8-1-8 死んだ社畜は失言に気づく
「私としては行くべきだと思うな」
学長がそんなことを言ってくる。
一体、どういう風の吹きまわしだろうか?
「若いうちに様々な経験を積んでおいた方が良い。年を取ってくると、しがらみなどで自由にできないことが多いからね」
「理屈はわかるけど、まだまだそんなことになるのは早いんじゃ……」
学長の言葉に思わず反論する。
言いたいことは理解できるが、俺たちはまだそこまでの年齢ではない。
成人すらしていないのだから……
しかし、そんな俺の言葉に学長は首を振る。
「甘いなぁ、グレイン君は」
「は?」
学長の言葉に俺の口から低い声が出た。
ものすごくイラっと来た。
煽っているのだろうか?
だが、そんな俺の様子に気も留めず、学長は話を続ける。
「普通の人だったら、学院を卒業してからでも自由に過ごすことはできるだろうね。けど、君たちは普通じゃない」
「本人たちを前にはっきりと言うのか……」
「全員、自覚はあるでしょ?」
「「「「「……」」」」」
反論したいが、誰もできなかった。
否定する材料がないせいだ。
肯定する材料は山ほどあるのに……
その筆頭である俺は数えきれないほど……
「力がある者は自然と縛られるようになるのさ。そうしないと、周囲が不安になるからね」
「不安、ですか?」
学長の説明にシリウスが質問する。
流石に今の内容では理解できなかったのだろう。
そんなシリウスの反応に学長は優しく説明を始める。
俺がそんなことを言えば、馬鹿にすることは確実だろうに……
「例えば、君が住んでいる近くに野放しにされているドラゴンがいたらどう思う?」
「え? それは……怖い?」
「そういうことさ。何の制限もない状態で近くにいるんだ、普通の感性を持つ人なら恐怖を持って当然さ」
「……そのレベルだと、野放しにされていなくても怖い気もしますが?」
学長の説明を理解しつつも、そんなことを言うシリウス。
たしかに、ドラゴンレベルの存在なら、たとえ子飼いにされていたとしても恐怖の対象でしかないだろう。
その飼っている奴と敵対しようものなら、結局は戦わないといけないのだから……
しかし、そんなシリウスの言葉を学長は否定する。
「たしかに、どちらも怖いだろうね。だけど、それならまだ誰かの支配下にある方がマシさ」
「というと?」
「誰かの支配下にあるということは、その誰かに味方をすることで恩恵を受けられることができるのさ。自分がその仲間だということで、外敵への牽制になるだろう」
「それは、たしかに……」
学長の説明にシリウスは頷く。
どうやら理解はできたようだ。
だが、学長の説明はまだ続く。
「普通の人たちにとって、君たちはドラゴンのようなものだ。敵対をすれば、ほとんど負けが確定するほどの、ね」
「流石にそこまでとは思いませんけど……」
「まあ、君たちより強い存在はいるから、そう思うのは仕方がない。しかし、それはあくまでも当人だから言えることだ。君たちのことを知らない他人からすれば、どれほど強いかもわからない」
「だから、怖い?」
「そういうことだね」
シリウスの言葉に学長は頷く。
たしかにその通りである。
人は自分にとって理解できないものに恐怖を感じる。
心霊現象だって、自分達にとって想像もつかないことが起こっているからこそ恐怖を感じるのだ。
この例が正しいかどうかはわからないが……
「でも、それだったら学院を卒業する前後では変わらないと思いますが……」
「いや、大分違うな」
「そうなんですか?」
「少なくとも、在学している間は私の支配下にいることになる。君たちが何らかの問題を起こせば、私が罰を与えることができるからね。でも、卒業をすれば、その支配から解き放たれることになるわけだ」
「なるほど……そうなると、自由に動けなくなるわけですね」
「そういうこと」
学長の説明にシリウスは納得する。
学長の支配下にいるという表現は嫌だが、言っていることは間違っていない。
そのおかげで俺たちはある程度の自由を許されているのだ。
ちなみに問題を起こせば、その責任は学長が負うことになる。
そんなことをするつもりは毛頭ないが……
「君たちが学院を卒業してから留学をするとなると、権力を持つ者たちが反対してくるだろうな」
「僕たちの留学に全く関係ない人たちが、ですか?」
「君たちの力はそれほどのものなのさ。他国に行くだけで、寝返ったと勘繰りされるほどにはね」
「そんなことをする気はまったくないのですけど……」
「少しでも可能性があるのならば、心配になってくるのさ。権力者というやつはね」
「難儀な生き物ですね」
学長の言葉にシリウスが何とも言えない反応をする。
本当にその通りである。
どれだけ生きようとも、権力者のことは理解ができない。
それは俺の精神がいまだに庶民だからだろうか?
どれだけこの世界で異常な存在になろうとも、未だに前世の基準で考えたりもするし……
「まあ、私としては君たちのためにも賛成するよ。「可愛い子には旅をさせよ」とも言うしね」
「……」
「ど、どうしたんだい?」
学長の言葉にシリウスが突然黙り込む。
いきなりの反応に学長が慌てる。
何が起こったのか気付いた俺は説明をする。
「今のは学長が悪いな」
「え? なんで?」
「シリウス兄さんは「可愛い」と言われるのがつらいんだよ。そのせいでいろいろとトラウマもあるし」
「あ……」
俺の言葉に学長は自分の失言に気づいたようだ。
そういう意図はなかったが、自分のせいでシリウスを傷つけてしまった。
だからこそ、申し訳ない気持ちになってしまったのだろう。
先ほどまでとは打って変わって、しんとした空気になってしまった。
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