク冒険者という存在は珍しいからだろうか、次々に話しかけられた。
流石に無下にするわけにもいかず、俺はせっかくの宴にほとんど飲み食いすることができず、時間が過ぎていってしまった。
あと、なぜか話しかけてくるのが女性になると、うちの女性陣が集まってきていた。
なぜなのだろうか?
夜が明けた。
昨夜が宴だったとしても、子供に夜遅くまで起きさせることもなく、酒を飲ませることもなかった。
そのおかげで元気な状態で次の街に進むことができる。
町長に頼みごとをして、だが。
「では、この手紙を王都の冒険者ギルドにお願いします」
俺は町長に手紙を渡す。
今回の件を王都に伝えるためである。
俺が直接言いに行った方が良いのだろうが、そうもいかない。
俺が向かっているのはビストであり、数日かけて王都に戻るわけにもいかない。
シャル嬢を危険にさらすことになってしまうからである。
「はい、かしこまりました。ですが、二通あるようですが……」
「冒険者ギルドだけで大丈夫ですよ。そこなら、受付で俺の名前を言えば、確実に目的の場所に届きますから」
「?」
俺の言葉に町長が首を傾げる。
どうやら理解できなかったようだ。
まあ、流石にこれだけで理解してもらうのは難しいか。
「もう一通は王立学院の学長宛てです」
「王立学院の学長っ!? なんでそんな人に……」
俺の言葉に町長が驚く。
一般的にこの反応が正しいのだろう。
俺にとっては普段から近くにいるので、そこまでの驚きはないのだが……
「一応、俺の師匠に当たる人ですからね。何か問題が起これば、しっかりと報告しないといけないわけです」
「な、なるほど……そんな人に師事しているからこそ、グレイン殿もあれほどの実力を……」
俺の説明を聞き、町長がそんなことを言う。
何か勘違いしているようだが、否定するのはやめておこう。
別に困ることではないし……
だが、そんな俺の行動を無駄にする人間がいた。
「グレイン君の実力がおかしいのは学長に師事しているからじゃないわよ」
「ちょっ、イリアさん?」
「むしろ、実力がおかしいから、学長の弟子になっていると言った方が正しいわね」
「ああっ!?」
全部暴露されてしまった。
いや、言っていることは間違いないよ?
でも、流石に言い方はあっただろう。
それだと、俺がただのおかしい人ではないか、能力的に。
「そ、そうなのですね……」
ほら、町長も引いているじゃないか。
珍しく俺のことを化け物のように見ない人だったのに……
まあ、仕方がない。
話を戻すことにしよう。
「流石に部外者が学院に入るわけにもいきませんからね。手続きも面倒でしょうし、部外者が入ろうとすることで何か勘繰られる可能性もあります」
「なるほど……そんな事情があったのですね」
「冒険者ギルドであれば、部外者が入ってもおかしくはない。依頼をすることが目的の人もいますからね」
「だから、ギルドに行くだけで済むわけですね」
俺の説明に町長が納得する。
ここまで説明すれば、理解はできるだろう。
だが、まだ注意しないといけないことがある。
「できる限り、手紙のことは内密にお願いします」
「内密に、ですか?」
俺の言葉に町長は首を傾げる。
手紙を内密に届ける、その言葉の意味が理解できないのだろう。
まあ、なかなか言わないだろうから仕方がないだろう。
だが、これにもしっかりとした理由がある。
「おそらく、今回の一件はどこかの勢力が妨害をしていたのだと思います」
「妨害、ですか? どこの誰がでしょうか?」
「流石にそこまではわかりません。情報も足りませんから」
「ですが、どうしてそんなことがお分かりに?」
「あの岩ですが、かなり強力な魔法を使うことができる者がやったのだと思われます。しかも、一人で」
「一人でっ!? そんなことが可能なのですか?」
「はい、可能です。といっても、できる人間はかなり限られてくるでしょうが……」
「でしたら、どこの誰がやったのかを特定することは簡単なのでは?」
俺の説明に町長がそんなことを聞いてくる。
たしかに、人数が限られてくるのであれば、特定することは簡単にできると思うだろう。
しかし、事はそう簡単な話ではない。
「現状、この国にあんな芸当ができる人間はいるにはいますが、全員にアリバイがあります」
「アリバイ、ですか?」
「はい。あの岩が現れた大体の日時にこの街に来ることができる人間はいませんでした。つまり、王国の人間ではない可能性が高い、というわけです」
「なるほど……なら、さらに特定がしやすくなるのでは?」
「いえ、この国の人間ではないせいで、余計に特定ができなくなるんですよ」
「できなくなるんですか?」
俺の説明に町長が驚く。
人数が減ったのに、特定ができなくなる──おかしなことのように聞こえるだろう。
だが、これが事実なのだ。
「基本的に他国の情報はなかなか集めることは難しいです。しかも、それが強力な人材の情報であれば、できる限り国の中で隠しておくのが当然でしょう」
「他国に奪われでもしたら大変でしょうから、それは仕方がない事かもしれませんね。ですが、それでも強い人は有名になるのでは?」
「まあ、あまりにも強すぎれば、その可能性もあるでしょう。隠すことも難しいでしょうし、その情報が牽制にもなるでしょうから」
「牽制、ですか?」
「ええ。例えば、一振りで山を砕くことができる戦士のいる国を攻めようと思いますか?」
「え? 攻めないでしょう? 確実に負けることが目に見えていますから……ああ、なるほど。そういうことですか……」
町長は俺の質問に答え、その意図に気づいたようだ。
情報と言うのは、時に牽制するのに役に立つこともある。
相手から過大評価させることにより、外敵から身を守ることにも使うことができる。
これも一つの策略である。
だが、これはあくまでも情報の一つの側面である。
「ですが、逆にこういう情報を隠しておく場合もあります」
「どうしてでしょうか? それでは牽制になるとは思えませんが……」
「先ほどのはあくまで牽制の話です。今回の場合は秘密裏に行動する場合です」
「秘密裏……今回の件も、でしょうか?」
「ええ、そういうことです」
町長は理解してくれたようだ。
流石に被害者、状況は把握してくれているようだ。
「今回のように、誰がやったかわからないという状況は相手が情報を隠しているからだと考えています。おそらく、かなり強力な人間がいるのでしょうね」
「なるほど……ですが、そう簡単に隠すことができるのでしょうか」
「というと?」
「それほどの力があるという情報は広まりやすいのではないでしょうか? 普通と違う、それだけでも興味を引きそうですし……」
「まあ、普通はそうでしょうね。ですが、今回の件はその逆をついてきているかもしれません」
「逆、ですか?」
俺の言葉に町長は首を傾げる。
流石にこれも難しいか。
「情報が広まりやすいのはどこかわかりますか?」
「え? それは情報源がある場所では……」
「それも一つでしょうが、情報が広まりやすいのは人が集まる場所です」
「あっ!?」
俺の言葉に町長が驚く。
どうやら気付かなかったようだ。
だが、理解はしてくれているようだ。
「人が集まれば、情報の行き来が増える。それが、情報の拡散につながるわけです」
「なるほど……そして、王都から離れたこの街などは……」
「情報が広まりにくい場所、というわけですね」
「そういうことですか……」
町長が落ち込む。
自分の街が否定されたと思ったのかもしれない。
別にそのつもりはないのだが……
「とりあえず、相手はそういう場所を狙っている可能性が高いわけです。もしかすると、他の場所でもこんなことをしている可能性があります」
「つまり、この手紙はその対策というわけですね?」
「そういうことです。ですが、できる限りその情報は隠しておいてください」
「それは構いませんが、どうしてでしょうか?」
「言いたくはありませんが、もしかするとこの街に間者が紛れ込んでいる可能性もあります」
「え?」
俺の言葉に町長が驚く。
そんなことを考えたことがなかったのかもしれない。
「これはあくまでも可能性の話です。実際はどうかわかりませんが、警戒するに越したことはないでしょう」
「……否定はできませんね」
「これでも俺はかなり有名な人間です。そんな俺の行動を知れば、その対策をしようとするかもしれません」
「だから、内密に手紙を届けるように言ったわけですね」
「そういうことです」
俺の説明に町長は納得する。
一部の界隈で有名な俺の行動は相手からすれば、防ぎたいことなのだ。
だが、俺を直接叩くことができない。
ならば、俺以外の場所を狙えばいいわけだ。
今回の場合は手紙を託された町長なわけで……
「もしかすると、危険な目に合わせることになるかもしれません」
「それは構いませんよ」
「……いいんですか?」
町長の言葉に俺は問い返す。
あまりにもあっさりと受け入れられたので、不安になってしまったのだ。
しかし、そんな俺の言葉に町長は笑顔で答える。
「この街の恩人であるグレイン殿の頼みなのですから、危険な目など怖くもありませんよ」
「それはありがたいですね。ですが、危険な目に遭う可能性があるので、これを渡しておきます」
「……なんでしょうか、これは」
町長が手渡されたものに首を傾げる。
それはただの石ころのように見えるからだろう。
俺は説明する。
「それは魔石です。強力な魔物の体内で生成される魔力を含んだ石のことです」
「それはかなり珍しいのでは?」
「まあ、その石一つで一年は過ごせるのではないでしょうか」
「一年っ!?」
町長が驚く。
いきなり渡された石ころにそのような値段がついているのだから、仕方がないだろう。
だが、これは大事なことなのだ。
「その魔石には俺の魔力が入っています。といっても、あまり強力な魔法ではありませんが……」
「そんなことができる代物なのですね。ですが、どうしてこれを?」
「万が一、敵から襲われた時のために使ってください。逃げるのに役立つと思いますから」
「なるほど……こんな石ころにそんな力が……」
町長が魔石を光にかざして呟く。
まあ、普通はこんな反応になるだろう。
「とりあえず、無事に王都に手紙を届けるために使ってください。それ以降に余っていれば、売ってくださって構いませんから」
「売るっ!? どうして?」
「この街はあの岩のせいで長らく町同士の行き来ができなかったでしょう? なら、お金が少なくなっていると思いますので、少しでも足しになればと思いまして」
「なんと、そんなことまで考えて……ありがたい。この魔石はグレイン殿の栄誉をたたえるために大々的に飾るべきでは……」
「いや、売ってくださいよ。そのための魔石なんですから」
感謝されすぎて、おかしなことをしそうになっていた。
俺はくぎを刺しておいた。
果たして、聞くかどうかはわからないが……
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