8-1-17 死んだ社畜は公爵家に向かう 1
陛下との会話を終え、俺はすぐにキュラソー公爵家へと向かった。
アポなしで行くのは問題ではあるが、できる限り早くに伝えておいた方が良いと思ったからである。
陛下の話を聞いて、できる限り早くに出発した方が良いと思われる。
リスクは最小にしておくに越したことはないからである。
キュラソー公爵家につき、門番に事情を説明する。
何度かお邪魔しているおかげか、門番でも俺のことを知っていた。
まあ、俺はいろんな意味で有名人なので、何もおかしくはないのかもしれないが……
知らない人に怖がられることもよくあるし……
「これはグレイン様、今日はどうなされましたかな? 火急の用があるということで……」
少し待っていると、爺やがやってきた。
初めて会ったときから5年は経っているのに、まったく姿形が変わっていない。
いや、子供に比べれば、大人の変化などそこまでないだろう。
しかし、ここまで全く同じということはあるだろうか?
この世界に写真があれば、5年前の姿を横に並べてみたい。
瓜二つのはずだ。
まあ、そんなことよりも用件を伝えないと……
「第二王女──シャルロット様に会いに来ました」
「……どこでその話を?」
俺の言葉に爺やから不穏な空気が出てくる。
そういえば、シャルロットが公爵家にいることは秘密だったはずだ。
それを俺が知っていることで、その秘密が漏れてしまったと思ったのだろう。
これは俺の失態である。
「陛下から直接聞きました」
「陛下から、ですか?」
「僕に頼みごとがある、ということで先ほど会ってきました。そのことを話すために無礼を承知で来たわけです」
「なるほど……」
俺の話を聞き、爺やは納得する。
嘘をついているとは考えづらいのだろう。
話の流れ的にはなにもおかしくはないのだから……
「どのような頼みごとをされたのか、お聞きしても?」
爺やが少し考えてから、そのような質問をしてきた。
俺の話が作り話だった場合、ここで答えが詰まってしまうはずだ。
それを見越して、このような質問をしたのだろう。
だが、俺はあえて予想外の答えをすることにする。
「それは言えませんね」
「……どうしてでしょうか?」
爺やの雰囲気が一瞬にして変わる。
俺のことを敵とみなしているかのような鋭い視線である。
腰も軽く落とし、右手をすぐに懐に入れることができるようにしている。
おそらく、即座に暗器で俺を攻撃できるようにするためだろう。
こういう時の対処を即座にできるのは流石は公爵家の執事であろう。
初めて会ったときには盗賊に後れを取ってはいたが、あれはあくまでも多勢に無勢──しかもイリアさんを守らないといけない状況だった。
たった一人であれば、無傷ではいかないだろうが、盗賊を全滅させることぐらいは訳なかったはずだ。
まあ、彼がここまで準備をしたとしても、俺が負けることはないだろうが……
とりあえず、しっかりと説明はしておこう。
「一応、陛下からの内密の頼みですから、下手に漏らすことはできません。心配であれば、シャルロット様にその内容を伝えるときに同席していただければいいでしょう」
「……なるほど。そういうことですか」
俺の話を聞き、爺やは殺気を治めた。
流石に俺がこのような嘘をつくとは思っていないのだろう。
ここで陛下の名前をついて嘘をつこうものなら、俺は不敬罪でとらえられることになるだろう。
いくら俺が【化け物】と呼ばれるような人間だからと言って、王家を敵に回すような発言をするとは思わないはずだ。
「では、案内します」
一通りの話が終わり、爺やの案内で俺は公爵家の敷地に入ることになった。
相変わらず、広い屋敷である。
カルヴァドス男爵家の屋敷ですら、前世の俺にとってはかなり大きい部類に入る。
公爵家の場合は軽くその10倍以上の広さであろう、それだけで最初に俺が来た時にどれほど驚いたかは理解できるはずだ。
別にそれぐらいの建物なら前世でも存在していたので、そう考えれば驚くのはおかしいと思うかもしれない。
だが、それを一家庭が持っているのだから、俺の驚きは理解してくれるだろうか?
しかも、俺たちが歩いている廊下の途中においてある調度品など、以前聞いた話では俺の冒険者としての活動の数回分の報酬ぐらいの値段が一つでするらしい。
冒険者のクエストでかなり稼いでいる俺ですら買うことを躊躇する値段ということである。
廊下を歩くのが怖くなってしまったぐらいだ。
流石に何回か歩けば、慣れてしまったが……
そして、歩くこと3分ぐらいだろうか、ようやく目的の部屋についた。
(コンコン)
「イリアお嬢様、よろしいでしょうか?」
爺やがノックをする。
すると、中から声が聞こえてきた。
『あら、爺や。どうしたの?』
「グレイン=カルヴァドス様がお見えになりました。火急の用件がある、ということで……」
『グレイン君がっ!?』
爺やの言葉に扉の向こうでイリアが驚いている空気が感じられた。
アポなしだったために驚かせてしまったのだろうか。
これは失敗だっただろうか……
しかし、少ししてからイリアの声音が変わった。
『もしかして、シャルに関係することじゃないの?』
どうやらすぐに状況を把握したようだ。
相変わらずの才女である。
普通はそう簡単に正解を導き出すことはできないだろう。
「はい、そのようです。陛下から何か頼みごとをされたそうで、それを伝えるためにやってきた、とおっしゃっています」
『なるほど……じゃあ、部屋に入ってもらって』
「かしこまりました」
イリアの指示に爺やが扉を開く。
そして、俺は促されるままに部屋に入った。
相変わらずシンプルな部屋で会った。
部屋の主があまりごてごてしたものが好きではないために、このような部屋になってしまうことがわかる。
だが、部屋の一角に若干ファンシーな場所があった。
あれは浸食されている、ということだろうか?
まあ、そんなことを気にしている時ではないか。
「それで要件を聞こうかしら」
イリアがさっそく聞いてきた。
彼女は椅子に座り、その向かいに座るよう俺に促してきた。
俺はそれに従う。
彼女の横にはシャルロット様が座っていた。
少し不安そうな表情である。
まあ、俺たちの会話を聞いていただろうから、何か問題でも起こったと思っているのだろう。
とりあえず、彼女の不安を拭うために用件を伝える。
「先ほど陛下から頼まれまして、俺たちの留学にシャル嬢を連れて行くように、と」
「え? 留学?」
俺の言葉にシャルロットが驚く。
いきなりの話に驚くのは仕方がないだろう。
今の今まで留学なんて話を聞いたことがなかったからだろう。
いや、彼の兄であるキース王子がしているのだから、その言葉自体は知っていたかもしれない。
だが、自分がその当事者になるとは思っていなかったのだろう。
あと、なぜかイリアの表情が少し固まった。
一体、どうしたのだろうか?
「俺たち、ということはいつものメンバーかしら?」
「そうだよ」
「行き先はどこ?」
「獣王国【ビスト】、魔王国【アビス】、そして公国にでも行こうかと……」
「なるほどね」
俺の説明にイリアが納得する。
この説明だけで、どのような話からこんなことになっているのかを理解したのかもしれない。
相変わらず侮れない。
「表向きは王女として、見聞を広めることが目的かしら?」
「まあ、そうですね」
「真の目的はシャルを安全な場所に逃がすことと不穏分子を燻りだすことかしら?」
「そういうことです」
本当に話が早い。
まだほとんど話していないのに、ここまで理解されているなんて……
「でも、どうしてグレイン君たちまでわざわざ留学するのかしら? いや、たしかに一番安全なのかもしれないけど……」
イリアが首を傾げる。
流石にそこまではわからなかったようだ。
まあ、陛下からの頼みと言ったので、俺たちが留学する事情についてはわからないのは仕方がないか。
「さっき、学長から伝えられたんだよ」
「学長から?」
「【ビスト】と【アビス】に留学したらどうか、と。それぞれのトップから直々の提案らしい」
「すごいわね。一国のトップから直々に提案されるなんて、そうそうない事じゃない? しかも、二国からなんて」
「まあ、カルヴァドス男爵家だからね。下手したらこの国よりそっちのつながりの方が強いね」
「そのために国境に領地があるのよね」
「そんなわけで、俺たちが留学することに決まったんだ。それを聞いた陛下がシャル嬢も連れて行ってくれ、とね」
「……なるほどね」
俺の言葉に再びイリアの言葉が止まる。
本当にどうしたのだろうか?
体調が悪いのだろうか?
いや、見たところそんな様子は見受けられないが……
「といっても、あくまでこれは提案だ。本人の意思を無視して、連れて行くことはできない」
「まあ、そうよね。それで、シャルはどうするの?」
俺の言葉を聞き、イリアがシャルロットに問いかける。
本人の気持ちを聞くためである。
それにシャルロットは迷いなく答えた。
「もちろん、行くわよ」
即決であった。
もう少し考える者だと思っていたのだが、まさかあっさりと答えるとは……
留学のことをわかっていないのだろうか?
「留学ですよ? 国内の短期の旅行じゃないんですよ?」
「そんなこと、わかっているわ」
俺の言葉にシャルロットは少し怒ったように脹れる。
流石に馬鹿にしすぎただろうか?
俺としては、ここまであっさりと決められたことに不安が生じてしまっただけなのだが……
「お父様が私のために考えてくれたことでしょう? それだったら、私がとやかく言うことじゃないわ」
「まあ、そうなんだけど……それでも最低限は本人の意思は尊重しないと……」
「だから、私は行くと言っているわ。元々、他国にも興味はあったしね」
「……そうですか」
シャルロットの言葉に俺はこれ以上何も言うことはできなかった。
本人が乗り気であるのならば、俺がこれ以上何か言うことではない。
ここで否定をしようものなら、彼女の気持ちに水を差すことになってしまう。
ここは変にこじれなくてよかったと思うべきである。
「それでいつ出発なの? 一週間後?」
「いえ、できる限り早く出発したいので、三日後ぐらいが目安かと……」
「三日後? 流石に急すぎない?」
俺の言葉にシャルロットが驚く。
まあ、これは驚くわな。
俺だって、聞かされる側であれば、確実に驚いていただろう。
しかし、俺だって何も考えずにこんなことを言っているわけではない。
「下手に時間をかければ、この話が他の場所にバレる可能性があるんだ。そうすれば、この話を潰されることだってあり得る」
「う……それは……」
俺の言葉にシャルロットが口ごもる。
自分の考えが甘かったことを反省しているのだろう。
まあ、これはわからなくても仕方がない。
普通の人間が普通の状況で考えられることではないのだから……
「最悪、準備は完全でなくとも良い」
「え、いいの?」
「足りない物は途中で調達すればいいんだからな。その国にしかないものなんて、留学には必要にならないだろう」
「あ、なるほど」
俺の説明にシャルロットは納得する。
たしかに留学や旅行で事前に準備をすることは大事である。
しかし、必ずしもすべてを揃える必要はないのだ。
本当に必要なものだけを揃え、途中で入用だと思えば、その場で購入すればいいわけだ。
これも一つの方法である。
「わかったわ。とりあえず、三日後に間に合うように準備はしておくわ」
「できる限りバレないように、な。流石に不用意に動けばバレる可能性もあるし……」
「それぐらいわかっているわ。私だって、ただのお嬢様じゃないのよ?」
「どちらかというと、お姫様、だな」
「むぅ……」
俺の言葉にシャルロットが少し膨れる。
流石にいじりすぎだろうか。
しかし、個々で一つ気づいたことがある。
さっきからこの部屋の主が会話に入ってきていないのだ。
俺は話しかける。
「イリアさん、どうしたんだ?」
「ああ、少し考え事をしていてね」
「何か問題でもあった?」
イリアさんの言葉に俺は聞いてみる。
俺が気付かないだけで、何か問題があったのかもしれない。
そう言うのを指摘してもらえれば、ありがたいのだが……
しかし、返ってきたのは予想外の答えだった。
「私もその留学についていくよ」
「「えっ!?」」
いきなりの宣言に俺もシャルロットも驚きの声を漏らしてしまった。
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