3-4 小さな転生貴族、こっそり覗き見る
※2月25日に更新しました
「意外と小さいな」
屋敷に到着すると、リオンさんがそう言った。
前世の建物と比べると大きいと思うのだが、何を思って小さいのだろうか?
「いくら領主といえど、男爵なのだから仕方がないでしょう。むしろ、これでも大きいぐらいです」
リオンさんの言葉にルシフェルさんは否定する。
なるほど、この世界では貴族の屋敷はもっと大きいのかもしれない。
今まで男爵領から出たことがないので、他の建物を見たことがなかった。
たしかに、ルシフェルさんの言う通りうちは爵位の中では一番下なのだから、屋敷の大きさも貴族の中では小さいはずだ。
そして、リオンさんは自分の住んでいる場所を基準に比較したようで、俺の推測通りなら小さいと思うのも当然だろう。
「だが、アレンの住んでいる屋敷だぞ? 【巨人殺し】が住むんだったら、もっと大きなのを想像するだろう」
「アレンの体格はリオンより一回り以上小さいでしょう。巨人という言葉に引っ張られすぎでは?」
「そういう意味じゃねえよ。この国では英雄扱いをされているんだったら、もっと大きな屋敷に住むのが普通だろ」
「冗談ですよ」
リオンさんが怒るが、ルシフェルさんは涼しい顔をして流す。
冗談と言っているが、本気でリオンさんが言ったと思っていたのだろう。
獣人は種族的に脳筋が多く、物事を言葉通りに取る者が多いと聞く。
とりあえず、リオンさんはそのタイプであると初対面の俺でもわかる。
「まあ、いろんな条件が重なって、この大きさなんでしょうね」
「条件?」
ルシフェルさんの言葉にリオンさんは聞き返す。
わからないことは想定済みなのか、ルシフェルさんは説明を続ける。
「一つは男爵家であること。男爵風情が大きな屋敷に住んでいると、色々と憶測を呼ぶことになるはずです」
「どういうことだ?」
「たとえば、これだけ大きい屋敷に住んでいるのだから資産をたくさん持っている、ですかね? 悪い人間はそこを狙って、騙そうとしてくるわけです」
「かぁ~、人間ってのはどうしてそんなことをするかね」
リオンさんは呆れたように言う。
俺は普通のことだと思うが、獣人である彼には理解できないことなのだろう。
ルシフェルさんは理解していることから、これは種族的な違いなのかもしれない。
「力こそすべての獣人には考えられない発想でしょうね」
「馬鹿にしているのか?」
「いえ、そういうわけでは。とりあえず、これも一つの考え方です」
「なるほどな」
リオンさんは納得する。
確かに馬鹿にしてるつもりはないだろうが、失礼な言い方であるのは間違いない。
それなのに、あっさりと引き下がるのはリオンさんが素直であるが故だろう。
「他にここがビストとアビスとの境目である領地であることです」
「ああ、そういうことか」
「えっ⁉」
ルシフェルさんの短い説明であっさりとリオンさんが納得する。
思わず俺は驚いてしまった。
「なんだ? 俺がわからないとでも思っていたのか?」
「いえ、そんなことは……」
リオンさんにギロリと睨み付けられ、俺は視線をそらす。
ただでさえ強面なので、怒った表情になるとさらに恐怖が増す。
「はいはい、子供を虐めない。自分の顔のことをしっかり理解するべきだよ」
「虐めてねえよ。相変わらず失礼な奴だな」
リオンさんはふてくされる。
どうやら俺への怒りは逸れたようだ。
元々そこまで怒ってはいなさそうだが……
「とりあえず、リオンが想像したとおりの理由です」
「強力な魔物が多いことだな」
「ええ、その通りです。この辺りは強力な魔物が多く、冒険者の大半も近づくのを嫌う地域です」
「まったく嘆かわしいな」
リオンさんは呆れたように言う。
そんな彼の様子をルシフェルさんはたしなめる。
「当然の反応でしょう。世間一般では弱い魔物でも危険な存在です。強力な魔物などプロの冒険者でも恐怖を感じるのは当たり前ですよ」
「そんなもん、自分の力に自信がないからだろ。しっかりと鍛えていれば、魔物相手に恐怖を感じることなんてないな」
「脳筋のリオンと一緒にしないでください。普通の冒険者は魔物と戦うことに恐怖を感じるんですよ」
「魔法狂いのルシフェルも恐怖を感じていないだろ」
「……否定はしません」
ルシフェルさんはあっさりと認める。
そうか、魔法狂いなのか……
普通の人だと思っていたのだが、駄目な部分もしっかりあるようだ。
「冒険者でも恐怖を感じる場所に普通の人間が来たいとは思わないってことだな? たとえ、依頼が来たとしても」
「そういうことです。誰しも自分の命が大事ですからね」
「……」
そうか、この辺りはそれほど危険な地域だったのか。
学んだ内容にそのような記述があったが、外の人間に聞いた方がより実感が強くなる。
まさかこんなところに転生するとは思っていなかった。
下手したら、転生した直後にまた命を落とすなんてことに……いや、うちの両親たちに限ってそんなことはないか。
たとえ俺が弱かったとしても、しっかりと守ってくれそうだ。
「やあっ」
(ガキイイイイイイイイイッ)
壁の向こうから女の子の声と堅い物同士がぶつかったような甲高い音が聞こえた。
「「ほう」」
二人は声のした方に視線を向け、感心したような声を漏らす。
視線の先は壁なのだが、彼らにはその向こうの状況がわかったのだろう。
興味津々だった。
「興味があるなら、見学しますか? たぶんこの屋敷の姉さんと兄さんが模擬戦闘をしているみたいです」
「おお、いいのか? アレンの子供が戦っている姿が気になっていたんだよ。あいつがあれだけ強いんだから、子供も強いんだろうな、ってな」
「そうですね。何やら強い魔力も感じますので、かなりの魔法の使い手もいるはずです。是非とも見てみたいですね」
「なら、行きましょうか」
すぐに頷いたので、俺は二人を案内する。
「はあっ」
「凍てつく壁よ 我が前に【氷壁】」
(ガキイイイイイイイイイイイイイッ)
アリスが木剣を振りかぶった瞬間、シリウスが氷の壁を張る。
木剣と壁が激突し、甲高い音が鳴り響く。
先ほどの音はこれが原因のようだ。
木剣は壁の半ばにまで到達していた。
だが、その結果にアリスは満足していないようだ。
「ああ、また壊せなかった。シリウスの氷、また固くなったんじゃない?」
「まあ、魔力操作の訓練ばっかりしてるから、自然とそうなるよ。でも、アリスの木剣も半分ぐらいまで到達してるし、十分にすごいと思うよ」
「気休めは言わないで。これが父様だったら、軽々と壊してるんだから」
「いや……あんな怪物と比べるのがそもそも間違ってると思うよ」
アリスの言葉にシリウスは苦笑をする。
彼女は父親と同じようなことがしたいが、シリウスは父親の怪物のような攻撃などできるはずがないと思っている。
まあ、それは俺も同感だけど……
「ほう……あの娘はなかなかいい動きをするじゃねえか。将来はかなりの戦士になるな」
「可愛らしい少年の方も素晴らしい魔力操作です。まだ無駄はありますが、あの年齢であそこまで魔力を扱えるのは相当訓練している証拠ですね」
二人を観察していたリオンさんとルシフェルさんが嬉しそうに言う。
やはりそれぞれの道のプロから見ても、そういう感想になるのだろう。
そんなことを思っていると、不意にリオンが立ち上がる。
「よし、いっちょ稽古をつけてやるか。ああいう才能のある奴とは戦いたくなるな」
「待ちなさい。いきなり現れたら、警戒されて終わりですよ」
立ち上がったリオンさんをルシフェルさんが止める。
知らないおっさんから「稽古をつけてやる」と言われたら、警戒されて逃げられるのがオチだ。
まあ、脳筋のアリスは案外普通に受け入れそうではあるが……
「じゃあ、どうするんだ?」
「そんなことは知りませんよ」
ルシフェルさんはバッサリと切り捨てる。
まあ、彼にとっては知ったことではないだろう。
しかし、リオンさんにとっては違う。
せっかく見つけた才能のある奴と戦わない選択肢はない。
でも、その方法が見つからない。
さすがに見知らぬ人間に声を掛けられたら警戒されることは理解しているようだ。
(ニヤリ)
「?」
リオンさんが俺を見て、笑みを浮かべる。
何を考えているのかはわからないが、その表情から不安が拭えない。
こういうとき、本人は良いとは思っても、あまり良い結果にはならないことが多いからだ。
「坊主、協力してもらうぞ」
「……わかりました」
リオンさんに問いかけられ、俺は受け入れる。
流石に大きな問題を起こすことはないだろう、そう思っての判断である。
もし、とんでもないことをしでかしたら、無理矢理従わされたということにしよう。
ブックマーク・評価等は作者のやる気につながるのでぜひお願いします。
勝手にランキングの方もよろしくお願いします。




