閑話９－１５　助けられた少女は高校生になった

「どれだけ活躍しようとも、流石に暴力事件はまずいからな。たとえ、被害者側だったとしても……」

「それはそうだけど……脅した、ってなにしたの？」

　高田くんに私は質問をする。

　言わんとしていることは理解できるのだが、その解決方法が物騒すぎる。

　というか、脅している時点で被害者と呼ぶことはできるのだろうか？

　まあ、襲われているのだから、被害者であることに間違いはないのかもしれないが……

「別に大したことは言ってねえよ。喧嘩したことを黙ってほしい、ただそれだけさ」

「それだけ？　そんなので大人しくしてくれるの？」

「現に大人しくしてくれてるんだぜ」

「えぇ……」

　高田くんの言葉に私は何とも言えない気持ちになる。

　彼が今も野球を続けられているということは、彼の言う通りなのだろう。

　しかし、たったそれだけで妬みを持つ人間が止まるのだろうか？

　他にも何かしていると思うのだが……そんなことを考えていると、吉田さんが質問をする。

「それで、何人を相手したの？」

「え？」

　質問の意図が分からず、私は呆けた声を出してしまった。

　彼女は一体、何を聞きたいのだろうか？

　それがわからず、戸惑ってしまった。

「せいぜい１０人ぐらいだったな」

「は？」

　こともなげに答えた高田くんの言葉に私はさらに呆けた声を出してしまった。

　といっても、こちらは信じられないと言った気持ちが強いけど……

　質問も質問だが、彼も何を言っているのだろうか？

「流石に嘘よね？　たった一人で不良を１０人相手するなんて……しかも、喧嘩もしちゃいけない野球部員が……」

「事実だけど？」

「……」

　冗談と信じたかったのに、高田くんの言葉に黙るしかなかった。

　言っていることは到底信じられない。

　だが、彼の真剣な表情がそれを真実だと伝えてきた。

　黙る私を置いて、吉田さんが会話を続ける。

「不良が１０人がかりで襲い掛かって、返り討ちにあった。それだけでかなり恥ずかしいわね。しかも、相手は喧嘩慣れとかしてなさそうな野球部員──私が同じ立場だったら、墓まで隠しておきたい秘密ね」

「実際、そうだったみたいだな。勝てると思っていたのに、あっさりと返り討ちにあった──その事実のおかげで簡単にこっちの要求を飲ませることができたよ」

「喧嘩をしたことをネタに脅されたりしなかったの？」

　二人の会話を聞き、純粋な疑問を投げかける。

　高田くんの言っていることがおかしすぎるので言えなかったが、そもそも高田くんが脅す側なのがおかしい気がする。

　喧嘩をしたことがより問題になるのは高田くんのはずだ。

　たとえ、返り討ちにしたとしても、実害を被るのは高田くん側だと思うんだけど……

「まあ、俺のことを本気で恨んでいるんだったら、自爆覚悟でそれをする可能性もあったんだろうがな」

「え？」

「返り討ちにあった後、自分のしたことが情けないと思ったんだろうよ。そこからさらに恥の上塗りをするようなことはしたくなかったみたいだ」

「恥の上塗り？」

「俺が喧嘩をしたという情報を流すにしろ、さらに強い戦力で俺に仕返しするにしろ、自分達が負けたという情報を流すことになる。それは不良として、かなり評価を下げることになっちまうんだよ」

「だから、自爆覚悟ってことね」

　高田くんの説明で状況が理解できた。

　不良の世界がどのような評価基準で成り立っているのかはわからない。

　だが、喧嘩が強い事もその指標のはずだ。

　それなのに、高田くんに負けてしまった。

　そんな情報が流れようものなら、その人たちの評価はがた落ちだろう。

「とりあえず、俺はこの件でそいつらに貸しができたわけだ」

「貸し？」

「集団で襲い掛かったうえに、返り討ちにあった──その事実と黙っている件について、だな」

「ああ、なるほど」

　たしかにそれは大きな貸しかもしれない。

　いくら黙っていようと、それは本人同士には関係ない。

　むしろ、黙っていることでさらに貸しができるぐらいだ。

「まあ、特に何かしたいこともなかったから、俺はそいつらに情報を貰ったわけだ」

「情報？」

　一体、何の情報だろうか？

　野球部の高田くんが欲しい情報を不良が持っているのだろうか？

　全く想像がつかないのだけど……

「その時みたいにまた不良に妬み恨みで襲い掛かられるかもしれない。だからこそ、そういうのを事前に防ぐために可能性がありそうな情報を集めたかったんだよ」

「できる限り、避けるためにってこと？」

「ああ、そういうことだ」

「なるほど……考えたわね」

「そのおかげで、中学時代の襲撃はたった２回で済んだぞ」

「それでも２回は襲撃されているのね……」

　高田くんは笑顔でサムズアップしているが、襲撃はされているんだな。

　まあ、それでも減ったのかもしれない。

　本来はもっと多く襲撃されていたのかもしれないからね。