8-2-3 死んだ社畜は障害を排除する 1
王都を出発してから5日後、俺たちはとある街に到着した。
規模は王都と比べるまでもないが、カルヴァドス男爵領にある村よりは発展していた。
だが、俺たちは到着してから違和感があった。
なぜか街の空気が重いのだ。
とりあえず、俺たちは情報を集めるために、人通りの多い場所へと向かった。
少し歩くと、街の中心部にある広場だろうか、人の集まっている場所があった。
そこではなぜか言い争いをしていた。
「一体、いつまでこのままにしておくんだ。早くどうにかするべきだろう」
「わかっておるわ。だが、今の状況ではなにもできんのだよっ!」
二人の男性が言い争っている。
前者は比較的若い男性──20代後半ぐらいだろうか、文句を言っているようだ。
彼の後ろには同じように怒っているような表情の人が集まっていた。
後者は40代ぐらいの男性で、前者に比べるとどこか落ち着いた雰囲気がある。
しかし、表情から困っている雰囲気が伝わってくる。
若者の言っていることを理解しつつも、なにもできないことに困っているようだ。
「どうかしたんですか?」
俺はとりあえず近くにいた男性に声をかけてみた。
流石にいきなりあの中に話しかけるような真似はしない。
俺たちはこの街では外部の者だから、言い争いに割って入るようなことをするべきではないのだ。
「ん? あんたたちは旅の人かい?」
「まあ、そんなものですね。少し長旅になるので、保存のきかない食糧とかを調達させてもらおうと思いまして……」
「なるほどな。しかし、あんたたちも運が悪いな」
「運が悪い?」
男性の言葉に俺は首を傾げた。
まったく意味が分からなかった。
俺は旅の途中であることと食料を調達しようとしていることしか伝えていないのだ。
それなのに、どうして運が悪いと言われたのだろうか?
俺が疑問に思っているのが伝わったのか、男性が苦笑する。
「おそらく、王都の方から来たんだろう?」
「ええ、そうですね」
「なら、知らなくても仕方がないな。その反対側に続く街道が巨大な岩によって塞がれてしまっているんだよ」
「え?」
男性の言葉に俺は驚いた。
なぜなら、あまり聞かない話だったからである。
村や街、都市をつなぐ道は程度に差はあれど、基本的には整備されている。
通りやすさなどに違いはあるが、この世界の運搬手段である馬車でもきちんと通行できるようには最低限整えられているはずなのだ。
当然、そんな場所を塞ぐような岩などは本来あるはずがないのだ。
「それで言い争いをしているんですね?」
「ああ、そういうことだ。若者の方は早く岩を退かせてほしいと言って、町長の方は無理だと言っているわけだ」
「あの人、町長なんですね」
後者の40代の男性が町長であることを知った。
まあ、そこまで必要な情報ではないが、知っておいて損はないか。
だが、気になることがある。
「そんなに大きな岩なんですか?」
道を塞ぐほどの岩、聞く限りではかなりの大きさっぽい。
だが、そんな岩があるのだろうか?
「そうだな……大の男たちが数十人で囲んでも一周できないほどの岩だな」
「それは大きいですね」
「しかも、まったく動かせないときた。ただでさえかなり重いのに、その重みで地面にめり込んでしまっているんだよ」
「ああ、それは動かせなさそうですね」
男性の話に俺は納得する。
たしかにそのような状況であれば、岩を動かすことなど普通の人には無理だろう。
だが、そこでさらに疑問が出てくる。
「冒険者に依頼をしたりしないんですか?」
一般の人たちには難しいことでも、冒険者であれば解決することはできる。
武器で壊すこともできるし、この世界には魔法だってある。
どれだけ大きくとも岩石程度であれば、壊すことは造作でもないはずだ。
しかし、男性は首を振る。
「残念ながら、それは難しいな」
「どうしてですか? この街には冒険者ギルドの支部がないとか……いや、それでも近くの街に支部ぐらいはあるでしょう?」
男性の言葉に俺は質問する。
冒険者ギルドの大元は王都のような大都市にしかないが、支部は複数の領地に一つぐらいの割合であるはずなのだ。
小さな依頼で王都にまで行くのは面倒である、そんなニーズに応えるために近場で依頼する用にあるわけだ。
おそらく、この近くにもあると思われるのだが……
「一番近い支部が岩の先なんだ」
「ああ、なるほど……」
冒険者に依頼できない理由が分かった。
道を塞がれてしまっては、依頼を出すことすら叶わないのだろう。
これは俺の考えが足りなかった。
「一応、道を通らなければ、向こう側に行けないこともないんだ。だが、超えたからと言って、支部に依頼をできるとは限らない」
「というと?」
「支部があるのが2つ先の街なんだが、それまでの間に魔物が出たり、山賊がいると噂される場所があるんだ。しかも、走っても二、三日はかかる距離なんだよ」
「それは微妙に遠いですね」
どうやら他にも依頼できない理由があったようだ。
基本的にこの世界での移動は前世に比べると格段に危険である。
前世でも交通事故で命を落とすことはあるかもしれないが、それはあくまでも事故──狙って起こるようなものはほとんどない。
だが、この世界での魔物や盗賊に襲われるのは違う。
奴らは明確に相手への殺意を持って、襲い掛かってくるのだ。
それゆえにかなり危険なわけだ。
依頼ができないわけである。
「俺が依頼を出してくる。そうしたら、少しでも早く街道が復旧するだろう」
「お前ひとりで行くつもりか? そんなことは許さんぞ」
若者と町長の言い争いがヒートアップしている。
だが、おかしいと思ってしまう。
町長だって、早く解決したいと思っているはずだ。
それなのに、どうして若者の提案を受け入れられないのだろうか?
現状で最良の策だと思うのに……
「町長さんはどうして反対しているんですか?」
「ん? ああ、あの若者が町長の一人息子だからだよ」
「親子なんですか?」
「そうだよ。町長からすれば、命を落とす可能性のあることを一人息子に任せるわけにはいかない、と思っているわけだ」
「なるほど」
「かといって、他の若者に行かせるのも申し訳がない。それ以外の人たちにとってはもっと危険なわけだから余計に頼むことはできない。というわけで、何もできないスパイラルにはまってしまっているわけだ」
「それはそれは……」
男性の言葉に俺はどう反応すればいいのかわからなかった。
だが、状況は理解することができた。
ここで俺がすべき行動は……
「お、おい……」
俺が歩き始めると、男性が慌てたような声を漏らす。
わざわざ言い争いの中心に向かおうとしているのだから、仕方がない事である。
普通の人はそんな行動をするはずがないからな。
「ちょっといいですか?」
「あ? なんだ、このガキ……」
俺が声をかけると、若者の方が俺を睨んできた。
推定20代後半の彼からすれば、12歳の俺は確かにガキかもしれない。
だが、流石にこの反応は失礼ではないだろうか?
というか、父親の町長の方も失礼な目を向けてきている。
失礼なのは血筋なのだろうか?
「今は大事な話をしているんだ。ガキはとっとと帰って……(パアンッ)うおっ!?」
俺に文句を言おうとした若者の腕をつかみ、思いっきり足払いをかけた。
腕を中心に体を一回転させ着地した若者は驚きの声を漏らす。
周囲の人たちも、唖然とした表情を浮かべている。
俺は笑みを浮かべ、提案をしてみる。
「件の岩、俺がどうにかしましょうか?」
「はい?」
俺の言葉に町長が首を傾げる。
いきなりの言葉に理解できなかったのだろう。
だが、すぐに状況を理解したのか、俺を止めようとする。
「君が見た目と違って凄い事は理解できたが、それでも君のような子供がどうにかできるようなことでは……」
「これでもですか?」
町長の言葉に俺は懐からある者を取り出す。
それは1枚のカードであった。
それを見た瞬間、町長の雰囲気が変わる。
「そ、それは……」
「これでも冒険者なんですよ。しかも、Aランクの、ね」
「「「「「っ!?」」」」」
俺の言葉に周囲の空気が一変した。
先ほどまで険悪だったのに、今は俺への恐怖の気持ちで一杯になっていた。
いや、おかしくないか?
ここは喜ぶべきところだと思うのだが……
なんせ、街道を塞ぐ岩をどうにかすることができる人間が現れたのかもしれないのだから……
「なんでこんなところにAランクの冒険者が……」
「ちょうど通り道だったんでね」
「それはありがたい。では、さっそくお願いを……」
俺の招待を知った町長が丁寧な対応で俺を案内しようとする。
Aランク冒険者の機嫌を損なえば、どうなるかわかったものではないからだろう。
一人で2つ先の街に行くことすら難しいこの街の人たちにとって、俺の存在と言うのはそれほど驚異なのだろう。
これは仕方がない事かもしれない。
しかし、そんな中でも違う考えを持った者もいた。
「おい、ちょっと待て」
「ん?」
背後から声を掛けられ、俺は脚を止めた。
振り向くと、そこには先ほどの青年がいた。
一体、どうしたのだろうか?
「信じられないな」
「信じられない? 何が?」
青年の言葉に俺は聞き返す。
彼は一体、何が言いたいのだろうか?
「お前みたいなガキがAランクなわけがないだろっ! 嘘をつくのなら、もう少しましな嘘をつきやがれ」
「お、おい……失礼なことを言うものでは……」
息子の言葉に町長が慌てる。
だが、青年の気持ちはわからないでもない。
たしかにこんな子供が冒険者だったとしても、Aランクというのは想像できないのが普通である。
むしろ、あっさりと受け入れた町長の方が珍しいタイプかもしれない。
Aランク本人の俺が言うのもなんではあるが……
「……」
「どうした? 言い返せないのか?」
俺が黙っていると、青年が挑発をしてくる。
先ほど不意打ちをされたことがよっぽどむかついたのだろうか?
だが、黙ってもらうためにはああする他なかったのだ。
あのままでは話をすることすらままならなかっただろうし……
「Aランクの冒険者なんて見たこともないから、騙せると思ったんだろう? そんな手口に引っかかるわけがないだろ」
「……」
どうやら詐欺だと思われているようだ。
もしかしたら、過去に詐欺を受けた経験があるのかもしれない。
だが、流石に初めて会う人間に失礼ではないだろうか?
「なんか言ったらどうなんだ? ああ?」
青年は俺の胸倉を掴んで、凄んできた。
完全にやっていることはチンピラである。
もしかすると、今までのイライラをすべてぶつけられているのかもしれない。
だが、俺もやられっぱなしは性に合わない。
相手の胸倉を掴み返し、俺は魔力を集中させた。
「おいなんだ、この手は……(ふわっ)って、えっ!?」
胸倉を掴まれたことに怒りを露わにしようとした青年は、すぐに自分の身に起きた光景に驚愕する。
なぜなら、10m近く宙に浮いているのだ。
もちろん、俺の【風属性】の魔法によるものである。
「なっ……なんだ、これ」
「これで俺がAランクであることを信じてくれましたか?」
「は?」
「もっと高いところへも行けますが、どうします?」
「わ、わかった……だから、降ろしてくれ」
俺の言葉に青年が泣きそうな表情で懇願してきた。
俺としては、滅多にない経験だろうからもっと高いところへと提案しただけなのだが……
だが、ここまで懇願されてしまえば、仕方がない。
俺はゆっくりと地上へと降りていった。
地上に到着した瞬間、青年は力なくその場にへたり込んだ。
俺は町長に笑みを浮かべた。
「では、その岩の場所へ案内してくれますか?」
「は、はい」
俺の頼みに町長はあっさりと頷いた。
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