8-1-1 死んだ社畜は圧倒する
「……」
俺は黙って立っていた。
普通の人が見れば、両手を下ろし、何の準備もしていないように思うだろう。
これが戦っている人間だとは、想像もできないだろう。
((ダッ))
少し離れたところから地面を蹴る音が聞こえた。
そして、二つの足音が一気にこちらに近づいてきており……
「はあっ!」
その一つの足音が俺の左側から攻撃を仕掛けてくる。
斜め下から振り上げるような一撃だった。
(ガンッ)
だが、俺はそれを左腕で防ぐ。
相手は片手剣を使っていたが、俺の手甲であれば防ぐことはできる。
流石にまだ金属を斬ることができるほど、相手は成長していない。
だが、受け止められることはわかっていたのだろう、相手は次の行動に移る。
(パッ)
「む?」
なんと持っていた片手剣から手を離したのだ。
その行動に俺は思わず怪訝そうな表情を浮かべてしまう。
戦場では、状況によって武器を手放すことも作戦の一つとなろう。
だが、こんな相手と接近している状況でそんなことをするのは愚策と言わざるを得ない。
相手が強者であれば、その隙を逃すはずがないからだ。
しかし、相手が何も考えずにこんなことをするはずがない。
おそらく狙いは……
(ガシッ)
「「なっ!?」」
二人とも驚愕の声を漏らす。
なぜなら、俺が見向きもせずに右後ろから来た相手の手首をつかみ、攻撃を防いだからだ。
もちろん、完全な死角だった。
片方が囮、もう片方が死角から攻撃をするという作戦だったのだろう。
囮役が突拍子もない行動をとることで俺の動きを止めることも作戦の一つだったわけだ。
たしかに、虚を突かれた俺は動きを止めてしまった。
だが、それでも相手が来る方向が分かれば、対処のしようはある。
(ぐいっ)
「ふんっ」
「きゃあっ」
俺は掴んでいる右手を思いっきり前に振る。
近くの足音を消すためなのだろう、遠くから跳躍したせいで地面に足をついていない相手はなす術もなく宙を舞う。
そのままもう一人とぶつかりそうに──
「甘いわ」
「っ!?」
──なったが、もう一人はすでに次の行動に移っていた。
先ほど手放したばかりの剣を持っており、投げ飛ばされた相方の下をくぐって俺に攻撃を仕掛けてきた。
しかも、先ほどの振り上げとは違い、今度は突き──点での攻撃のため、防御が間に合わない。
回避行動をとろうにも、相手を投げ飛ばしている最中のため、それも難しい。
もしかして、これも作戦なのだろうか?
ならば、素直に褒めるべきだろう。
完全にやられた──以前までの俺ならば……
(ガッ)
「そんな……」
目の前の光景に相手は落胆の声を漏らす。
完全に決まったと思った一撃、それは不発だったからだ。
「はんへんはっはは」
渾身の突きは歯で止められていた。
俺は相手の武器を加えた状態でニヤリと笑った。
いい勝負だった、という気持ちを込めて……
(ドンッ)
「きゃっ」
左手で相手を突き飛ばす。
不意を打つために無理な体勢から攻撃したせいか、相手はバランスを崩した。
(ドスッ)
「うっ」
倒れた先はもう一人の上だった。
攻撃をされた瞬間、すでに背中から落としていたのだ。
どうにか呼吸を整えて逃げようとしていたが、俺に手首を掴まれていたせいで逃げることができなかった。
その上にもう一人が落ちてきたわけだ。
「はい、これで終わりだ」
俺は脚から地面に魔力を流す。
砂が持ち上がり、合わさった二人を拘束した。
全身を拘束しているわけではないが、両手足と重なった部分は完全に拘束されていた。
もちろん、俺の魔力が流れている拘束である。
全力が出せる状態ならまだしも、このように力を込めることすら難しい状況ではそれも難しい。
二人は悔し気な表情を浮かべる。
「さて、どうする?」
「「降参よ」」
俺が問いかけると、相手は悔しそうに答えた。
これで試合終了だ。
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