3-12 小さな転生貴族は最強が誰かを知る
※3月2日に更新しました。
「おいおい、すげえじゃねえか、坊主」
「(バシッ)痛っ!?」
いきなり背中を叩かれ、小さく悲鳴を漏らす。
咄嗟なうえに背後からの衝撃だったので、まったく防御することができなかった。
それ以外にも叩いたのが身体能力という点では世界最強と言ってもいい【獣王】であることも原因の一つだろう……
目尻に涙を浮かべ、俺は彼に視線を向ける。
そこにはまるでおもちゃを手に入れた子供のような表情をしたリオンさんがいた。
もしかすると、俺は彼のとんでもないスイッチを押してしまったのかもしれない。
「ティリスをあそこまで完封するなんざ、うちの連中でもできるやつはそういないぞ?」
「いえいえ。こちらも事前にいろいろと準備をして、有利になるよう事を運びましたから」
純粋な褒め言葉に俺は否定する。
真っ正面から叩けば、勝つのはティリスのはずだ。
だからこそ、俺は彼女を怒らせ、攻撃が単調になるように仕向けたのだ
「ティリスの攻撃をどうして避けられた? あいつの攻撃はかなり速いはずだが、身体強化でも使ったのか?」
「いえ、彼は最初に足をかけたとき以外は魔法を使ってないですね」
ここで新たな人物が会話に入ってくる。
ルシフェルさんだ。
「そうなのか、ルシフェル?」
「ええ、それは魔王である私が保証します。彼は最初に不意打ちで君の娘さんを転ばせたとき以外、魔力すら動かしていませんでした。しかも、魔法も【無詠唱】でしたね」
どうやら彼には今の戦闘を魔術の観点からはいろいろと見られていたみたいだ。
まさか【無詠唱】であることもバレるとは思わなかった。
できるだけ魔力を使わずにばれないようにしていたのに……
まあ、獣人であるティリスがつまずいて転ぶというのも変な話なので、俺が何かしたと思われても仕方のない事なのかもしれない。
「純粋な身体能力で勝ったのか? 獣人相手に只の人間がそんなことできるはずが……」
「あのアレン=カルヴァドスの息子であるならば、それぐらいできるのではないですか?」
「……たしかにそうかもしれないな。あいつの息子ならば、それぐらいはできて当然か?」
「でしょう?」
二人の間で結論が出たようだ。
いや、別に構わないのだが、どうしてアレンの息子だからという理由で獣人相手に身体能力で勝つことができることになるのだろうか?
いや、様々な種族に伝説として語り継がれているのだから、それぐらいの芸当はできるのか?
「いやいや、ちょっと待て。流石に俺でも獣人相手に魔法なしじゃ勝てないよ」
二人の会話にアレンが割り込んできた。
ようやく到着したようだ。
「む? アレンじゃないか。久しぶりだな」
「本当ですね。以前に会ったのは10年以上前ですか? 懐かしいですね」
「話を逸らすな。なんでお前らの中で俺は魔法もなしに獣人を倒せる人間になっているんだよ」
世間話を始めようとした二人だったが、それをアレンが止める。
よほど自分の評価に文句が言いたかったのだろう。
だが、そういう評価というのは本人がどうこう言っても意味がない。
「「だって、アレンだし」」
「なんでだよっ」
声を合わせられ、思わず怒鳴るアレン。
これはもう受け入れるしかないのではないだろうか?
そんなことを思っていると……
「あなた?」
「えっ!? エ、エリザベス?」
いつの間にかアレンの背後にエリザベスが忍び寄っていた。
その表情は笑顔ではあるが、内心怒っているようだ。
おそらく、またなにかやらかしたのではないだろうか?
「仕事はどうしたの? こっちは私に任せて仕事をするという話よね?」
「え、えっと……」
「もしかして、サボっているのかしら?」
「ち、ちが……そう、休憩だよ。流石にずっと座りっぱなしだとしんどいから、休憩がてらこっちに……」
エリザベスの質問にアレンは名案を思い付いたかのように言い訳をする。
彼の中では一番の言い訳だったのかもしれない。
しかし、そんな子供のような言い訳が通用するはずもなく……
「あなた?」
「……すみません。書類仕事が嫌で逃げました」
エリザベスに凄まれ、平身低頭で謝罪することになっていた。
ここが屋敷の外であり、人前であることもまったく気にしない──ある意味男らしいぐらいの清々しさである。
そんなすがすがしさは王女様たちにものすごく引かれているが……
まあ、既婚者なのでこれで浮気とかの心配もなくなるだろうか?
といっても、一夫多妻が大丈夫な世界なので、元々そこまで問題はないのかもしれないが……
「がははっ、相変わらず尻に引かれているようだな」
「ええ、そうみたいですね。やはりこの姿を見ると懐かしいと感じてしまいます」
そんな夫婦の姿を見て、リオンさんとルシフェルさんがそんな感想を漏らしていた。
まあ、昔からの付き合いであるならば、知ってて当然なのかもしれないが……
「おい……お前らも人のこと言えないだろう」
「「ん?」」
そんな二人の反応がムカついたのか、アレンが二人を睨み付けながらそんなことを言っていた。
ただし、平身低頭の状態のままではあるが……
「知っているぞ? 普段は獣王としてリーダーシップを発揮しているリオンは夜になるとまるで子供の様に──」
「おいっ、なんでそんなこと知っているんだよっ!?」
「理知的な雰囲気で城内の女性に人気のルシフェルは実は被虐志向が強く、妻から毎晩──」
「ちょっと待ってください。本当にどこでそれをっ!?」
アレンの暴露に慌てる獣王と魔王。
いや、まあ性癖は人それぞれだから構わないと思いますよ?
とりあえず、自分の情けない状況を笑われたからといって、それはやりすぎじゃないかな?
「「「「?」」」」
あいにくと子供たちにはまだ早かったようで、アレンが何を言っているのか理解できていなかったようだ。
姉たちは流石に知識があったのか、恥ずかしそうにそっぽを向く。
顔も少し赤くなっているようだ。
「あなた?」
「はっ!?」
と、ここでエリザベスに再び話しかけられ、アレンは自分の失策に気付く。
笑われたからと言って、怒られている人間がやっていい行動ではなかった。
「とりあえず、説教しましょう。その後仕事に戻るわよ」
「えっ、ちょっ、待って……(ギュッ)いたいいたいっ!」
ちぎれるかと思うほど強く耳を捻られ、アレンが悲鳴を上げる。
ギガンテスを倒し、獣王や魔王が認めるほどの実力の持ち主なのに、どうして彼は妻にあそこまでやられているのだろうか?
この世界に来てからずっと疑問に思っていることである。
「あ、それと……」
「「「「「?」」」」」
エリザベスが足を止めてこちらに振り返る。
彼女の行動の意味が分からず、その場にいた全員が首を傾げる。
用があったのは二人だけだった。
「リオンとルシフェルにも後で罰を与えるわ」
「「なんでっ!?」」
突然の罰の宣告に驚愕する二人。
いや、二人とも問題を起こしているのだから、罰を受けて当然だと思うのだが……一介の男爵夫人がそれぞれの国の王にしていいのだろうか?
「二人の奥様から手紙で許可を貰っているわ。【脳筋】と【魔法馬鹿】は確実に問題を起こすだろうから、そのときは代わりに罰を与えておいてください、ってね?」
「「……」」
エリザベスの言葉を聞き、その場に崩れ落ちる二人。
その表情には絶望しかなかった。
この二人がこれほど恐れるなんて、一体何があったのだろうか?
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