8-1-2 死んだ社畜は姉と婚約者を褒める
「ああ、また負けた」
「今度は勝てると思ったのに……」
試合から数分後、アリスとティリスが悔し気に叫ぶ。
先ほど、二人がかりで俺に負けたのはこの二人である。
「だいぶ良くなっていると思うよ。少なくとも、今回は危うく負けるかと思ったかな」
悔しそうな二人を慰めるように俺は褒めた。
もちろん、これは本心である。
「あんなにあっさり勝っておいて?」
「気休めの慰めはいらないわ」
「いや、そんなつもりはないんだけど……」
しかし、二人はそれを信じない。
流石に負けすぎたようだ。
二人を相手に試合をするようになったのは二年前──オロス老との戦いの後である。
あの戦いで俺は不覚にも意識を失ってしまった。
そんなことがあったため、俺はこの二人に試合をしてもらうように頼んだのだ。
戦闘において不覚を取らないように、ありとあらゆる手段で攻撃してもらうためである。
この二人の戦闘センスはかなりのものである。
父親の才能を色濃く受け継いでいるのだろう。
失敗した方法を次には使わず、まったく別の方法で攻撃してくる。
かと思えば、その途中に失敗したはずの方法で不意をついてくる。
だからこそ、俺の成長のために良い訓練相手だったわけだ。
二人も俺と戦いたいと思っていたようだし、ちょうどよかったわけだ。
「現にまだ首が痛いんだよ。流石に全力の突きを歯だけで止めたら、その衝撃が首に来たよ」
「本当に?」
「もちろん。あの状況ではそうせざるを得なかったとはいえ、少し不用意だったよ。まあ、直撃するよりはましだったけど……」
俺は苦笑しながら告げる。
目の前から近づいてくる剣先を見て、咄嗟に取れる行動など限られてくるはずだ。
その一つである回避行動がとれなかったので、受け止めることが必然となってくるわけだ。
訓練用に木剣とはいえ、アリスの膂力で放たれる一撃は相当重い。
今は笑っているのだが、結構我慢していたりする。
むち打ちになったりしないよな?
「それよりなんで死角からの攻撃を止められたの? あれにはびっくりしたんだけど……」
俺がアリスを褒めていると、ティリスが話しかけてくる。
彼女は右手首を擦っていた。
おそらく、俺が掴んだまま投げ飛ばしたせいだろう。
試合とはいえ、少し悪い事をした気になってしまう。
「おそらく、かなり離れた位置から跳躍してきたんだろう?」
「そうよ。しかも、地面からじゃなくて、壁から跳躍したんだから」
「……それはすごいな」
ティリスの言葉に素直に驚く。
たしかに、途中で足音が聞こえなくなったのはおかしいと思ったんだ。
アリスに意識を集中したせいかと思ったが、どうやらティリスの努力の賜物だったようだ。
というか、この空間の壁からって、どれほどの距離を跳躍したのだろうか?
正確な距離はわからないが、この円形の空間は半径だけで30m近くあるはずだ。
中心から少しずれていたとはいえ、20mぐらいは飛んでいるはずだ。
【身体強化】をした俺でもその距離は流石に飛ぶことはできない。
魔法を使えば、いくらでも飛べるのだが……
「でも、あっさりとやられたわ。絶対に気づかれないと思ったのに……」
「まあ、音を消すのは良かったな。普通に強い相手だったら、対処はできなかったんじゃないのか?」
「グレインは普通じゃないでしょ? というか、本当にどうやったの?」
ティリスからそんなことを言われた。
わかり切っていることとはいえ、身内にそんなことを言われるのは結構来るものがある。
その辺の人であれば普通の能力であるため、俺が異常であるように見えるだろう。
しかし、ティリスも普通ではないほどの力を持っている。
そんな彼女に「普通ではない」と言われるのだから、よりその異常さが際立ってしまうわけだ。
まあ、気にしても仕方がない事だが……
とりあえず、今は種明かしをしよう。
「風を感じたんだ」
「風?」
俺の言葉にティリスが聞き返す。
その表情は「何を言っているんだ?」という気持ちがありありと浮かんでいた。
まったくその気持ちを隠そうとしていない、ある意味すがすがしい。
まあ、たしかにこれだけなら仕方がない事かもしれない。
俺は詳しく説明する。
「俺が【風属性】の魔法が使えるのは知っているよな?」
「ええ、もちろん。数多くの魔法の一つでしょ?」
「そうだ。そして、俺は日頃から魔法が何かに使えないか、と試行錯誤をしているわけだが……」
「そういう行動がグレインが異常たる所以だよね?」
「うるさい」
馬鹿にしたような言葉に俺は怒る。
異常であることは認めるが、その詳しい内容を言われたくない。
今後、異常であることを気にして、やりにくくなるし……
「それでどうしたの?」
「とりあえず、【風属性】を使っている最中に気づいたことがあったんだ。それを今回、使ってみたわけだ」
「何に気づいたの?」
「風の流れで相手の動きがわかるようになったのさ」
「「は?」」
俺の言葉にティリスだけでなく、アリスも驚きの声を漏らした。
まあ、【風属性】から縁遠い二人はわからなくても仕方がない事だろう。
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