2-17 死んだ社畜は初めての戦闘を終える (追加)
「はっ」
「グッ!? ギャンッ!?」
姉さんがハードウルフの一匹に片手剣を振るう。
ハードウルフは姉さんのスピードについていけず、早速一撃を貰ってしまっていた。
おそらく人間の子供だということで油断をしていたのだろう。
おそらく先ほど壁の向こうで攻撃を避けていたので、大丈夫だと思っていたのかもしれない。
姉さんは壁の向こうでは力をセーブしていたのだろう。
ちなみに、この片手剣は森に入る前にアレンから渡されていたものだ。
俺ももらっている。
もちろんこれは本物ではあるが、あくまで護身用として渡されている武器で、本職の冒険者が使う物に比べれば幾分グレードが下がっている。
あと、片手剣自体も後衛職が接近戦を挑まれた場合に少しでも生き残れるようにといって作られたものであり、かなり軽量になっている。
まあ、普通の片手剣だと重くて、振り回すのにすら苦労するだろうからな。
「「グルアッ」」
一匹が吹き飛ばされたことで、残りの二匹が同時にアリスに襲い掛かる。
どうやら先ほどのアリスの動きを見て、舐めるのはまずいと感じたのだろう。
しかし、流石はハードウルフ──まったく同じタイミングで行動している。
群れで行動するという性質から、連携や同時攻撃を得意にしていることは知っていたが、まさかここまで同時に行動するとは思わなかった。
まあ、だからといってアリスに攻撃を当てさせるわけにはいかないが……
「姉さん、左に壁を作るよ。【土壁】」
「了解よ。(ダンッ)はっ」
俺が彼女の左側に土の壁を錬成し、彼女は壁を蹴って右側から襲い掛かってきたハードウルフの上を飛び越える。
彼女自身も強化魔法を使っているようだが、あんなことができるのは彼女の元々の身体能力が高いが故だろう。
普通はできないだろうから、あんな行動をしようとすら思わないはずだ。
「はあっ!」
「グルアッ!」
アリスは着地した瞬間、すぐにハードウルフに襲い掛かる。
だが、このハードウルフもアリスが背後に回ったことには気づいていたので、対応するために振り向いた。
そして、体勢を低くする。
アリスもそれに合わせて、片手剣を低い位置で振るおうとする。
だが、それはハードウルフの作戦だ。
おそらくハードウルフは先程のアリスと同様に跳躍して、上から襲おうとしているのだ。
弱くとも魔獣──アリスよりは戦闘については上手なのかもしれない。
だからといって、アリスに攻撃させるつもりはないがな。
「【洞穴】」
(ザッ)
「!?」
跳躍しようとしたその瞬間、俺はハードウルフの足元に小さな穴を開ける。
高さは変わらない、だが跳躍できないように体勢を崩すレベルで……
(ブシュッ)
「ギャンッ!?」
アリスの片手剣がハードウルフの喉元を貫いた。
これは完全に致命傷だろう。
喉を貫かれたハードウルフの目からは光が失われ、四本の足からも力が抜けていく。
「……これで一匹目ね」
アリスは殺したハードウルフから片手剣を引き抜き、残りの二匹の方に視線を向ける。
だが、少し彼女の戦闘への意欲が小さくなっているように感じる。
おそらく初めて生き物をこの手で殺したことに罪悪感を抱いているのだろう。
まあ、彼女もまだ子供なので仕方がない事だろう。
しかし、だからといってこの状況で殺さないという選択肢はなかったはずだ。
なんせ殺さなければ、こちらが殺されていたのだから……
「「グルルルルルルルルッ」」
仲間を殺された残りの二匹は怒りのあまり唸り声を上げる。
ハードウルフは群で行動する魔獣なので、仲間への意識はかなり高いのだろう。
仲間を殺されたのなら、殺した者への復讐心は相当のものだろう。
((ダッ))
二匹は同時にその場から駆け出した。
だが、先ほどとは違い、別々の方向に駆けだしていた。
同時攻撃だと危ないと先ほどまでの戦いから学んだのだろう。
ならば、時間差による連携攻撃に変更するべきだと思ったようだ。
それは正しい選択だろう。
だが、わざわざその正しい選択をさせるわけがないだろう。
「【洞穴】」
「「ギャウッ」」
俺は最初の一匹の足をすくわせた魔法で大きな穴を作る。
二匹はいきなり目の前に穴ができたことで、勢いよくそのまま地面に落ちていく。
大体高さは2m程度、おそらく落ちたハードウルフが自力で登ってくることは不可能だろう。
俺は土の壁から飛び降り、穴の近くに手をつく。
「【土墓】」
「「グルアアアアアアアアアアアッ!?」」
自分たちを埋めようとすべく周囲から土の壁が迫り、穴の中からハードウルフたちの悲鳴が聞こえてくる。
可哀そうではあるが、だからといって殺さないわけにはいかない。
いや、自力で出てこれないのであればこのまま穴の中に放っておくという手もあったのだが、それはそれで何も食べられずに弱っていくという拷問をしているような気になったので、その案は却下した。
なら、いっそのこと一思いに殺してやろうと思ったのだ。
俺があけた穴は閉じ、そこからハードウルフたちの声は聞こえることはなくなった。
これでもう危機は去っただろう。
俺は立ち上がると、未だに青い顔をしているアリスに声をかける。
「姉さん、大丈夫?」
「え、ええ……大丈夫よ……」
彼女は俺の質問に気丈に答えようとするが、その表情は明らかに大丈夫とは思えなかった。
俺はそんな彼女を見て、何も言わずに再びコップを作り、その中に冷たい水を入れる。
そして、姉さんを土の壁にもたれかけさせ、水を渡す。
「……ありがとう」
アリスは水を受け取ると、彼女らしくないしおらしい態度で感謝の言葉を告げてくる。
いくら敵とはいえ、動物を殺すのは中々にショックな事なのだと彼女を見て、改めて感じた。
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