8-1-7 死んだ社畜は用件を聞く
「やあ、頑張っているみたいだね」
そんなことを言いながら笑顔で入ってくる男がいた。
学長である。
「ちっ」
「いきなり舌打ちは酷くないか? 流石に私でも傷つくぞ?」
俺が舌打ちをすると、ちっとも傷ついていない表情で学長がそんなことを言う。
こういう態度がむかつくのだ。
何事もないかのように平然ととんでもないことをこなす……
「いつの間に来た?」
「もちろん、つい先ほどさ」
「具体的には?」
「そうだね……とりあえず、近接戦闘の二人は死角からの攻撃に加え、複数同時攻撃をすればいいんじゃないかな? そして、魔法系の二人はすべてを覆うのではなく、網のように張り巡らせれば消耗は減ると思うな」
「……ほぼ最初からか」
学長の言葉に俺は理解した。
俺たちが戦い始めたときからいたようだ。
まったく気づかなかった。
もうかれこれ四年近く鍛えられているのに、未だに気づくことができない。
一体、どれほどの実力差があるのだろうか……
「それで要件は?」
差を見せつけられて悔しいので、俺は話を変えることにした。
学長がここに来ることは珍しい。
俺たちに色々と指導はするが、それ以外の自主訓練は極力見ないようにしている。
実戦で初めて見る感動を失いたくないから、だとか……
実戦で戦うことなどあるのだろうか、そんな疑問を感じてしまう。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
とりあえず、学長の用件の方が気になる。
「ああ、君たちに提案があってね」
「提案?」
学長の言葉に俺は首を傾げる。
なぜ提案なのだろうか?
入学してから俺が冒険者登録するまで、クエストという名の頼み事は受けていた。
それ以降もいろいろと頼み事は受けていた。
だからこそ、提案という形に違和感がある。
一体、何を考えているのか……
「そんなに警戒しなくても……」
「あんたからの提案なんて、警戒するしかないだろ? クエストだって、一筋縄でいかないものばっかりだったんだから」
「あれは課題も兼ねているからね。むしろ、一筋縄でいくようなことなら、やる意味がないだろう?」
「それは確かにそうだが……」
学長の言葉に俺は納得するしかなかった。
たしかに、学長から与えられるクエストは俺を成長させるためのものだ。
簡単だったら意味はないな。
「とりあえず、これは私からの提案ではない」
「学長からじゃない? じゃあ、一体だれが?」
「アレンくんからだよ」
「父さんから?」
学長の言葉に俺は驚いてしまう。
予想外の名前が出てきたからである。
俺はシリウスとアリスの方に視線を向けるが、二人とも首を振る。
どうやら二人も知らなかったようだ。
「ちなみに、リオンくんとルシフェルくんからの提案らしい」
「「え?」」
新たに出てきた二人の名前にその娘であるティリスとレヴィアも驚く。
二人にも話は通っていないみたいだ。
なぜ子供たちに対する提案を直接本人ではなく、学長に伝えるのだろうか?
まったく意味が分からない。
だが、内容は聞いておいた方が良いだろう。
「それで、どんな提案ですか?」
「ああ、それは留学だね」
「「「「「留学?」」」」」
学長の言葉に俺たちは呆けた声を出してしまった。
まったく予想していなかった内容だったからである。
一体、どうしてそんな提案が出てきたのか……
「どうしてそんなことを?」
「アレン君曰く、様々な環境で多くの経験を積ませるべき、という話だね。アレン君たちも現役冒険者時代はいろんなところに行っていたから、その経験からの提案みたいだね」
「なるほど……でも、どうしてこの時期に?」
学長の説明に俺は提案の意図は理解できた。
しかし、まだ疑問が残っている。
「それは私にもわからないな」
「何か書いていなかったんですか?」
「それについては何も……留学の提案についてだけだったな」
「……」
学長の話を聞き、俺は少し考える。
そして、導き出した結論は……
「ただの思いつきか?」
「いや、流石にそれは……」
俺の言葉にシリウスがツッコミを入れる。
流石にアレン達がそこまで何も考えていないと思っているのだろう。
だが、俺からすれば、アレンとリオンほどあまり考えていない人間はいないと思うぞ?
まあ、その血を引くアリスとティリスも同様かもしれないが……
ブックマーク・評価・レビュー等は作者のやる気につながるので、是非お願いします。
勝手にランキングの方もよろしくお願いします。




