2-16 死んだ社畜は初めての戦闘を始める (追加)
「「「グルルゥッ」」」
「……戦う準備はもう十分ってところかな?」
ハードウルフたちから殺気を向けられ、俺も意識をそちらに向ける。
完全に俺を敵と認めているのか、さっきから怒ったような雰囲気を感じる。
おそらくこの毛玉たちを捕食しようとしたのを邪魔したせいだろう。
「私が二匹倒すから、グレインは残りを頼むわね」
「姉さん、それは危ないよ。ハードウルフは群をなすことで強くなる魔獣なんだから、一匹と二匹じゃ雲泥の差なんだよ?」
「それならなおさらグレインに二匹戦わせるわけにはいかないじゃない」
「どうして?」
アリスの言葉の意味が分からず、首を傾げる。
そんな俺の様子にアリスは快活な笑顔で答える。
「それはもちろん、私がお姉ちゃんだからよ。お姉ちゃんとして弟にいいところを見せないと」
「……なるほど」
彼女の行動原理は理解することはできた。
たしかに、彼女は年長者として自分が難しい方をやるべきだと思うのは当然だろう。
しかし、彼女ではまだハードウルフを二匹相手するのは難しいと思われる。
ハードウルフは一匹では大した強さではなく、そこそこ実力のある新人冒険者なら一人で倒すことができる。
だが、二匹になった時点で新人冒険者一人では倒せなくなる。
最低でもハードウルフたちと同数の冒険者がいるらしい。
俺たちは二人、そしてハードウルフたちは三匹──果たして、どうするべきか……
「さて、さっそくやろうかしら」
「ちょっと待って」
「何よ……」
意気揚々とハードウルフたちと戦おうとするアリスを俺は呼び止める。
出鼻をくじかれたアリスはこちらに不満そうな顔を向ける。
だが、このままではアリスが危険にさらされるのも事実だ。
彼女の姉としての立場を守りつつ、彼女を守ることができるような作戦を考えなくては……そうだ。
「姉さんはハードウルフを三匹同時に戦うことはできる?」
「……もちろんよ。私を誰だと思っているのよ」
俺の質問にアリスは少し考えてから答える。
だが、俺はそれが嘘だと見抜いている。
彼女はハードウルフを三匹どころか二匹ですら相手するのは難しいだろうし、それをわからないほど近接戦闘について無知ではないはずだ。
彼女はプライドからそう答えただけだ。
だが、俺は別に彼女が三匹同時に戦えるかどうかについてはどちらでもよかった。
要は彼女が同時に奴らを相手にする気概があるかどうかを確かめたかっただけなのだから……
「姉さんは三匹と戦うことに集中していて。僕が魔法でサポートするから」
「……そんなことできるの?」
俺の言葉にアリスは怪訝そうな表情を浮かべる。
それはそうだろう。
いくら俺の魔法が凄い事は知っていても、実戦は初めてなのだ。
しかも、かなり危ない状況に陥っているため、普通ならば平常心を保つことすらむずかしいのだ。
その状況下でここまでの啖呵をきっているのだから、平静を失っていると思われても仕方がない。
だが、俺ははっきりと告げる。
「できる、じゃないよ。やるんだよ」
「ふふっ、流石は私の弟ね。弟じゃなかったら、男の子として好きになりそうだわ」
「……4歳に何を言っているの。というか、姉さんにそういう話は早いんじゃないの?」
「ちょっ、弟のくせに生意気よ。私だって好きな人の一人ぐらい……いないわね」
「……」
彼女の言葉に俺は反応することができなかった。
反論しようとしたが反論できなかったという恥ずかしい状況なので、どう返事をすればいいのかわからなかったのだ。
二人の間にいたたまれない空気が流れる。
だが、そうもいっていられない変化が起きる。
「「「グルアアアアアアアッ」」」
ハードウルフたちが俺たちに一斉に襲い掛かった。
三匹とも、まずは弱そうな俺の方に狙いを定めているようだった。
まあ、戦いの定石である。
「【土壁】」
(((ドンッ)))
「「「ギャンッ!?」」」
俺が目の前に土の壁を出すと、襲い掛かろうとしていたハードウルフたちは勢いよく壁にぶつかり、悲鳴を上げる。
すごい音がしたのでかなりの勢いを出していたのだろう。
あれはかなり痛いはずだ。
壁の反対側からでもなんとなくわかる。
まあ、敵なので同情はしないが……
「はあっ」
(ブウンッ)
「「「グルルッ」」」
姉さんの声と武器を振るう音、そしてハードウルフたちの声が聞こえてくる。
どうやら壁の向こう側で姉さんが攻撃を仕掛けたようだ。
タイミングとかを話していなかったので仕方がない事なのかもしれないが、弟が壁の向こう側に隠れてしまった状況で戦いを挑まないでほしかった。
この状況ではサポートなどできるはずがないだろう。
俺は風魔法を使って、土壁の上に登る。
なぜこのような行動をとったかというと、この土壁は毛玉たちを守る盾として残しておくためだ。
流石にアリスのサポートをしつつ、毛玉たちを守ることは難しいと思ったのだ。
(シュタッ)
「じゃあ、とっとと撃退しようか、姉さん」
「ええ、もちろんよ」
壁の上に立った俺の言葉に姉さんは笑顔で答える。
といっても、その笑顔は嬉しい時があったときの笑顔ではなく、戦いを楽しんでいるような獰猛な笑みだった。
正直、女の子がそのような笑みを浮かべるのはどうかと思ったのだが、この状況ではそういう笑みを浮かべられる方が良いということに気が付いたので気にしない方向で行く。
俺はいつでも魔法を放つことができるよう、魔力を操作した。
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