8-1-10 死んだ社畜はツッコミを入れる
学院を出発して十数分後、俺たちは王城の中に入っていた。
そして、王城のとある一室──非公式に国王と話をする部屋の前に到着したのだが……
「こちらで……どうかなさいましたか?」
「大丈夫なんですか?」
首を傾げる男性に俺はそう言わざるを得なかった。
しかし、そんな俺の質問に男性は何を言っているのかわからないようだった。
「何がですか?」
「ここまで来た方法ですよ。明らかに正規の方法じゃないでしょっ!」
俺は思わず大きな声を出してしまった。
実は、この部屋の前に来るまで、明らかに正規ルートではなかった。
門を通らなかったり、塀を越えるのは当たり前──隠し通路や隠し扉など、明らかに王城のトップシークレットな部分を使って、ここまでやってきてしまったのだ。
いくら俺が普通でなくとも、これは流石にまずい事は理解できる。
しかし、そんな俺の質問に男性は平静に答える。
「秘密裏に話さないといけないことですから、誰にもバレないように来る必要がありました」
「いや、それにしても限度があるでしょう? これ、見つかったら怒られるじゃ済まないですよね?」
「陛下からの命令ですから、大丈夫じゃないですか? まあ、陛下も一緒に怒られる可能性はありますが……」
「そんな可能性があるなら、やめて欲しいんですけど……」
男性の言葉に俺は嫌そうな表情を浮かべる。
何が悲しくて、この国の最高権力者と一緒に説教を受けないといけないのだろうか……
しかも、陛下を怒ることができるのは相当な胆力のある人間だ。
そんな人に怒られるなど、考えただけで振るえてしまう。
「まあ、バレることはないですから大丈夫ですよ。犯罪はバレなければ、犯罪じゃないんですよ?」
「それ、明らかに駄目な考え方ですよね?」
男性の言葉に俺はツッコミを入れる。
この人、本当に大丈夫なのか?
いや、大丈夫じゃないからこそ、人に言えないような仕事をしているのかもしれない。
「では、入りましょうか」
「いや、話は終わって……(コンコン)あっ!?」
俺が止める間もなく、男性は扉をノックした。
こんな精神状態で国王に会いたくないんだが……
流石にこの国の最高権力者に会うのだから、落ち着いてからにしてほしい。
俺にだって、そう言う感情があるのに……
「入れ」
扉の向こうから返事が来る。
すると、男性が部屋の中に入った。
「グレイン=カルヴァドス様をお連れしました」
「ああ、よくやった」
男性の後ろから俺も部屋に入る。
そこにいたのは、本物の国王だった。
まあ、呼んだ張本人なのだから、いない方がおかしいのだが……
「では、私はお茶の準備でもしてきますね」
「ああ、頼む」
男性の言葉に国王が頷く。
すると、次の瞬間には男性の姿がその場から消えてしまっていた。
その光景に俺は驚きを隠せない。
目を離していなかったはずなのに、一体どういうことなのだろうか?
「よく来てくれたな」
「え、ええ……」
「どうした?」
俺の様子に国王が首を傾げる。
俺が驚いていることが、そんなに珍しいのだろうか?
「いえ、驚いてしまって……」
「何にだ? ここに来るのは初めてではないだろうに……」
「いや、それで驚いているわけではないですよ」
「む? じゃあ、何に驚いているのだ?」
国王は本当に理解していないようだ。
なので、気になったことを質問する。
「あの人、何者ですか?」
「あの人とは──ジョージのことか?」
「ジョージ? それがあの人の名前ですか?」
国王の言葉に俺は違う意味で驚いてしまう。
なんか普通の名前だったからだ。
いや、人の名前に普通もくそもないので、別に彼がジョージという名前でもおかしいことはないだろう。
しかし、あんな人にそんな普通の名前であることに、違和感しかないのだ。
そんなことを思っている俺に国王はとんでもない事を告げる。
「儂も本名を知らんからな」
「えっ!?」
国王の言葉に俺は思わず驚きの声を漏らしてしまった。
この反応は間違っていないだろう。
「なんで名前も知らないんですか? 陛下に仕えている人なんでしょう?」
「グレイン君は何百人といる冒険者ギルドメンバーの名前を全員言えるのかい?」
「いや、それは無理ですけど……あの人、陛下の近くで働いている人ですよね? それなのに、本名を知らないとか……まずくないですか?」
国王の言いたいことは理解できたが、それとは話が違う。
身近にいる人なのに、名前を知らないことが問題なのだ。
しかし、そんな俺の言葉に国王はあっさりと答える。
「まあ、仕事が仕事だから、本名を言うことができないのだろう。そこからいろいろと情報が漏れる可能性があるからな」
「それって……」
「家族とかを人質に取られる可能性があるかもしれない。それが国の命運と天秤にかけられる状況に陥るかもしれない。そうならないためにも、できる限り情報を隠しているようだ」
「……」
国王の説明に俺は何も言えなくなってしまった。
そんな事情であれば、おかしいと言えないではないか。
「まあ、名前を知らないせいで呼んでも返事がない事があるがな。ジョージという名前も本人には定着していないし……」
「いや、そこはしっかりしましょうよ。本末転倒になっているじゃないですか」
だが、すぐに緊張した空気は崩れてしまった。
そんなことを言われたら、ツッコまざるを得なかったのだ。
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