3-16 小さな転生貴族は犬耳メイドを見捨てない
※3月6日に更新しました。
「リュコっ!」
「っ!?」
大声で呼びかけると、リュコは体をビクッと震わせる。
振り向いた彼女の目には涙が浮かんでいた。
俺はそんな彼女に優しく話しかける。
「リュコ、屋敷に戻ろう」
「無理ですよ」
「無理じゃないよ」
「無理ですっ!」
俺の提案を彼女は一向に受け入れてくれない。
今の精神状態ならば、仕方のない事なのかもしれない。
だからといって俺も諦めるわけにはいかない。
「それはリュコが【忌み子】だからなのか?」
「っ!?」
俺の言葉にリュコが体を震わせる。
【忌み子】──それは彼女の生まれに関係する、呪いの言葉である。
【忌み子】とは、他種族同士の間に生まれた──いわば、ハーフのような存在のことだ。
親からそれぞれの種族の特性を受け継ぎ、従来の種族ではできなかったようなことができるため、かなり強力な存在である。
だからこそ、かつては迫害されていた。
時の権力者たちが自身の権威を脅かしかねない強力な存在を許すことができず、迫害するための法整備を行ったりしたのだ。
【忌み子】を根絶やしにするために虐殺が行われたこともあった。
たった100人程度の【忌み子】を相手に──しかも、半数以上はまだ年端もいかない子供だったのにもかかわらず、数万人単位の軍隊を動かしたらしい。
それほどまでに権力者は【忌み子】の存在を恐れていたのだ。
しかも、その軍隊の約半数はその虐殺で殉職したらしい。
それだけで【忌み子】がどれほど強力な存在であるかは理解できるだろう。
彼女はそういう存在であり、先ほどルシフェルにそれを指摘されたため、あの場から逃げ出したのだ。
獣人族の膂力で逃げ出されたため、追いかけるのに苦労した。
俺は人族な上、まだ子供なのだ。
いくら身体強化の魔法が使えるとはいえ、見失わないだけで精一杯だった。
「私は【忌み子】のようです。いえ、前々からそうなのではないか、と薄々思っていたんです。なんせ私には普通の獣人にはない魔力がありますから。しかも、異常なほどの……」
「……たしかにそうだな」
彼女が自分のことを【忌み子】だと思った理由はわかる。
それを指摘したのは俺だからだ。
魔力を持っているから魔法を使えると教えたとき、彼女はとても嬉しそうな表情をしていた。
獣人族の自分が魔法を使えることを嬉しいと思ったのだろう。
だが、時が経つごとに自分が【忌み子】である可能性に気付き、徐々にそれが確信に近づいていったのだろう。
確信に近づくにつれ、魔法を使うことをためらうようになっていた。
彼女の異変に気付かなったことで今さらながら自分の情けなさに気付いてしまう。
「捨て子だった私を拾ってくださった旦那様には感謝しています。正体もわからない私に大事なご子息であるグレイン様を任せて頂いたこともとても嬉しかったです。信頼してくれているのだと感じました」
「まあ、父さんだからね」
彼女が何者だろうと関係ない、困っている人がいれば助けるというのがアレンの良い所である。
「ですが、私が【忌み子】であるのならば、話は違います。私はどの種族からも爪弾きにされる存在──身近にいるだけで疎まれるような存在なんです」
「そんなことは……」
「あるはずです。現に魔王様は私を見て、驚いていたじゃないですか」
「あれはそういう意味じゃ……」
自分を卑下するリュコの言葉を俺は否定する。
たしかにルシフェルは【忌み子】である彼女がいることに驚いた。
だからといって、迫害しようとかそういう意思を持っていたわけじゃない。
「あれは単純に【忌み子】であるリュコがいることに驚いただけだよ」
「そんなことあるはずがないです。私は存在自体が疎まれているんですよっ!」
俺の言葉に聞く耳を持てないのか、彼女は叫ぶ。
会話するごとにどんどん彼女との心の距離が離れているように感じる。
このままでは彼女を落ち着かせるどころか、心の距離が二度と元に戻らないぐらい離れてしまうだろう。
その前に何とかしないと……俺はそう考え、風魔法を使って一気に彼女との距離を詰める。
「少し落ち着けっ!」
(ガバッ)
「へっ!? ひゃあああああああああああっ!?」
いきなりのことで彼女は一瞬呆けた声を出したが、すぐに俺が抱きしめていることに気が付き悲鳴を上げる。
女性に抱きつくのはセクハラと訴えられてもおかしくはないが、これは緊急事態なので容認してほしい。
この状態で彼女を説得することにしよう。
「うちの領地が【忌み子】だからといって外に追い出すような狭量な場所だと思うか?」
「えっ!?」
俺の言葉に彼女は正気を取り戻したようで、目から鱗とばかりに驚いた表情を浮かべる。
これで話を聞いてもらえるだろう。
リュコをゆっくりと離し、真正面から向き合う。
離れたからといって、顔と顔が十センチほどの距離しかない。
彼女の顔が赤い事もわかるぐらい近い。
おそらく俺の顔も赤くなっていることも彼女にバレているかもしれない。
だが、そんなことを今は気にしている時ではない。
「うちの領地はあのアレン=カルヴァドスが治めている、他種族にとって住みやすい領地だよ? いろんな種族の奴がうじゃうじゃいるような領地だ」
「そ、それはそうですけど……」
「リュコが【忌み子】だからという理由で追い出すことはない。むしろ積極的に受け入れるはずだ」
「そんなはずは……」
彼女はまだ否定している。
だが、先ほどのように強く否定しているわけではなく、もしかしたら俺の言っていることが正しいとも感じているようだ。
これならば、あと一押しである。
「ドライとマティニなんて見てみろ。あいつらなんか、人族のローゼスさん相手に完全に恋しているんだよ?」
「たしかにそうですが……それが一体?」
「もしローゼスさんが万が一どちらかの恋心を受け入れてみろ……その先にあるのは結婚だ。そして、結婚したら必然的に子供が生まれるだろう」
「なっ!? グレイン様っ、どこでそんなことを覚えたんですかっ!?」
俺の説明に彼女が怒りだす。
なんか先ほどと違う理由で怒っているが、今は彼女の説得の方が優先だ。
「僕が言いたいことはそういうことじゃない。その間に生まれる子供はハーフ──つまり、【忌み子】というわけだ」
「っ!?」
俺の言っていることに気付いたリュコが驚愕の表情を浮かべる。
よし、もう少しだ。
「【忌み子】だからという理由でその子供を追い出すのか? そんなことをしたら、この領地の理念を踏みにじってしまう」
「そ、それは……」
俺の言葉にリュコは言葉を失う。
これでもう彼女は反論できない。
あとは彼女が今後も安心して過ごせるように、伝えることだけ伝えておこう。
「僕はリュコが【忌み子】だろうと関係ない。たとえ他の人がリュコのことを悪く言ったとしても、僕だけは絶対に味方のままだ」
「っ!?」
「だから、ずっと僕の傍にいろ。死ぬまで僕のもとから去ることは許さない」
「は、はい……ありがとうございますっ!」
俺の言葉を聞いて、彼女は再び目に涙を浮かべて僕に抱きついてくる。
彼女は決して悲しくて泣いているわけではないようだ。
彼女にとって一番身近な人間──つまり、僕が彼女のことを絶対に見捨てないといったのだ。
彼女のトラウマを完全に取り除けたわけではないだろうが、これで一安心だろう。
まったく、泣いている女の子を説得するのは疲れるな。
俺は泣いている彼女の頭を撫でながら、そんなことを考えていた。
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