3-1 小さな転生貴族は疲れている
※2月24日に更新しました。
「はぁ……疲れた……」
俺はテーブルに突っ伏し、そんな言葉を漏らした。
正直、このまま寝てしまいたい。
だが、そんな俺に向かって笑顔で話しかけてくる者たちがいた。
「おいおい、どうした坊主? こんな昼間から景気悪い顔してるな」
「そうですね。しかも、店の中でそんな顔されるとこっちの景気も悪くなりますよ」
「うるさいな~」
ドライとマティニの言葉に俺は面倒そう答える。
二人の言っていることはもっともだが、こっちにだって事情があるのだ。
そんな俺たちの会話を聞いて、ローゼスさんも話しかけてくる。
「しんどいのなら屋敷で休めばいいと思うんだけど、なんでうちに来てるんだい?」
「屋敷じゃ休めないからここに来てるんだよ」
「なんで休めないんだ?」
本気で気になったようで、真剣な表情でローゼスさんは質問してくる。
俺の今の状況について説明する。
「まず、僕はこの男爵領の領主の次男坊です。しかも、かなり優秀だと自負してる」
「そうだね。マティニの魔法を軽々と防ぐことができるし、近接戦闘も才能があると噂に聞いたことがあるね」
「長男のシリウス兄さんがいるけど、当主の候補は別に複数居たって構わない。むしろ、二人が切磋琢磨することでいざ当主になったときのレベル向上のために競ってほしいみたいだ」
「つまり、兄弟で競って家督争いをしろ、と? そういうのって、貴族の家が没落する原因になるって聞いたことがあるけど……」
俺の説明にローゼスさんが心配そうに告げる。
あながち間違いではないだろうが、完全な正解でもない。
「それはあくまで兄弟仲が悪い場合かな。兄弟同士が当主争いをする場合、他の兄弟を蹴落として自分が当主になろうとするから、家の中がガタガタになってしまうわけだね。誰が味方で誰が敵かわかりづらくなるからし」
「疑心暗鬼になるわけか。グレイン様は大丈夫なのかい?」
「うん。兄弟仲は良いから蹴落とすなんてことはないよ。むしろ、どうやったら当主という役割を相手に押し付けられるのかを考えているぐらいだね」
「それは逆に駄目なんじゃ……」
「まあ、否定はしないよ」
当主の候補である二人とも当主になる気がないのだから、駄目どころの話ではないだろう。
といっても、お互いが相手に当主をさせようとしているので、結果的にどちらかが当主になるはずだが……
「それで何が疲れる原因なんだい?」
「とりあえず当主候補になったんだけど、父さんたちが厳しくなったような気がしてね……近接戦闘の訓練も、貴族としての勉強も難しくなってるんだよ」
「ああ、なるほど」
俺の説明にローゼスさんが頷く。
これだけでどうやら状況を察することができたようだ。
しかし、実際は彼女が想像しているよりも厳しい状況だろう。
貴族の当主として必要な技能を詰め込むための教育を俺とシリウスは受けているのだが、二人とも優秀であることがそれを加速させていた。
シリウスの近接戦闘という点については、レベルが高いとは言い難いが、それ以外の部分においては世間一般的に「できる」の部類──むしろ「よくできる」と評価される。
俺自身も優秀であることがばれているので手を抜くことができず、与えられた課題を次々とこなすことになってしまう。
結果として、同年代どころか少し上の世代すらまだの教育を受けることになっていた。
精神的にも肉体的にも結構きつい。
しかも、疲れている理由はこれだけではない。
「そのほかに、僕はチェスとリバーシの製作者であることも原因だよ。ミュール商会のおかげでこの二つは王都で大人気、噂によるとビストやアビスにも広まっているみたいなんだ」
「そんなに人気なのかい?」
「うん、そうみたいだよ。なんでも人気過ぎて品薄状態になってて、予約待ちの人がかなりいるみたいだよ。モスコにもっと作ってくれと言われたよ」
「ほう……じゃあ、広まる前に手に入れた私たちは運がよかったということかな」
「うん、そうだね」
ローゼスさんが快活に笑いながら告げた言葉に俺は頷く。
うちの領民は俺が近くにいるおかげで、比較的簡単にそういうものが手に入る。
たしかに運がいいと言えるかもしれない。
「つまり、当主候補としての訓練と製造業務でしんどいということかい?」
「製造業務はそこまででもないよ。今では片手間で造ることができるぐらい魔法が使えるからね」
「……すさまじいね。本当に天才だな、グレイン様は」
ローゼスさんは驚愕する。
まあ、俺みたいな子供がそんな魔法を使っているのなら、驚いて当然だろう。
といっても、俺も日々努力をしてできるようになったのだが……
「じゃあ、なにがつらいんだ?」
「その二つ以外に疲れる要素はないと思いますが? まあ、その二つのどちらかでも十分しんどいと思いますけど……」
横で話を聞いていたようで、ドライとマティニがそんなことを聞いてくる。
俺が否定したせいか、原因がわからないようだ。
「……チェスとリバーシが人気になりすぎているのが、一番の原因かな?」
「「「?」」」
俺の言葉に三人が首を傾げる。
ローゼスさんが怪訝そうな表情で聞いてくる。
「人気だったら、どうしてしんどいことになるんだい? 製造者のグレイン様は人気になれば懐が潤うだろうし、作るのもそこまで苦労しないんだろう? あの男は怪しい雰囲気だが、取引相手としてグレイン様に悪いようなことはしないと思うけど……」
「お金と製造だけでいえばそこまで苦労していないよ。モスコさんには人気だから次のものを考えてくれと言われているけど、それについても問題はないかな。まだ作ってはいないけど次に作る物は考えているからね」
「……なら疲れる要素はないと思うけど?」
ローゼスさんがわからないといった反応をする。
ドライとマティニの二人も同様の表情を浮かべる。
「人気だから、その制作者である僕について調べようとする奴らが現れたんだよ。金のなる木と思われたんじゃないかな?」
「「「ああ……なるほど」」」
理由を告げると、三人とも納得したように頷いた。
「まあ、これだけ人気のものを作れるんだったら、ぜひ自分もその恩恵を受けたいと思う奴もいるだろうな」
「王都どころかビストやアビスでも人気なんだったら、儲けの一部だったとしてもかなりの額になるだろうしな」
「しかも、制作者であるグレイン様を手元に置けば、次に造られるものの恩恵も得ることができるはず。そう考えれば、その情報を得ようと躍起になるかもしれませんね」
「うん、そういうことだよ。最近、二つの出所がうちだという情報を掴んだ奴もいるみたいで、何人か捕まえたんだよ。まあ、偽の情報を流して、うちとは関係ないということにしたけどね。捕まえた人間を買収して」
「「「うわぁ……」」」
話を聞き、三人がかなり引いていた。
確かに子供が置かれる状況ではないだろうが、もう少し同情してくれても良いんじゃないかな?
流石に引かれるのはショックだ。
「遅かれ早かればれてしまうことだろうね。だったら、早めにどこか権力のある貴族様の下についたりした方が良いんじゃないかね?」
「はあ……やっぱりそうするしかないか」
俺は大きくため息をつく。
彼女の言うとおり、いつまでも情報を隠しておけるわけではない。
だったら、バレる前にどこかの高位貴族の庇護下に入り、守ってもらった方がいいはずだ。
だが、相手の貴族を簡単に決められるわけではない。
守ってもらう事へのリターンは必要ではあるが、それを理由に過剰な要求をされる可能性があるのだ。
まったく……なんで異世界でスローライフを送ろうとしているのに、こんなに面倒なことになっているのだろうか?
「(これもあの女神さまのせいか?)」
俺は今の自分の状況をあの女神さまのせいにした。
そうすることで少し気持ち的に楽になった。
まあ、状況は変わってはいないが……
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