8-1-18 死んだ社畜は公爵家に向かう 2
「いきなりどうしたんだ?」
突然の宣言に俺は思わず質問してしまう。
何を考えているのかわからず、その意図を聞きたかったからである。
流石にイリアが何の考えもなしにそんなことを言うとは思わなかったからでもある。
突拍子のない事をすることはあるが……
「だから、私も留学についていく、と」
「いや、それは理解しているよ。ただ、どうして、と……」
「どうして? そんなこと、わかり切っているじゃない」
「?」
イリアの言葉に俺は首を傾げる。
一体、どういうことだろうか?
理解できていない俺にイリアがはっきりと告げる。
「他のみんなが行くのに、私だけ置いていくのは酷くないかしら?」
「理由はそこかっ!?」
彼女の行動する理由がわかった。
かなりしょうもない理由であった。
いや、彼女の言わんとしていることはわかる。
だが、別にこれは遊びでやっているわけではないのだ。
俺たちの留学はともかく、シャルロットの動向については彼女の身の安全を保障するためのものである。
だからこそ、外部に話が漏れないように、キュラソー公爵家で話をさせてもらっているわけで……
だが、そのせいでこんな問題も起こしているわけで……
「別にそれだけが理由じゃないわ」
「というと?」
「シャルの世話はどうするつもりかしら?」
「シャル嬢の世話?」
イリアの質問に俺は首を傾げる。
何を言っているのだろうか?
「シャルは曲がりなりにも王族よ」
「曲がりなりにも、というか、本物ですよね」
「普通の人と同じような旅路でいいと思うの? それ相応のケアとかをしないといけないと思うわよ」
「む……」
イリアの言わんとしていることがなんとなく理解できた。
俺やシリウスたちは普段の冒険者としての活動のおかげで長距離の移動などには慣れている。
馬車で数日間野宿するなんてこともあったぐらいだ。
別にそれは全く苦にならなかった。
だが、それはあくまで俺たちだからの話である。
シャルロットに関してはまた異なってくる。
彼女は王族であり、冒険者として活動しているわけではない。
そんな彼女が長期の馬車の旅など慣れているはずがない。
できる限り野宿をしないように、と言った配慮を取ることはできるかもしれないが、それ以外については難しいかもしれない。
イリアが言いたいのは……
「私がついていけば、そういう配慮をいろいろと指示できると思うわ」
「……だが、そういうのはわかるのか?」
イリアの言わんとしていることは理解できる。
だが、個々で純粋な疑問が浮かぶ。
イリア自身、そういう配慮を指示できるほどの知識はあるのか、と。
そんな俺の考えていることに気が付いたのか、彼女は少し怒ったような顔をする。
「馬鹿にしないでもらえる? こう見えて、私は幼いころからいろんなところを回ってきたんだけど?」
「そうなのか?」
「ええ。お父様が見識を広めるために必要だ、と国内だけどいろいろな領地の視察に行くように指示をしていたのよ。だから、馬車での移動には慣れているわ」
「なるほど」
「ちなみに、グレイン君と初めて出会ったのは、その帰り道ね」
「ああ、あのときか」
イリアが旅に慣れていることは理解できた。
それなら、安心なのかもしれない。
だが、そこで別の疑問が出てきた。
「でも、国内の領地を見て回っているのなら、うちに来たことあったか? 来ていたのなら、会ったことはあると思うんだけど……」
「カルヴァドス男爵領には行ったことはないわ」
「そうなのか?」
イリアはあっさりと否定する。
どうしてカルヴァドス男爵領には来ていないのだろうか?
いや、まだ幼かった彼女がすべての領地を回ることは難しかったのかもしれない。
回れなかった領地の一つがうちの可能性が……
「お父様にカルヴァドス男爵領には行かないように、と言われたわ」
「はい?」
だが、返ってきたのは予想外の言葉だった。
どういうことだ?
キュラソー公爵家は何をもって、そんなことを言ったのだろうか?
場合によっては、名誉棄損で訴えようか?
いや、この世界にそんなものはないのだけど……(爵位的な問題で)
「だって、カルヴァドス男爵領は危険な魔物がたくさんいる森がそばにあるんでしょう?」
「……」
「そんな危険な場所には行かせられない、それがお父様の優しさというわけよ」
「なるほどな」
カルヴァドス男爵領が候補から外された理由はわかった。
たしかに、幼い子供に領地視察をさせるには、うちの領地は危険すぎるかもしれない。
いや、アレン達がいるので、ある意味では危険じゃないだろう。
しかし、それはあくまで事情を知っている俺だからこそ思うことができるのだ。
何も知らない人からすれば、ただの危険な場所にしか見えないはずだ。
これはキュラソー公爵が正しいな。
「私としては一度行ってみたかったんだけどね」
「どうして?」
「だって、【巨人殺し】に生で会えるのよ? 本好きの私にとっては、憧れの存在なんだから」
「ああ……そういえば、うちの父親は伝説の冒険者だったな」
イリアの言葉に俺は納得する。
忘れがちではあるが、アレン・リオン・ルシフェルは伝説の冒険者である。
いや、実力的には俺よりも強い事は忘れていない。
しかし、普段のエリザベスたちに怒られているような情けない姿を見ていると、本当にそうだったのかと疑問に思ってしまうのだ。
誰が妻に怒られて小さくなるような男が伝説の存在だと思う?
まあ、それはドラゴンであるリヒトも同様ではあるが……
彼も妻には頭が上がらない。
「とりあえず、そんなわけで私もついていこうと思っているわけよ」
「たしかに必要かもしれないな」
「でしょう?」
「だが、一つ聞きたいことがある」
「何かしら?」
イリアが留学についてくる利点については納得できた。
しかし、まだ問題が残っている。
「留学するのは3日後というのは変えるつもりはない。それまでに準備できるのか?」
「ああ、なるほどね。それなら大丈夫よ」
「そうなのか?」
「言ったでしょう? 私はいろいろな領地を視察するのに慣れているの。だから、そのための準備ぐらいなら、3日もあれば十分よ」
「……なら大丈夫か」
俺の心配は杞憂だったようだ。
むしろ、準備の心配はシャルロットの方にしないといけないのかもしれない。
ただでさえ慣れていない旅をするのに、下手に買い出しをするわけにもいかない。
彼女のことを快く思わない連中にかぎつけられるかもしれない。
「シャルの分も私が準備した方良いわね」
「いいのか?」
「ええ、もちろん」
「だが、キュラソー公爵家が旅をするような準備をしたとバレれば、それこそ今回の話が広まりそうだが……」
イリアの提案はありがたい。
しかし、彼女が動いてしまうと、憶測だとしても今回の話が【反国王派】に流れてしまうかもしれない。
流石にそれはまずいのだが……
「大丈夫よ」
「どうして?」
「ミュール商会に頼めばいいでしょう? あそこなら、客の情報などをばらすこともないでしょうし……」
「それはそうなんだが、買い物をしたという事実が憶測を呼ぶんじゃ……」
「それなら大丈夫よ」
「はい?」
イリアはなぜそこまで自信満々に言うのだろうか?
彼女の気持ちが分からない。
「ミュール商会はうちも贔屓にさせてもらっているわ。だから、たとえ大きな買い物をしたとしても、怪しまれることはないわ」
「ふむ……」
イリアの言葉に俺は考え込む。
たしかに彼女の言う通りであるならば、そこまで問題にならないかもしれない。
これがかなり高額なものを買っているのであれば、人の口に戸は立てられない。
噂が広まってしまう可能性が高い。
しかし、今回必要となってくるのは、旅の必需品であり、そこまで高価なものではない。
そんなものを買ったとして、噂になることは少ないだろう。
「なら、頼もうかな。そっちの方が助かるし」
「了解よ」
ご厚意に甘えることにした。
俺たちにも準備があるし、シャルロットのことはイリアに任せた方が良いだろう。
「それと、どういうルートで行くか決めているの?」
「ルート?」
イリアの質問に俺は首を傾げる。
そんな俺に呆れたような視線を彼女は向けた。
「旅行にしろ、留学にしろ、目的地に行くためには行き方を事前に調べておくのは当然でしょう?」
「ああ、そういうことか……基本的には最短ルートを通るようにしてきたから、まったくそういうことを考えたことはなかったよ」
「……グレイン君なら当然か。でも、今回はそういうわけにはいかないわ」
「というと?」
イリアの言葉に俺は聞き返す。
彼女は一体、何を考えているのだろうか?
別に最短ルートを進むことは悪くないはずだ。
移動する時間を削減することによって、その土地にいる時間を増やすことができる。
有意義に使うことのできる時間が増えるということだ。
だからこそ、俺は普段から最短ルートを通ってきているわけだが……
「私やシャルがいるのよ?」
「それがどうした? むしろ、移動時間をできる限り減らし、その負担を減らした方が……」
「そういう考えもあるだろうけど、もし今回の最短ルートで行くとしたら、どこを通ると思う?」
「どこをって……あっ!?」
個々で俺はようやく彼女の言っていることに気が付いた。
今回の留学、最初の目的地に行くための最短ルートでカルヴァドス男爵領を通ることになる。
いや、それ自体はそこまで大きな問題ではない。
しかし、そこからビストに行くためには……
「危険な森を通らないといけない、ということか」
「そういうことよ。別にグレイン君たちがいるのだから、かなり安全だと思うわ。でも、私やシャルがいる以上、できる限りリスクは避けた方が良いと思うのよ」
「なるほどな。それは思い至らなかった」
イリアの言葉に俺は自分の考えを恥じた。
時間を優先するあまり、周囲のことを気遣うことができていなかった。
今までの俺たちのメンバーでは気にするようなことでもなかったことも理由である。
基本的に俺たちがクエストをする際、通り道に危険な魔物がいるような場所を通るようなことはなかった。
いや、普通の人にとっては危険な魔物はいたのかもしれないが、俺たちには気にする程度ですらなかった。
「私としては、このルートがおすすめかしら?」
「西側から回るのか?」
「ええ、そうね」
「理由は?」
イリアさんが地図を取り出し、ペンで線を引いた。
彼女は何をもって、そのルートを選んだのだろうか?
「西側には比較的、【国王派】の貴族が多いのよ」
「そうなのか?」
「ええ。といっても、すべてではないけどね」
「まあ、貴族のよってはいろいろだろううな」
「そして、【国王派】の貴族の領地だけでビストまで行くことができるのよ」
「そうなのか?」
イリアの言葉に俺は驚く。
彼女は笑みを浮かべる。
「【反国王派】の領地を通る場合、何らかの妨害を受ける可能性があるわ。でも、【国王派】ならば、率先して私たちの邪魔をすることはないでしょ?」
「理解はできるが、果たしてそううまくはいくかな?」
「どういうことかしら?」
「シャル嬢がいる時点で、【国王派】にとっては交流を深めたい相手だろう? だったら、夕食に誘われたり、一晩泊るように言われたりするんじゃないのか?」
「まあ、その可能性は高いわね。でも、そこまで問題はないと思うわ」
「どうして?」
「今回の留学は、いわば【お忍び】のようなものよ。それを伝えれば、大抵の貴族は従ってくれると思うわ」
「従わなかったら?」
「グレイン君に脅してもらうしかないわね」
「……相手の方が位が高いと思うが?」
「大丈夫よ。もっと身分の高い私たちがいるから」
「……」
まさかの力業である。
まあ、その方があっさりと解決できるのだからいいのかもしれないが……
できる限り、そうならないことを祈ろう。
「とりあえず、大まかな予定が決まったわね」
「ああ、そうだな」
「次に会う時は、出発の時でいいかしら?」
「その方が良いかもしれないな。下手に何度もここに来れば、勘繰られる可能性もあるしな」
「了解よ」
これで決めることは決めた。
あとは出発当日までに準備を済ませるだけだ。
俺も準備をするために帰ろうと立ち上がろうとしたのだが……
「それと一つ聞きたいことがあるんだけど?」
「ん?」
なぜかイリアに止められた。
しかも、腕まで掴まれて……
別に簡単に振りほどくことはできる。
しかし、公爵令嬢の彼女の手を無理矢理振りほどくことは立場的に難しいかもしれない。
さらに、イリアは爺やに指示を出し、扉の前に立たせた。
これは俺を部屋から出さないつもりか?
一体、何のために……
「なんで、シャルのことを【シャル嬢】と呼んでいるの?」
「っ!?」
近くでイリアから得体のしれない恐怖を感じた。
彼女の浮かべているのは笑顔である。
しかし、だからこそ、理解のできない恐怖を感じたのだ。
そして、それから1時間をかけ、俺は事情を説明した。
シャルロットとイリアからその呼び方を許可された。
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