7-34 死んだ社畜は知らなかった事実を知る
「そういえば、君に頼みたいことがあるんだ」
「……例のあれ、ですか?」
学長がいきなり話題を変えた。
俺はそれを聞き、すぐに結論に辿り着いた。
おそらく俺の考えは間違っていないだろう。
そんな俺の反応を気にしたこともなく、学長は普通に話を続けた。
「ああ、そうだ。新学年が始まって2週間、そろそろ新入生たちが学院に慣れ始めたみたいなのだが……」
「話の流れはどうでもいいです。そろそろ新入生が調子に乗り出したんでしょう?」
学長の言葉を俺はバッサリと遮った。
いちいち面倒な話をする必要などない。
そういえば、そんな時期だなと感じるぐらいなのだから。
去年だって、どうようなことが起こったのだから……
「まあ、そういうことだ。おそらく知り合いの先輩にでも話を聞いたのだろう、新入生が特別試験を受けたいと言い出したんだよ」
「まあ、話を聞いたらそう思うのは当然でしょうね」
「話を聞けば、いかにその試験が難しいのかわかるものだと思うんだけどね? どうして若者というのは無謀なことが好きなんだろうか?」
「話を聞くだけでは、実際の難しさがわからないからじゃないですか? というか、10歳程度の子供が自身の実力を過信するのは当然でしょう?」
「一応君も10歳の少年なのだがね? まあ、若者が自身の実力を過信して、無謀なことを言い出すのは当たり前の事か。とりあえず、そんな子供たちの高くなり過ぎた鼻を折って欲しいのだが……」
学長の言いたいことはわかった。
いや、最初から理解はできていたのだが……
とりあえず、俺が入学したことによってできたこの現象を俺の手でどうにかしろ、と言っているのだろう。
「別に構いませんよ。とりあえず、新入生のガキどもに身の程を叩き込めばいいんですよね?」
「まあ、そういうことなのだが……ほどほどにするように」
「? どういうことですか?」
学長の妙な提案に俺は首を傾げる。
ここは特別試験の試験内容として圧倒的な力を見せつけるべきだろう。
つまり、舐められないように全力で叩き潰すべきところだ。
しかし、そんなおれの考えとは裏腹に、学長が神妙な声で問いかけてくる。
「君は去年、何割の力で戦った?」
「えっと……大体3割程度の力ですかね?」
「それは1年前で言うと、どれぐらいの力だと思う?」
「そうですね……大体1年で1.5倍ぐらい強くなったと仮定して……大体、1年生の時の全力の半分ぐらいですね」
頭の中で計算し、俺はあっさりと答えた。
多少のずれはあるかもしれないが、大まかな数字としてはあっていると思う。
しかし、一体何が問題なのだろうか?
「グレイン君もまだまだ子供だから、成長するのは理解できる。むしろ私は君に成長してもらいたいからという理由で受け持っているところはある」
「まあ、そうでしょうね。本来だったら、俺は王立学院に通う必要がないところですからね」
「だが、同時に君には自分の実力を正確に認識してもらいたいとも思っている」
「? しっかりと把握しているつもりですが?」
学長の言葉に俺は首を傾げる。
一体、どういうことだろうか?
俺は自分の実力についてはしっかりと把握しているつもりだ。
というか、自分の実力をしっかりと把握できていないような人間がこれほどの実力をつけることなどできるはずもない。
自身の実力を正しく把握できず、過信するような人間は怠けて練習をサボるか、身の丈に合わないことをしようとして大怪我するか、命を落とすかのどれかである。
命のやり取りをすることのある俺にとっては、自身の実力を正確に把握することは必要不可欠な能力なのだが……
「……たしかに君は自分の実力について、正確に把握することはできているだろう」
「ですよね? だったら、問題がないのでは……」
「だが、自身の実力と他者との実力の差を理解できていない」
「は?」
予想外のないように俺は思わず呆けた声を出してしまった。
俺の反応も当然だろう。
自分の実力をしっかりと把握できていると言われたのに、他者との実力の差を認識できていないと言われたのだ。
驚いて当然だろう。
そんな俺に学長は説明を続ける。
「去年の時点で君は2年前とは比べ物にならないぐらいの力をつけていた。その状況下で2年前と同じように2~3割程度の力で戦おうとした。その結果、どうなると思う?」
「……前の年よりも新入生との差が広がるから、惨敗させてしまう?」
「そうだ。そして、そもそも2年前は新入生だけでなく、上級生たちも君と戦おうとしてきた。いくら悪いカリキュラムを受けてきたとはいえ、新入生なんかよりもよっぽど強い存在だ。そんな上級生たちがあっさり負けるような特別試験をさらなる難易度で新入生が受けたらどうなるかわかるね?」
「……自信がなくなりますね」
学長の言葉に俺はようやく理解することができた。
今まではそこまで気にしていなかったのだが、前回と同様に行動するのはあまりよろしくないようだ。
現在は去年よりもさらに強くなっている。
この調子で2~3割程度の実力で戦えば、もしかすると新入生の身が危ないかもしれない。
「ちなみに昨年の新入生たちは10グループが君に挑戦し、全員が開始30秒も待たずに惨敗。結果、1ヶ月ほど引きこもりと登校拒否になってしまった」
「うおぅっ!?」
俺のせいで新入生たちがかなりひどい事になっていた。
まさか、そんなことになっているとは……
「ちなみにそんな戦い方を10回も見せられた残りの新入生たちは意気消沈し、申し込んでいた特別試験も取り下げた」
「まあ、そうでしょうね」
「そして、新入生たちの間では【特別試験】という言葉がタブーとなってしまったようだ」
「それはそれは……」
話を聞いて、俺は少しやり過ぎたと思ってしまった。
別に俺はそこまでのことをやるつもりはなかったのだ。
というか、今までそんなことを起きているとは知らなかったし……
「……どうしてその時に伝えてくれなかったんですか? 今までそんなこと知らなかったんですけど?」
「言う必要がなかったからね。というか、君に注意しようにも、すでに特別試験はすべてキャンセルされてしまったから、注意の意味がなくなってしまったんだよ」
「ああ、たしかにそうですね」
今後も特別試験を続けるのであれば、注意も意味を成すだろう。
だが、すでにすべてキャンセルされ、今後も受けようとする新入生がいないとなると、注意をしても意味はないだろう。
それは理解することはできた。
だが、一つだけ文句を言いたい。
「でも、その状況を伝えてくれてもいいじゃないですか。俺のせいで新入生たちの心を折ってしまったのに、全く知らないで過ごしたじゃないですか」
「知らないでよかったんだよ。グレイン君はこの情報を知っていたら、その時どうするつもりだった?」
「どうするつもり? もちろん、新入生に謝罪を……」
「君に圧倒的な実力を見せつけられ、心を折られた新入生に対して? それはなかなか鬼畜なことを考えるね?」
「いや、そこまでは考えていないですよ。というか、悪いと思うのなら、謝るのが当然でしょう?」
なんで当たり前のことをしようとして、そんなことを言われないといけない。
そもそも謝らない方が人間としてだめだろう。
しかし、そんな俺に学長はさらなる事実を突きつけてきた。
「ちなみに君はこの一件で当時の新入生──今の二年生の間では【大災害】なんて呼ばれたりしているみたいだね」
「……」
「最初は【小さな悪魔】なんて案もあったみたいが、それだと可愛らしさがあるという理由で却下になったようだ。悪魔なんかよりも化け物──それも生ぬるいということで、災害に。体は小さいけど、引き起こす現象は決して小さくないということでこの名前になったようだよ」
「……そうですか」
学長からの情報に俺は何も言えなくなった。
まさかそんなことを思われるとは思わなかった。
いや、俺も自分でそう呼ばれてもおかしくないとは思っている。
しかし、一回も話したことのない年の近い子供たちに陰でそう呼ばれるのは心に来るものがある。
というか、時折俺のことを見て、おびえたような目で見られたのはこのせいか。
たまに「ひぃっ!?」と小さくない声を漏らしていた女子生徒もいたが、おそらくこれのせいだろう。
「とりあえず、去年の一件から君は【特別試験】では2つの条件を加えることにした」
「2つ、ですか?」
学長が右手で人差し指と中指を立てた。
俺は気を取り直して、聞き返した。
「ああ。一つは直径1mの円の中から出てはいけない。もう一つは、君は全力の1%しか力を出してはいけない、だ」
「……わかりました」
かなり厳しい条件な気がするが、おそらくこれでも足りない気がする。
さて、この制限でどれだけの新入生の心が守られるのやら……
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