7-33 死んだ社畜は兄たちの足りないものを考える
「まあ、効果がないのは君に限った話ではないよ」
「そうですか?」
気を取り直して、俺は学長の言葉に反応する。
おそらく彼の言っているのは、シリウスたちも俺と同様にダンジョンにこもるメリットがないということだろう。
俺の場合は異常であるので理解できるが、シリウスたちも同様なのだろうか?
「ああ、おそらくね。といっても、あくまで普通の人に比べてという話なだけで、君よりは効果はあるかもしれないね」
「なんで俺と比較を?」
「分かりやすい指標だろう?」
「……たしかにそうですね」
学長の言葉に俺は反論することが出来なかった。
たしかにわかりやすい。
遠くの一般人より、身近な異常者ということか……
身近にいる人の方がよくわかっているからこそ、どういう状況かわかりづらいということだ。
まあ、俺が異常であるがゆえに、それが信憑性があるかどうかはわからんが……
「さて、君とシリウス君の違いはわかるかい?」
「? 強さ、とかそういう単純な問題じゃないですよね?」
突然、学長が問題を出してきた?
俺は首を傾げながら、そう問い返した。
流石にそんな簡単な事を聞くとは思わなかったからだ。
そんな俺の質問に学長は頷いた。
「ああ、そうだね。というか、私としては君たちにそこまで差があるとは思えないよ。才能や将来性とかを考えれば、ね?」
「……まあ、俺と同じ父親の子供だし、それと同等の存在を父親に持つ子供だから、それぐらいあってもおかしくはないな。だが、それなら……」
学長の言葉に俺は再び考えこむ。
しかし、数十秒考えこんでも、答えが出ることはなかった。
そんな俺を見て、学長が再び話しかけてくる。
「おや、わからないのかい?」
「ええ、そうですね。皆目見当がつかないです」
学長の言葉に俺はお手上げとばかりに反応する。
本気でわからなかった。
別に俺はシリウスたちと同じだとは思っていない。
しかし、実力や才能が答えとして違うのであれば、全く分からなくなってしまったのだ。
一体、何が答えなのだろうか?
「それは実戦経験さ」
「実戦経験?」
予想外の答えに俺は思わず問い返してしまった。
本当にまさかの答えだったからだ。
そんな俺の反応に学長は満足したのか、笑顔を浮かべた。
「君のことだから、強さとはその本人の能力値だけではわからないことは理解できるよね」
「まあ、そうですね」
学長の質問に俺は頷く。
学長の言っている通り、強さとは単純に数値で表されるようなものではない。
まあ、客観的に見るときにわかりやすくするために数値化することはよくあることだ。
ただし、一概にその数値で判断してはいけない。
例えば、同じ100と評価された二人がいたとしよう。
だが、片方が剣士、もう片方が魔法使いだった場合、同じ100という評価でも強さは全く別となるのだ。
どういう状況で戦うのかで、おそらく勝敗も変わってくるだろう。
ちなみにこれが100と80でも同様である。
数値の上では100の方が絶対に勝つと思われるだろう。
実際にほとんどの場合がそうなるだろう。
しかし、もし100と評価を受けた者が時間をかけて強力な魔法を撃つ魔法使いで、80と評価を受けた者がスピードを活かした暗殺者だった場合、勝者は80の方になると思われる。
強力な魔法を撃つ前に決着をつけることが可能だからだ。
だからこそ、数値が一概に強さを表すとは言えないのだ。
「俺と兄さんたちの差は実戦経験、ということですか? といっても、俺はそこまで実戦経験を積んできたわけではないですが……」
学長の言わんとしていることは理解できる。
だが、俺としてはあまり実戦経験を積んだ覚えはない。
たしかにシリウスたちよりは魔物と戦った経験はあるかもしれない。
しかし、それならばアリスも俺と同じぐらい実戦経験を積んでいることになる。
なんせ、アレンにはアリスと共に連れて行ってもらっていたのだから……
しかし、そんな俺の言葉を学長は否定する。
「そんなことはないはずだよ。聞いた話だと、君はかなりの経験を積んでいるはずだ」
「はぁ……」
学長の言葉に俺は首を傾げる。
やっぱり、記憶にはなかった。
一体、学長は何の話をしているのやら……
「【聖光教】の一団と戦った、と聞いているが?」
「あ」
学長の指摘で俺は思い出すことはできた。
たしかにそんな出来事はあった。
これはシリウスたちにはなく、俺にある実戦経験かもしれない。
しかし、だからこそ疑問がある。
「でも、これはたった一回の戦闘ですよ? そこまで差が出ますかね?」
たしかにこの戦闘は俺だけの経験だ。
しかし、この一回しかなかったのも事実。
そこまで大きな差があるとは思えないのだが……
「いや、これが大きな差だよ。なんせ普通に魔物と戦うのとかなりの違いがあるからね」
「どういうことですか?」
「相手が人間だからさ」
「人間? それだったら、兄さんたちも経験していると思いますが?」
学長の言葉に俺は反論する。
対人間戦はシリウスたちも学院に入ってから経験しているはずだ。
つまり、その点では実戦経験での差はないと思うが……
「違う、違う。私が言いたいのは君たちの命を奪おうとする──つまり、殺意を持った相手と対峙した経験だよ」
「……ああ、そういうことですか」
学長の言葉にようやく納得することが出来た。
たしかに学長の言うことなら、俺とシリウスたちで大きな差が出来ているかもしれない。
「シリウス君たちは良くも悪くもそういう相手と戦うことはなかった。これが果たしていい事かどうかはわからないけどね?」
「いや、良い事でしょう。人間の悪意なんて向けられた側からすれば、全く嬉しいものではないですよ?」
「はははっ、経験者らしい言葉だね」
「……笑い事じゃないですよ」
学長が笑ったのを俺は睨む。
別に気にしていることではないが、純粋にムカついたのだ。
しかし、そんなおれの言葉を学長はあっさりと流す。
「とりあえず、君とシリウス君たちの差があることはわかったな。その差を埋めるためにシリウス君たちにも同様の経験をさせるべきだと思うのだが……」
「それは反対です」
「まあ、反対されるのはわかっていたさ。というか、そもそもそういう経験を故意にできるような伝手は私にもないしね」
「だったら、言わんでください」
学長があっさり引いたので、俺は思わずため息をついた。
まったく、この人のことは未だによくわからない。
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