8-1-3 死んだ社畜は理屈を伝える
「風の流れ、ってどういうこと?」
アリスが俺に質問をしてくる。
気になって当然である。
もしかすると、自分の新たな力として使える可能性があるからだ。
まあ、アリスには難しいだろうが……
「理屈は難しいだろうから、簡単な説明でいいかな?」
「ええ、もちろんよ」
俺の言葉にアリスが頷く。
ティリスも同様だった。
この二人は自分のことをしっかりと理解しており、難しい事はわからないと思っている──いや、諦めていると言った方が正しいかな?
まあ、わからないことをわかっていると勘違いするよりはマシか。
とりあえず、説明をすることにする。
「例えば、剣を振るう時、拳を放つ時──直接ぶつからずとも、衝撃が来ることがあるだろう?」
「ええ、そうね」
「それがどうしたの?」
「これは攻撃を放った時、その衝撃が周囲の空気に伝播しているのが原因──だと思っている」
「「ん?」」
俺の説明に二人は首を傾げる。
流石に空気云々は難しかったか?
まあ、空気の流れとか言っても、理解できないか……
もっと簡単な説明にしないとな。
「とりあえず、攻撃をしたときに何らかの衝撃が当たっていない部分にも伝わる──それは理解できるな?」
「うん、そこは何とか……」
「アタシたちの身近なことだしね」
どうやらこの説明で二人は理解できたようだ。
難しい言葉を使わず、身近な物事と紐づけすれば理解できるのだろう。
いや、それはもともとわかっていることか……
だが、実際にそれをやろうとすると、なかなか難しい。
難しい言葉を使わないことはかみ砕けばなんとかできるが、紐づけは意外とできない者である。
まったく違う物事なら、共通項を見つけることが難しいからである。
まあ、今回は何とか見つけることができたけど……
「当然、その衝撃は目に見えないよな?」
「ええ、そうね」
「時折、何も見えないところで衝撃が来て、驚くことがあるわ」
「気づかないか?」
「「何が?」」
「【風属性】の魔法との共通点に、さ」
「「共通点?」」
二人は首を傾げる。
まだ難しかったか?
まあ、まったく使っていないことを理屈で理解するのは簡単ではないだろう。
説明をしないといけないな。
「どちらも見えない衝撃、ってことだ」
「「あ」」
俺の言葉に二人が驚いたような表情を浮かべる。
どうやら気付いたようだ。
それならば、説明をするのは難しい事ではないだろう。
「どちらも見えない衝撃──つまり、目で見て回避することは難しいんだ」
「それは、たしかに……なら、どうやって回避しているの?」
俺の言葉に納得し、アリスが質問してくる。
見えない攻撃を回避──これほどの技術なら、知りたいと思うのが当然だろう。
それがバトルジャンキーのアリスなら尚更である。
「要はその衝撃も【風属性】も空気に流れているもの、だということだ」
「うん」
「そして、俺はその片方である【風属性】の魔法を使うことができる。目で見ることができなくとも、感覚的にどんな動きをするのかを感じることができる」
「なるほど」
「つまり、それを応用して、見えない攻撃を感じることができる、というわけだ」
「……なんとなくは理解できたかな。でも、それがどうして私には無理なの?」
俺の説明に納得しつつも、自分には無理だと言うことには納得できていないようだ。
話を聞いた限り、自分にもできると思ったのかもしれない。
俺ができているのであれば、彼女にもできると思っているのだろう。
そう考えるのはわかる。
これが普通の近接戦闘によるものであれば、その理屈が通る。
だが、これは俺にあって、アリスにないもの──【風属性】が大事になってくることなのだ。
「俺には【風属性】の魔法があるからこそ、身に付けることができた。それがないアリス姉さんは難しいと思うわけだ」
「……」
「まあ、あくまで難しいだけだから、身に付けることができないわけじゃない。けど、そんなできるかわからないことに時間を割くぐらいなら、他のことをできるように訓練した方が良いわけだ」
「……わかったわ。それなら仕方がないわね」
俺の説明にアリスは納得する。
どことなく悔しそうな表情を浮かべているので、完全に受け入れているわけではないだろう。
だが、難しい事を意地でやろうとするつもりもないようだ。
それでいい。
成長をするのなら、苦手なことをできるようにし、得意なことのレベルを高めればいいのだ。
苦手なことの高等技術を学ぶ必要はない。
「でも、さっきの言い方だと、ティリスは可能性が高いみたいね?」
「そうだな。少なくとも、姉さんよりは可能性があるはずだ」
「なんで? ティリスは【風属性】どころか、魔法も使えないでしょ?」
アリスが驚く。
自分ができないのに、ティリスができるということが気に入らないようだ。
だが、これは別におかしなことではない。
「ティリスは獣人だからね」
「それがなに?」
「獣人は人間に獣の特性が加わった種族だ。人間に比べて魔力が減少もしくは無くなるが、その分だけ身体能力と感覚能力が向上しているわけだ」
「それって……」
ここでアリスが気付いたようだ。
自分に無くて、ティリスにあるものを……
「ティリスなら、普通の人間に感じることのできない空気の流れを感じることができる可能性があるわけだ。といっても、ある程度の訓練が必要だけどな」
「……なるほど。それなら仕方がないわね」
ようやくアリスは納得した。
自分に無い部分でできるのであれば、どうすることもできないと思ったのだろう。
アリスが納得したと言うことで、俺はティリスに話しかける。
「それでティリスはこの技術を覚えるか?」
「いや、アタシは良いわ」
「ほう、どうして?」
ティリスはあっさりと断った。
予想外だったので、俺は少し驚いた。
「確かにできるようになれば便利かもしれないけど、私の戦い方には必要ないわ」
「必要ないか?」
「ええ。私が戦うのは基本的に近接戦闘──遠くからそんな攻撃をされたらわかりづらいかもしれないけど、近接している相手ならその動きで大体の位置が分かるでしょ?」
「む? なるほど」
ティリスの説明に納得する。
たしかに彼女の言い分であれば、必要はないのかもしれない。
これは良い事を聞いたかもしれない。
この方法であれば、アリスも身に付けることができそうだ。
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