7-28 死んだ社畜は恥ずかしがる
「最後にリュコなんですが……」
「どうした? 急に気落ちしたようだが?」
俺の様子にガルドさんが心配そうに声をかけてくる。
まあ、目に見えて落ち込んでいるのが分かるのだろう。
現に俺自身も気持ちが落ちているのを自覚できるぐらいなのだから、相当重傷に違いない。
だが、これは俺が頼まれたことなので、やらないわけにはいかない。
とりあえず、落ち込む自分の気持ちに喝を入れ、話を進めることにする。
「リュコに関しては、戦闘技術については他の四人並──いえ、トップと言えるでしょう。俺ほどではないにしろ、冒険者の上位まで成長することは確実です」
「ほう、君にそこまで言わせるとは……それはかなり期待できそうだ。だが、それならどうしてあそこまで落ち込んでいたんだ? とても落ち込むような内容ではないし、むしろ喜ぶべきことだと思うが?」
俺の言葉にガルドさんが嬉しそうな、だが驚いたような反応を示す。
まあ、これだけを聞けば、そう思うのは仕方のない事だろう。
なので、俺はしっかりと説明することにする。
「リュコの戦い方が予想外だったんです」
「予想外? 君にそこまで言わせるほどの戦い方をするとは思えないんだが……というか、いくらデュアルとはいえ流れている血は獣人と魔族のものなのだから、そうそう変なことにはならないと思うが……」
「まあ、血に関してはその通りでしょう。ですが、そのうえで俺の予想外の戦い方だったんですよ」
「ほう……それは本当に気になるな」
俺の言葉を聞き、嬉しそうにガルドさんが反応する。
おい、なんでそこで嬉しそうなんだよ。
俺が驚いたことがそんなに面白いか?
なら、話してやろう。
普通の感性を持っていれば、絶対に引くはずだから……
「リュコは無表情でオークジェネラルの首を折ったんですよ」
「は?」
俺の言葉にガルドさんは呆けた声を出す。
後ろにいたウィズさんだって似たような表情を浮かべている。
よし、良い表情だ。
俺は心の中でガッツポーズをする。
そして、さらに説明をする。
「リュコは獣人の身体能力と魔力による身体強化でオークジェネラルの気付かないうちに背後に回り、後ろから頭を両腕で包み込むように抱えました。そして、そのまま力を入れてオークジェネラルの首を折り、オークジェネラルは力なく倒れました」
「「……」」
「どう思いますか?」
黙る二人に俺は問いかける。
これは明らかにおかしいだろう。
絶対にこの二人なら俺に共感してくれるはずで……
「「それのどこに問題があるんだ?」」
「え?」
予想外の返答に俺が驚かされてしまった。
え?
どうしてそんな普通の表情をしているんだ?
驚く俺に二人が口を開く。
「別に驚くようなことではないだろう? オークジェネラルを的確に無力化させるために自分ができる最良の選択肢を選んだ──ただそれだけのことに思うが……」
「そうですね。たしかに攻撃方法に多少の驚きはあるかもしれませんが、それほど驚くようなことでもないでしょう。十分予測できる範囲内ですね」
二人は何でもないように言う。
いや、おかしくないか?
「いや、なんでそんなに落ち着いているんですか? 無表情に生き物の首を折ったんですよ? 明らかに行動としてはおかしいでしょう」
「まあ、人間にやったら問題かもしれんが、相手は魔物だろう? 別に構わんはずだ」
「というか、そもそも君たちも魔物を殺したりしているのだから、やっていることは彼女と変わらないと思いますが?」
「うぐっ」
二人の言葉に俺は言葉を詰まらせる。
たしかに俺たちだってリュコと同じように魔物の命を奪っている。
その点では確かに同じかもしれない。
だが、それでも全く同じとは認めたくない。
俺はあんな無表情で魔物の首を折ることなんてできるはずがないからだ
そんな俺に二人は呆れたような表情を浮かべる。
「あんな化け物じみた力を持った君がなんでそんなことを言うんだ? 俺としては、そっちが驚きなんだが……」
「ええ、そうですね。少なくとも、そんな戦い方をするリュコさんよりは君の方がよっぽど異常だと思いますが……」
「俺の異常は能力的な異常でしょう? 精神的な異常ではないです」
「ほう、それはリュコさんが精神的に異常だということか?」
俺の言葉にガルドさんが睨んでくる。
おそらく、リュコを侮辱するような言葉が気に食わなかったのかもしれない。
まあ、心がまっすぐな彼からすれば、嫌な言葉なのかもしれない。
「別に普段のリュコがおかしいとは言っていません。俺が言いたいのはオークジェネラルとの戦いのときだけ、あの行動は普通の精神状態ではできないでしょう?」
「ふむ……」
ガルドさんは顎に手を当てて、考え込む。
俺の言葉にどうやら納得してくれたようだ。
流石に自分のメイドを侮辱するような主人だと思われるのは嫌だったので、本当によかった。
少し考えて、ガルドさんが口を開く。
「グレイン君」
「はい?」
「君は肉は好きかい?」
「肉ですか? もちろん好きですが……」
ガルドさんの質問の意図が分からず、答えながらも思わず首を傾げてしまう。
俺は別にベジタリアンではないので、普通に肉を食う。
野菜より肉の方が好きかもしれない。
だが、どうしてここでそんな質問をされるのか理解できなかった。
そんな俺にガルドさんは話を続ける。
「君は肉がどのように作られるか知っているか?」
「もちろんですよ。言い方は悪いかもしれませんが、生きた動物を殺しているんですよね?」
ガルドさんの言葉に俺はそんな返事をした。
なんだ、馬鹿にされているのか?
俺はそんなことも知らないような常識知らずだと思われているのか?
異常だからと言って、常識知らずとは限らないだろう。
そんな俺にガルドさんはさらに質問してきた。
「では、そんな動物を殺す人間に感情があったらどうなる?」
「……っ!?」
ガルドさんの言葉を聞いて、少し考えると俺はある結論に辿り着いた。
そんな俺の表情を見て、ガルドさんはニヤリと口角を上げる。
「どうやらわかったようだな。人間の血となり肉となる食材に対して、いちいち可哀そうだとか感情を持つことは悪いとは言わないが、無駄であることは確実だろう。いや、むしろ邪魔だと言っても過言ではないはずだ」
「……そうですね」
「そして、オークジェネラルは我々冒険者にとっては獲物であり、それを殺すことに対して罪悪感を持つ必要はない。むしろ、人に危害を加える前に駆除しているのだから、むしろ誇らしく思ってもいいはずだ」
「……」
ガルドさんの言葉に俺は何も言えなくなる。
俺は思わず顔を覆いたくなった。
周りがおかしいと思っていたのだが、これは俺自身がおかしかったのか……
自分には周囲にはない知識があるからこそ今までは自分の尺度で物事を考えていたが、今回は俺の方が間違っているようだ。
本当に恥ずかしい。
「分かったか? 別にリュコさんはおかしくないということだ」
「……はい」
ガルドさんの諭すような言葉に俺は肩を落としながら答えた。
まさか、この世界でこんなことになるとは……
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