3-6 双子の兄は魔族の魔法に驚く
※2月26日に更新しました。
「アリスがあっさり……あれだけ実力差があれば、仕方がないのかな?」
「家族が倒されたのに、そんなに落ち着いていていいのですか? 普通はもっと慌てると思うのですが……」
平然とした様子のシリウスにルシフェルが興味深そうに質問する。
子供なのだから、自分の身近な人に何らかの危機が迫っている場合は心が乱れるのが当然だと思っていた。
しかし、シリウスには一切の心の乱れがなかったのだ。
気になって当然だろう。
そんなルシフェルの質問にシリウスは答える。
「獣人の彼が本物の誘拐犯で僕たちに本気で危害を加えようとしているのなら、僕ももっと慌てていますよ?」
「ほう? 私たちが誘拐犯ではないと?」
シリウスの指摘にルシフェルは聞き返す。
「あなたから、そしてあちらの男性からも敵意のようなものを感じません。それにグレインに傷つけられた様子もありませんしね」
「それは私たちが傷をつけずに倒したからかもしれませんよ?」
「まあ、それも考えましたよ。ですが、貴方たちの実力では二人を倒すことはできても、無傷ということは難しいと思います。グレインがただでやられるとは思いませんし……」
「なるほど……相手の実力をしっかりと把握する能力は持っていますか」
ルシフェルはシリウスを高く評価する。
相手の実力を把握するのは戦闘を行う者にとって有用な能力である。
といっても、あくまで有用というだけなので、必ずしも必要というわけではない。
しかし、相手の力量が判断することができれば、自分よりも強い相手に無茶な戦いを挑むことが無くなり、格段に生存率が上がるのだ。
それを持っていることだけで十分に評価に値するというわけだ。
アリスの方は激情に任せ、相手の力量を判断せずに攻撃をしようとしていたので、その点では評価できない。
本来ならばできるかもしれないし、直情的であることも悪いとは言わないが……
そんなことを考えていたが、シリウスがさらに言葉を続ける。
「それにそもそも誘拐犯がこんな風に人前に姿を現すのはおかしいと思いますよ?」
「……まあ、そうですよね」
当然の指摘にルシフェルは納得する。
最初からわかっていたのだが、アリスがあまりにも簡単に信じ切っていたので大丈夫だと思っていた。
「グレインもおそらく意識があるんでしょう? ぐったりしているように見えますけど、おそらくあれは楽だからああしているだけだと思いますし……」
「弟君のことをよくわかっているんですね」
「ええ、もちろんですよ。どうにかして、弟を次期当主にしたいと思っているので」
「……なんか歪な兄弟ですね」
突然の告白にルシフェルは何とも言えない表情になる。
普通は貴族の子供で兄弟がいる場合、次期当主になるために争いが起こるといった話はよくある。
そのため、自分が当主になるために自分の技術を磨いたり、相手を蹴落としたりするのだが、そのどちらもこの兄弟たちからは感じられないのだ。
まあ、相手を当主にしようとしていることから、男爵家の未来はつながってはいるようだが……
「それであなたはなぜここに? あちらの獣人の男性がアリスと戦いたいだけなら、あなたがここに来る必要はなかったと思いますが?」
「ああ、それは君の魔法に興味を抱きまして」
「僕の魔法ですか?」
思わぬ言葉にシリウスが少し驚く。
まさか自分の魔法が興味を抱かれるほど評価されるとは思っていなかったからだ。
「先ほどの魔法を見せてもらいました。あれだけの氷の壁を作ることができるのは、魔族でもそれなりに実力がないと難しいはずです」
「褒めて頂いて光栄ですけど、僕なんてまだまだですよ。得意だと思っている魔法の腕ですら、弟のグレインの方が上ですし……」
「そんなことはないですよ」
「えっ!?」
シリウスの卑屈な言葉をルシフェルはあっさりと否定する。
「たしかに弟君はとんでもない魔法の使い手でしょう。現時点でも魔族で彼に勝てるのは果たして何人いるか」
「そんなレベルなんですか、グレインは? とんでもないとは思っていましたが、まさかそこまでとは……」
「といっても、絶対に勝てないわけじゃないです。勝負に絶対はないですからね」
「たしかにそう言いますが、だからといって僕がグレインに魔法で勝つ姿なんて想像できませんよ」
「ふむ……」
ルシフェルは褒めようとしたのだが、余計にシリウスを落ち込ませてしまった。
どうやら弟のことは認めているがゆえに、自分との差を痛感してしまっているのだろう。
さて、どうしたらいいか……ルシフェルは悩んでいるとある案を思いついた。
「では、君がそこまで卑屈にならなくてもいい事を説明しましょう」
「えっ!?」
シリウスが顔を上げ、驚いたような表情を浮かべる。
そんな彼の様子にルシフェルは笑顔で説明を続ける。
「君は今の自分ができる最大の防御魔法を使ってみなさい。私はそれを君が使った分より少ない魔力で突破してみせます」
「……そんなことできるんですか?」
シリウスは怪訝そうな表情を浮かべる。
元来、魔法というのは基本的には同じ魔力で放たれた魔法は基本的には同じ威力になるのだ。
属性や形状などでどちらが強いかなどはあると思うが、同じ魔法を使うのであれば基本的には引き分けになるはずである。
「もちろん、同じ属性の魔法を使います。そうしないと、不公平ですからね?」
「本当にですか? ただただ相殺されるだけだと思いますけど……」
「普通はそうですね」
「……」
ルシフェルがあっさりと肯定する。
シリウスは余計に怪訝な表情になってしまった。
「おそらくですが、この技術は君の弟君も使えますね」
「グレインがですか?」
「ええ」
シリウスが興味を抱く。
シリウスはグレインが優秀であることを理解しているし、次期当主になってもらおうと思っている。
しかし、だからといって彼に対抗意識がないわけではないのだ。
こと魔法という点においては、弟ができることは自分もできるようになりたいと思っている。
「凍てつく絶壁よ 我が前に全てを遮れ 【氷絶壁】」
シリウスが呪文を唱えると、彼の前に巨大な壁が現れる。
彼が普段使っている【氷壁】に比べて込められている魔力が格段に多い。
【氷壁】の上位に位置する中級魔法【氷絶壁】である。
【氷壁】に比べて魔力消費量が高まるが、その分防御力も数倍高まっている。
「これが今の僕にできる最高の防御魔法です」
「ほう……この若さでそれはすごいですね」
氷の絶壁を見るルシフェルは本気で驚いたようだ。
中級魔法は10代半ば、学生や冒険者もなってから数年経ってからようやく使えるようになる者が現れるレベルの魔法である。
それをまだ8歳のシリウスが使ったのだから、驚くのは当然だろう。
だが、すぐに彼も魔法を唱え始める。
「凍てつく礫よ──」
「えっ!?」
ルシフェルの口から出た言葉にシリウスが驚く。
なぜなら、彼が放とうとしているのが初級魔法であることに気が付いたからだ。
初級魔法と中級魔法は使用する魔力量・難易度・威力でかなりの差があり、初級が中級を超えることはできないというのが定説だ。
それは弱点属性でも同じことが言える。
それなのに、ルシフェルは初級魔法を唱えようとしているのだ。
「──かの者を穿て──」
「っ!?」
ここでシリウスも気が付いた。
なぜなら、ルシフェルが右手を翳して作った氷には明らかにシリウスが使った魔法と同じ量の魔力が込められているからだ。
しかも、小さな礫にシリウスが造った絶壁と同じ魔力が込められているのだ。
「【氷礫】」
(ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ)
「ええっ!?」
ルシフェルの放った魔法が引き起こしたことにシリウスは驚く。
魔法はシリウスの作った絶壁を貫通し、はるか後方にある屋敷の周りの外壁を大破させたからだ。
やりすぎではないだろうか……そんな気持ちを込めて、ルシフェルの方に向くと──
「……やりすぎてしまいました」
「……」
──彼もまた驚愕の表情を浮かべていた。
どうやらこれは彼も想定外の出来事だったようだ。
二人は崩れる外壁をただただ見ることしかできなかった。
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