8-2-4 死んだ社畜は障害を排除する 2
「これが件の岩ですか……たしかに道が塞がっていますね。これじゃ、この道を使うことができないな」
俺は岩を見上げ、そう呟いた。
想像以上のでかさである。
道幅は大体10mほどなのだが、そのほとんどを塞いでしまうほど岩が大きいのだ。
しかも、横の大きさだけではない。
高さも5mぐらいはあるだろうか、普通の人間では超えることすら難しいと思う。
一応、道ではない部分から向こう側に渡ることはできるようだが、それをできるのはあくまでも個々の単位でだけだ。
この状態では馬車などは通ることができないのだ。
いや、個人ですら子供や老人には道以外の盛り上がった場所に登ることができない場合、通ることができなくなるだろう。
つまり、この岩が邪魔であることは明白なわけだ。
「あの……大丈夫ですか?」
町長が心配そうに聞いてきた。
この岩をどうにかできるか心配なのだろう。
いくらAランク冒険者であると言っても、俺は12歳の子供。
こんな岩をどうにかできると思う方がどうかしているのだ。
町長の心配はもっともである。
だから、俺は笑顔で答えた。
「大丈夫ですよ」
「え?」
「この程度なら、片手で事足ります」
「はい?」
俺の言葉に町長が呆けた声を出す。
予想外の言葉だったからだろう。
大の大人が数十人がかりで動かすことができないような巨大な岩を子供が片手でどうにかすると言ったのだ。
信じられないだろう。
だが、俺の言葉は妄言でも何でもない。
「ふんっ」
(ビキビキッ……バアンッ)
岩に手で触れ、一気に魔力を流し込んだ。
すると、岩にひびが入っていき、即座に岩は崩れた。
「ええっ!?」
その光景に町長が驚愕の表情を浮かべる。
近くにいた町人たちも同様の表情を浮かべている。
まあ、信じられない光景だろうから、それも仕方のない事だろう。
俺は町長に向かって、笑顔で告げる。
「片づけはお願いしますね。一応、人が運ぶことができるぐらいの大きさにしているはずなので、それならこの街の人でもできるでしょう?」
「は、はい……ありがとうございます」
「いえいえ、人として当然のことをしたまでです」
町長から感謝の言葉を告げられたので、俺は笑顔で答える。
そこまで感謝されるのはなかなか恥ずかしい。
感謝されること自体は嬉しい事ではあるが、俺としてはそこまで大したことはやっていない。
それなのに、ここまで嬉しそうに感謝されるのは……
「グレイン殿の旅はお急ぎですかな?」
「はい? 特に急ぎではないですが……」
「では、今夜はこの街に宿泊してはどうでしょうか? この街の救世主に感謝をしたい所ですし……」
「いや、別にそんなことしなくても……」
なにかとんでもない事になりそうなことがする。
俺は本当に大したことをしていないのに……
断ろうとするのだが……
「ですが、私どもとしてはこのままグレイン殿をお送り出すのは心苦しいです。せめて、一晩だけでも直接感謝させてください」
「……わかりました。今晩は宿泊しますよ」
「ありがとうございます。では、さっそく準備をしてきます」
根負けして受け入れると、町長は嬉しそうに駆け出していった。
急いで宴の準備でもするのだろう。
まあ、それほど嬉しかったのだろう。
気持ちはわからないでもない。
「……」
俺は崩れた岩の方を見た。
今回、岩を簡単に排除することができた。
それ自体に問題はない。
だが、俺が岩を壊したことで新たな問題が浮かび上がってきたのだ。
まず、この岩は人為的に置かれたものであった。
自然災害で起こる可能性も否定はできないが、今回の場合はその可能性はかなり低い。
このレベルの岩が道を防ぐ場合、近くに山や崖のような場所があり、そこから崩れ落ちているはずである。
しかし、あいにく近くにそのような場所はない。
つまり、自然災害で起こった可能性を排除することができるわけだ。
次に、この岩の中にはかなりの魔力が込められていた。
自然の中には魔素という魔力のもととなるものが含まれているのだから、岩自体に魔力が含まれていること自体はおかしなことではない。
しかし、明らかに量が異常であるのだ。
普通の岩の数十倍──いや、数百倍の魔力が含まれていると思われる。
といっても、普通の岩の魔力量など、考えたこともないのだが……
しかも、その魔力が岩の硬度を上げるのにも一役買っていた。
町人たちがこの岩を破壊できなかった理由はここにあるのだろう。
まあ、俺なら簡単に破壊することができたわけだが……
だが、問題はそれだけではない。
この岩に込められていた魔力量はとても一人で賄えることができるものではない。
俺やルシフェル、学長レベルの魔力量であれば、一人でこれぐらいの芸当はできるだろう。
しかし、それ以外であれば、一人ですることはできないはずだ。
シリウスやレヴィアの魔力量であれば、一人で魔力を賄うことができたとしても、体内にあるほとんどすべての魔力を使うことになってしまう。
とても現実的ではない。
つまり、集団でこの現象を引き起こしたことに他ならないのだが……
「(このレベルの災害を引き起こすほどの人員を動かしたら、どこかで噂になりそうなものだが……)」
さらに疑問が浮かんできた。
一人、もしくは数人程度であれば、相当おかしなことがない限りは噂になる可能性はそこまでない。
しかし、十人以上の規模の集団が動いている場合、それは人の目につきやすい──つまり、噂になりやすいということだ。
この岩は十人以上の魔法を使うものが起こしたと思っていたのだが、それなら何らかの噂があってもおかしくはないのだ。
だが、先ほどの街ではそのような話は一向に聞かなかった。
まだ聞いていない可能性もある。
しかし、今回の岩のことを話し合っているのに、その原因についてはまったくわかっていないようだった。
もし多くの見知らぬ人間が街に入っていたのなら、そいつらが今回の件の原因ではないのかと考えるのが人の性であろう。
それすらなかったということは、街にそのような集団はいなかったと考えるべきだろう。
であるならば、通りの向こう側にある村や街に現れたのだろうか?
これは実際に行って、話を聞くまではわからないな。
「……」
「どうしたの、グレイン?」
俺が岩の破片をじっと見つめていると、シリウスが声をかけてきた。
しかし、俺がその問いかけに答えることはしなかった。
近くにあった破片を二つ、両手で拾い上げる。
「っ!?」
ここで気づいてしまった。
今までの俺の仮説が間違っていたということに……
「グレイン?」
「……想像以上に根深そうな問題だな」
「どういうこと?」
俺の言葉にシリウスが首を傾げる。
他のメンバーも理解できないと言った表情を浮かべる。
まあ、何も説明していないのだから、仕方がない事かもしれない。
とりあえず、軽く説明するとしよう。
「おそらく、この災害は一人の手で行われていたものだろうな」
「一人で?」
「岩の中にある魔力量から十人規模の魔法を使ったものだと思っていたが、魔力の質からそれはないと考えた」
「魔力の質?」
俺の言葉にシリウスが首を傾げる。
他のメンツも同様に首を傾げていた。
唯一、レヴィアだけが理解できたようだ。
「魔力には人それぞれ、個人差がある……つまり、同じ魔力はないということよね」
「ああ、そういうことだ」
「その岩の魔力は単一のものであった、ということよね?」
「っ!?」
レヴィアの言葉にようやくシリウスも気付くことができたようだ。
俺がどうして今回の問題が根深いと言ったのか。
「かなりのレベルの魔法を使うことができる人間が今回の騒動の原因、というわけよね?」
「ああ、そういうことだ。だが、そこでさらに疑問が出てくるわけだ」
「疑問?」
「そんな魔法を使うことができるやつがどこのどいつか、だということだ」
「どういうことかしら?」
俺の言葉にレヴィアは首を傾げる。
流石にそこまではわからなかったようだ。
「どこの所属か、ということよね? 王国の人間であるならば、どうしてこのようなことをしているのか、という問題が出てくる。敵国の人間であれば、その問題の上にかなり強力な魔法を使う戦力があるということになるわけよね」
「ああ、そういうことだ」
しかし、ここでイリアさんが話に入ってくる。
流石に魔力云々についてはわからなかったようだが、こういう話なら理解はできるようだ。
「おそらく、今回の件は敵国の人間の可能性が高いだろうな」
「どうして断言できるのかしら?」
「国内であれば、何らかの情報が入ってくる可能性があるからだ。このレベルの魔法を一人で使うことができる人間であれば、確実に噂ぐらいは聞くはずだろう?」
「……たしかに」
俺の言葉にイリアさんが納得する。
別に俺は国内すべての魔法を使えるものを把握しているわけではない。
そんなこと、プロですら難しいのではないだろうか?
しかし、有名な魔法を使うことができる者ぐらいなら聞いたことぐらいはある。
強力であれば、当然有名になってくる。
会ったことがなかったとしても、相対することで体内の魔力量から只者ではないことぐらい判断することもできる。
そして……
「現状でこの国にこのレベルの【土属性】の魔法を使うことができるやつは俺と学長だけのはずだ」
「「「「「っ!?」」」」」
俺の言葉に全員が驚く。
それはそうだろう。
俺が言っているのは、俺レベルの魔法を使うことができる者がさらにいるということなのだから……
「当然、俺ではない。学長も王都から離れることはできない」
「お父様は?」
レヴィアが聞いてくる。
自分の父親なら、このような芸当ができると思っているのだろう。
それは間違いではない。
しかし、否定はできる。
「ここはリクール王国とビストの国境側にある場所だ。しかも、こんなことをする理由はルシフェルさんにはない」
「……たしかにそうね」
俺の言葉にレヴィアは納得する。
まあ、もともと自分の父親がやったとも思っていなかったのだろう。
一応、可能性があっただけで……
「とりあえず、現状では情報が足りなすぎる。一応、冒険者ギルドに連絡を送っておこう」
俺は次の行動を決めた。
流石に、今回の件は俺一人で解決するには大きすぎるかもしれない。
こういう時にはギルドに頼るべきだろう。
そう決めた俺は街へと戻ることにした。
作者のやる気につながりますので、ブックマーク・評価・レビュー等をしてくれたらいいなぁ。
勝手にランキングの方もよろしくお願いします。
※グレイン・学長レベルの魔法をグレインが簡単に壊すことができた理由。
あくまで岩の中にそのレベルの魔力が込められていただけであり、普通の人+一般的な魔法使いは壊すことはほぼ不可能です。
グレインは込められていた魔力のつながりを外側から切ることで、破壊することができました。
ある程度の魔法を使うことができる者なら、この芸当はできます。(設定)
シリウスやレヴィア、Bランクレベルの冒険者ならできるのではないでしょうか?
流石にCランクは難しいかな?




