閑話8-8 第二王女と公爵令嬢の会話
「とりあえず、キース王子にこのネックレスは必要だわ」
「その通りかもしれないけど、お父様を差し置いてまで必要かしら?」
イリアの言葉にシャルロットは聞き返す。
シャルロットからすれば、強い兄よりは弱い父親の方が必要だと思っているのだろう。
たしかに、彼女の考える通りであれば、それは正しいのだろう。
しかし、イリアの考えは違う。
「ええ、そうね。少なくとも、国王様よりキース王子の方が狙われやすいんだから」
「そうなの?」
シャルロットは首を傾げる。
イリアの言っていることが理解できなかったようだ。
次の国王を狙うのであれば、一番の方法は今の国王を排除することだろう。
【正妃派】がシャルロットを狙うのは目障りだからであるが、国王を狙う場合は権力を得るためのはずである。
ちなみに、キース王子を狙う場合、おそらくその両方が理由となってくるだろう。
国王の一番愛した側妃の息子であり、国王が崩御した時に次の国王になる可能性が一番高いのだから……
しかし、それはあくまでも理論上の話である。
キース王子の命を狙うのは、国王が崩御した後でも問題はないと思うのだが……
「もし、国王が崩御されたと仮定するわよ」
「……あんまりしたくない想像だけどね」
イリアの言葉にシャルロットは嫌そうな表情を浮かべる。
仮定でも、自分の父親が死ぬことを想像したくはない。
人間である以上、いずれは亡くなってしまうだろう。
しかし、今考えることは、誰かに命を奪われたことを想定したものである。
そんなことを考えて、もし本当に怒ったらどうするのだろうか?
「仮定だから気にしないで。とりあえず、国王を崩御したことを理由に、【正妃派】が第二王子か第三王子を次代の国王にするでしょうね」
「でも、キースお兄様がいるのよ? 第一王子がいるのに、そんなことをしていいわけないと思うけど……」
「キース王子がこの国にいない時を狙うでしょうね。少なくとも、キース王子がいれば、国王様の暗殺を成功できないでしょうし……」
「まあ、キースお兄様ならなんとかしてくれるでしょうね。じゃあ、キースお兄様が王都から離れていると仮定した方が良いわね」
イリアの説明に納得するシャルロット。
二人の中ではキース第一王子の評価はかなり高い。
あくまでも人間として、ではあるが……
「とりあえず、その状況で次代の国王になったとしましょう。そうすると、周囲からどのように言われると思う?」
「……暴力で奪った?」
「ええ、その通りよ。前の国王が気に入らなかったという理由で、力で権力を奪い取った無法者という扱いを受けるわ。そうなったら、周囲にいる貴族たちのほとんどが敵に回るでしょうね」
「そうなの? でも、【正妃派】にもそこそこの人数がいると思うけど……」
イリアの言葉にシャルロットがあることに気が付く。
現状、この国にある様々な派閥の中で、二番目に大きいのが【正妃派】である。
【国王派】とその他の派閥が合わさったとしても、ほとんどが敵に回るとは考えられないのだが……
「数で言えば、そうかもしれないわね。でも、【正妃派】も一枚岩ではないわ。国王様を殺して無理矢理王座を手に入れることに、嫌悪を示す人もいるわ。そんな人は当然派閥から離れるでしょうね」
「【正妃派】の人数が減るのね」
「そういうことよ。すると、相対的に【国王派】の割合が大きくなるわけよ。流石にそんな状況で【正妃派】に勝ち目があると思う?」
「ないと思う」
流石にこれはシャルロットでも理解できた。
とりあえず、【正妃派】が国王を殺しても、真の王となることはできないのだ。
武力で無理矢理奪ったのだから……
「でも、「別の人間がやった」とか言うんじゃないかしら? そしたら、【正妃派】への反感は減ると思うけど……」
「【正妃派】以外に誰が国王様の命を狙うのよ。現状、国王の存在が一番疎ましいと思っているのは【正妃派】よ?」
「たしかに……というか、自分の旦那なのに、どうしてそんなことを思えるのかしら……」
「愛情がない結婚だったからね。家同士の政略結婚──しかも、国王様の愛情は別の女性に向いていたわけだから、疎ましいと思うのも当然ね」
「……なんかお父様が酷い男に思えてきたわ」
シャルロットの父親への評価が下がった。
国王が自分の気持ちに素直に生きたと言えば、聞こえはいいだろう。
しかし、その結果がこのような問題に発展しかねないのだ。
権力者は権力者らしく生きるべきなのかもしれない。
自分の気持ちに蓋をしたとしても……
「とりあえず、【正妃派】がいかに別の関係ない人間がやったと言っても、次の国王に自分の息子を選んだら、当然疑われるでしょう?」
「まあ、そうだね。一番利益を得ているのは、【正妃派】なんだから……でも、それなら他に利益を得ることができた人を仕立て上げればいいんじゃない?」
「例えば?」
「お兄様とか? お父様との仲は良好だけど、お兄様は側妃の──しかも、権力的にはもっとも下である側妃の息子。「いかに第一王子と言えども、そんな卑しい身分の王子は国王にできないと言われた」とかそういう理由でお父様を殺したという噂を流せば……」
シャルロットはなかなか酷い作戦を立てている。
自分の兄が被害者となっているはずなのに、どうしてそんなことを思いつくのだろうか?
しかし、決してあり得ない話ではない。
もしかすると、その作戦を実行されていた可能性はあったのだ。
だが、今回の場合はありえない。
「キース王子は王都から離れているから、あり得ない話だけどね」
「あっ」
イリアの指摘にシャルロットは思い出した。
そういえば、キース王子は王都にはいない仮定だったのだ。
そうなると、そういう印象操作は使えない。
「とりあえず、何をどうしても、【正妃派】に矛先が向くのは間違いないの。むしろ、父親を殺されたという大義名分で、キース王子の元に【反正妃派】が集まることになりかねないわ」
「……そうなると、内戦がおこるね」
「ええ、そういうことよ。そして、【正妃派】には勝ち目がないわね」
「どうして?」
自信満々なイリアの言葉にシャルロットは聞き返す。
どうして、そのように言えるのか、と。
疑問に思うシャルロットにイリアは右手の指を三本立てた。
「【国王派】の有名な貴族にバランタイン伯爵家、マスキュラ―伯爵家──そして、カルヴァドス男爵家。この三つの家があるのに、戦争で負けると思う?」
「……負けないね」
ようやくイリアの自信満々の理由に納得できた。
仮定の話ではあるが、内戦になった時点で【正妃派】の敗北は必至だろう。
そうなると、この仮定は考えられないと思うべきだろう。
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