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【書籍化】小さな転生貴族、異世界でスローライフをはじめました  作者: 福音希望
第八章 成長した転生貴族は留学する 【8-2 獣王国ビスト編】
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8-2-2 死んだ社畜は出発する 2


「とりあえず、兄さんには「少し出かける」としか言っていないわ」

「……それで納得したのか?」


 イリアの言葉に俺は思わず聞き返してしまう。

 いや、本当のことを言えないのだから、そんな返事になってしまうのは仕方がない。

 しかし、もう少しバレないような言い方はないのだろうか?


「まあ、納得はしてないでしょうね。でも、それ以上は聞いてくることはなかったわ」

「そうなのか?」


 だが、イリアから返ってきたのは予想外の内容であった。 

 敵対している派閥が何かやろうとしているのだから、何か情報を得ようとしていると思ったのだが……


「向こうも何かと忙しいんでしょうね」

「忙しい?」

「聞いてない? 第二・第三王子が学院を卒業してから、側近たちは全員王城に部屋を与えられた、って」

「ああ、そんな話を聞いたな」

「第二・第三王子のどちらかが次期国王の座に就くために、いろいろと準備をしているみたいよ」

「……それ成功するのか?」


 イリアの言葉に俺は思わずそんな反応になってしまう。

 いや、何もしないよりはそういう活動でもしておいた方がマシなことは理解できる。

 だが、あの二人にも、その側近たちにももっと他にもやるべきことがある気がする。


「まあ、成功しないでしょうね。基本的には遊び惚けているだけみたいだし……」

「よく陛下たちはそれを許しているな」

「下手に他の場所で問題を起こされるよりはましだと思っているんでしょ? 監視するために許可したんでしょう」

「ああ、そういうことか……だが、目の見える範囲で問題を起こされるのも、心労がたまりそうだな……」

「それはたしかに……」


 俺たちは陛下のことが心配になってしまった。

 正直、第二・第三王子及びその側近たちの駄目さは学院の在学が四年も重なっていれば、自然と理解してしまう。

 本来、二年も学年がずれていれば、何かの接点がない限りはかかわりあうことなどほとんどない。

 だが、それでもその駄目さ加減が耳に入るほど酷かったのだ。


「しかし、どうしてイリアさんのお兄さんはあの派閥にいるんだろうか?」


 俺は純粋な疑問を口にする。

 イリアは嫌ってはいるが、俺は彼のことを評価している。

 いや、彼女もおそらく評価はしているのだろう。

 正直、イリアの上位互換と言ってもおかしくはないレベルで有能であるのだ。

 それを認めているからこそ、イリアは努力を続け、追い越そうとしているわけだ。

 そして、それほど有能だからこそ、第二・第三王子の派閥にいることが疑問なのだ。


「まあ、あんなんでも一応は正妃様の息子たちだからね。次期国王として担ぎ上げようとする貴族たちもいるのよ」

「それは理解できるけど……キュラソー公爵家としては、キース王子の方が良いんだろう?」

「ええ、そうね。お父様も血統が良い愚王よりは血統のない賢王の方が良いと思っているはずよ」

「まさに今の王室を表している表現だな」


 全く否定のできない説明である。

 しかも、それを最も身近で見ているはずの人間が言っているからこそ、その言葉の真実味も高まるわけだ。


「といっても、逆にキース王子に次期国王をやってもらうと困る人たちもいるわけよ」

「反対派閥の人間ってことか?」

「ええ、そうね。といっても、全員がそういうことではないわ」

「というと?」


 彼女の言葉に思わず聞き返してしまう。

 反対派閥以外にいるのだろうか?


「トップが愚かであることが良いという人もいるのよ。賢王だったら、不正を暴かれる可能性もあるでしょう?」

「ああ、そういうことか……」

「むしろ、愚王だったら、よりいろんな不正をやりやすいでしょう? 賄賂でも使えば、もっと大胆なことだってやるでしょうし……」

「困ったものだな」


 イリアの説明に俺は納得する。

 たしかに、それは普通の反対派閥ではないな。

 キース王子が駄目なのではなく、愚かな第二・第三王子の方がやりやすいからこそ担ぎ上げているわけだ。

 自分の利権のために……


「ここ何代かはそういうことを許さない雰囲気だったから、表立っては不正をしている人はいないけどね」

「何人かはいるような言い草だな」

「グレイン君だって、ゼロとは思っていないでしょ?」

「ああ、そうだな……しかし、いくらキュラソー公爵家とはいえ、バレているとは思っていなかったよ」

「ああ、そういうこと……別にバレているわけじゃないわよ」

「どういうことだ?」


 イリアの言葉に首を傾げる。

 彼女は情報がないのに、そのようなことを言ったのだろうか?

 彼女に限って、そんなことはないと思うのだが……


「あくまで噂の段階よ。決定的な証拠はまだつかめていないのよ」

「証拠を掴めていない以上、断定するのは駄目だ、と?」

「ええ。噂で断罪しようものなら、向こうに公爵家への攻撃材料を与えることになるからね」

「まあ、そうなるだろうな」


 いくら公爵家と言えども、何の証拠もなしに他家へ権力を振るうことは避けるべきである。

 その家との間だけなら、そこまで大きな問題にはならないだろう。

 だが、今回の場合は不正をしているのは、【反国王派】の貴族である可能性が高い。

 つまり、噂だけで断罪しようものなら、正妃の派閥から批判されることになってしまうわけだ。

 流石にキュラソー公爵家でも面倒であろう。

 潰されることはないかもしれないが……


「とりあえず、兄さんは血統が大事だと思っているのかもしれないわね」

「イリアさんのお兄さんなら、血統なんかよりも優秀さとかを大事にしそうだけど……」

「自分が優秀だから、必要ないと思ったんじゃないの?」

「ん?」

「下手に文句を言われるぐらいなら、自分の思い通りになるようなトップの方が良い、ってことよ。そうしたら、何か案を通す時に説明する必要がなくなるでしょ?」

「その分、愚かなトップは何かしでかしそうだけどな」

「あの男なら、そうならないようにいろいろと操作するんでしょうね」

「……怖いな」


 イリアの言葉に俺は身震いする。

 彼女のお兄さんが優秀であることも、それゆえの自信も理解できる。

 だが、それが国のトップを裏で操るようになるのは正直恐怖を感じてしまう。


「第二・第三王子派が今も残っているのはあの男のおかげと言っても過言ではないわ」

「そこまで?」


 イリアの言葉に俺は少し驚く。

 流石に評価が高すぎるのではないかと思ってしまったからだ。

 流石に一人で派閥を残すのは難しくないだろうか?

 だが、そんな俺の考えに気づいたのか、イリアは説明してくれる。


「ええ、もちろん。一応、【反国王派】である正妃様たちの影響もあるんでしょうけど、そっちは【国王派】をどう潰すのかを考えることで精一杯のはずよ」

「ん?」

「ある程度の勢力があるとはいえ、劣勢であることには変わらないのよ。それなのに、息子たちが起こしている問題をどうにかする余裕があると思う?」

「……流石にあるんじゃないのか?」


 イリアの言葉に俺は反論する。

 たしかに劣勢かもしれないが、王妃という立場なら問題をもみ消したりすることぐらいはできると思うのだが……


「たしかに一個や二個ならもみ消すことはできるでしょうね。でも、あの愚王子たちがその程度で終わると思う?」

「……思わないな」


 だが、俺はすぐに納得させられる。

 これは思いつかなかった俺が悪いな。


「正妃様たちがカバーできないようなレベルの問題をどうにかしているのが、あの男なわけよ」

「それはすごいな……だが、つい最近卒業したばかりの彼にそんなことができるのか?」

「現にできているわ。そういうところも私より優秀である理由かしらね」

「どういうことだ?」

「上が愚かである分、下の人間がいろいろとしないといけないでしょ? そうなると、自然と経験を積み、成長することができるわけよ」

「……なるほど」


 イリアの言っていることがわかった。

 たしかに、その理論で言えば、イリアよりもお兄さんの方が上である理由になるな。

 だが、イリアにだって、向こうにはないものがあるではないか。


「イリアさんは日頃から俺たちと議論をしているだろう? 向こうではそれができないだろうから、これを使えば追い越せるのでは?」

「でも、誰も私を言い負かすことができないじゃない」

「うぐっ」


 返ってきた言葉に俺は言葉を詰まらせる。

 まさかこんな至近距離から攻撃されるとは思わなかった。

 事実であるので、否定できないし……


「別に悪いとは言ってないわよ。人にはそれぞれ得意分野もあるんだから、それしかない私が負けるわけにもいかないしね」

「でも、少しぐらいは勝ちたいと思うのが男なんだがな」

「まあ、それは努力してもらうしかないわね」

「……頑張るとするよ」


 なぜか少し暗い雰囲気になってしまった。

 流石にこれは言わない方が良かったかな?


「とりあえず、常に勝ち続けている私と苦労している兄さん──成長が著しくなるのは、兄さんの方でしょ?」

「……そうだな」


 これは否定ができない。

 たしかに、人間苦労した方が良く成長するのだ。

 俺だって、カルヴァドス男爵家というとんでもないところに生まれたからこそ、ここまで成長することができたのだ。

 流石に普通の家に生まれて、こんな成長ができるとは思わない。

 これはイリアのお兄さんにも言えることなわけだ。


「じゃあ、イリアさんをより成長させるためには、俺がイリアさんを言い負かせることができるようにならない、と?」

「そういうことだけど、期待しないで待っておくわ」

「いや、少しは期待してくれよ」

「だって、負けたくないもの」

「……」


 彼女の言葉に何も言えなくなる。

 だが、これは彼女の自信の表れでもある。

 負けたくないからこそ、自分も成長していく。

 だからこそ、俺がいつまでも追い越すことができない。

 結果として、期待をしていない、と。

 理屈はわかるが、少し悲しく思ってしまう。

 しかも、この成長の仕方だと、苦労を続けているお兄さんを追い越すことは難しいわけで……


「とりあえず、今回の留学で何らかの課題を見つけようと思うわ。もっと成長するための、ね」

「それはいいかもしれないな」


 イリアの言葉に俺は賛同する。

 現状の環境では、彼女を一気に成長させることは難しい。

 だからこそ、留学に一緒に来るのは良い事かもしれない。

 新しい環境になれば、成長のきっかけをつかむことができるかもしれないし……

 しかし、果たしてそう簡単に見つかるだろうか……

 行き先は脳筋の国と研究馬鹿の国だし……

 俺は少しどころか、かなり不安になってしまった。







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