2-12 死んだ社畜は森に行く (追加)
「お前たち、ちゃんとついて来ているか?」
「ええ、もちろんよ」
「大丈夫だよ」
アレンの質問にアリスと俺は何でもないとばかりに答える。
現在、俺たちはカルヴァドス男爵領の中にある森の中を駆けていた。
この森は人族、獣人族、魔族の三つの国のちょうど境目に存在している場所で、この辺りを領地としているカルヴァドス男爵家が管理を任されているのだ。
たかが森に管理の必要があるのか疑問に思うかもしれないが、これは絶対に必要な役割だったりする。
なんせこの森の中には強力な魔獣や魔物たちがうじゃうじゃといるからだ。
魔獣や魔物には以前にも説明した通りランク付けがあり、普通にその辺にいる魔物は低級から中級、ごくたまに上級の魔物が現れることがある程度という認識だ。
それ以上の魔物については数十年から数百年に一度現れるかどうかといういわば噂レベルの存在だったりする。
つまり、一般的な冒険者が相手するのは初級から中級がほとんどということだ。
だが、この森にいる魔獣や魔物は最低でも中級──しかも、幼生体の時点でそのランクに位置している。
その幼生体が成体になった時点で上級の魔物になる可能性が高いというわけだ。
上級の魔物は普通の冒険者が相手することは難しい。
ベテランの冒険者がパーティーを組んで戦ったとしても、無傷で討伐することが難しいとさえ言われているぐらいだ。
魔物や魔獣たちは討伐しないと数がどんどん増えていき、森から出てきて人里を襲ったりするので、定期的に討伐を行わないといけない。
しかも、こんな田舎ではベテランの冒険者など集めるほどいない。
なら、この辺りはどうやって安全が保たれているのかというと、それはアレンの存在である。
アレンは男爵を叙爵する前は凄腕の冒険者だったらしく、たった一人で上級の魔獣を倒すことができる数少ない冒険者の一人だったらしい。
アレンは領主の仕事としてこの辺りの安全を保つため、定期的に森で魔獣たちを討伐しているのだ。
ちなみに普段はエリザベスかクリスのどちらかを連れて行ったりしている。
なぜなら、いくらアレンが一人で上級の魔物を倒せるからと言って、一人で行かせるのは危険だからだ。
だが、現在二人は妊娠中のため、ついてくることができない。
そのため、今回は俺とアリスが二人の代わりにアレンについてきたのだ。
「まさか簡単についてくるとは思わなかったな。いくらスピードを落としているとはいえ……」
「それは毎日お父さんに訓練してもらってるからね。これぐらいだったら、どうってことはないよ」
「まあ、ついていけないスピードじゃなかったよね」
俺たちは走りながらそんな会話をしている。
普通ならありえない行動だろう。
なんせジョギングのスピードで走っているのならまだしも、まるで短距離走をしているようなスピードで走っているのだから地球ではありえない光景だろう。
まあ、これも魔法のおかげである。
身体能力を強化することで走るスピードを上げ、その分だけ会話に意識を持っていくことができるわけだ。
といっても、アレンだけは純粋な身体能力だけでそれをやっているみたいだが……
自分の父親ながら化け物じみているな……
「ふむ……この辺りか?」
「え?」
「どうしたの?」
アレンが急に立ち止まり、俺たちも同じようにその場に止まる。
なぜ急に彼が動きを止めたのかわからなかったからだ。
だが、すぐにアレンは止まった理由を説明する。
「地面をよく見てみろ」
「「え?」」
父親の指示に俺たちは地面を見る。
そこにはただの地面しかないのだが……
葉っぱや枝が落ちていることと動物の足跡がある以外何の変哲もないように思うけど……
いや、一つだけ気づいたことがある。
「なんか、ものすごく荒れている?」
俺はこの辺り一帯が異様に荒れていることが気になった。
いや、自然の中なので整理整頓されている方がおかしいのだが、それにしても異常に荒れていることに気が付いたのだ。
魔獣たちがこの辺りを通ったのであれば足跡があったり、土が掘り起こされたりしていてもおかしくはないのだが、ただただ通ったように見えないのだ。
そんな俺の言葉にアレンは頷く。
「ああ、そうだ。普通に魔獣たちが生活している分にはこれだけ荒れることはない。おそらくこの辺りで魔獣が暴れたのだろう。しかも、これはかなりでかい個体だな……」
「そうなの? どれぐらい大きいの?」
アレンの言葉にアリスが興味を示す。
今まで魔獣とあったことがないため、気になったのだろう。
そんなアリスの質問にアレンはあっさりと答える。
「大体、屋敷の部屋の一室ぐらいの大きさだな。おそらくこの森の中にいる魔獣だと【グレートヒポポタマス】といったところだろうか?」
「へっ!? そんなに大きいの?」
アレンの答えにアリスがかなり驚いている。
それもそうだろう。
彼女としてはたかだか数メートル程度の大きさの魔獣を想定していたのに、まさか部屋で表現されるほど大きいと答えられるとは思っていなかったようだ。
だが、俺はアレンの答えに納得することができた。
それぐらい大きな魔獣が動き回っているのだったら、この辺りがこれほど荒れていてもおかしくはないだろうからな。
ちなみに【グレートヒポポタマス】というのはカバ型の魔獣のことである。
大きさは大体アレンの言った通りの大きさであり、その巨体を使った突進は王都の城壁すらも易々と壊すほどの衝撃らしい。
ちなみに地球のカバと同じように草食動物らしい。
しかし、そこで気になることが一つ。
「どうして、その魔獣は暴れているんだろう?」
「それはわからん。だが、この森に何らかの異常があることは確実だ。とりあえず、その原因を取り除かないと……」
「なるほど……それで、これからどうするの?」
アレンの答えに俺は今後の予定を聞く。
何が起こっているのかわからない状況では俺たちに何ができるのかわからない。
いや、むしろ何もできない可能性の方が高い。
ならば、アレンの指示に従わないといけないわけだ。
「とりあえず、お前たちはできる限り俺から離れるな。だが、魔獣が現れたら、俺の位置をギリギリ確認できる距離まで離れろ」
「どうして?」
アレンの指示にアリスは首を傾げる。
どうやら彼女はアレンの指示の意図を理解できなかったようだ。
まあ、アレン同様に脳筋で、まだ実戦経験もほとんど詰んでいない彼女ならば仕方のない事なのかもしれない。
そんな彼女に俺は説明をすることにする。
「屋敷の一室ぐらい大きな魔獣が暴れているんだよ? だったら、それと父さんが戦うわけだから、この辺り一帯が危なくなるわけだよ」
「……あっ、そういうことか」
俺の説明にアリスは少し考えた後、納得する。
おそらく部屋ぐらいの大きさの魔獣を想像し、それが暴れまわる姿を想像したのだろう。
まあ、普通に考えればわかることだろう。
(ズウウウウウウウウウンッ、ズウウウウウウウウウウウンッ)
と、そんな会話をしていると、不意に地面が揺れるのを感じた。
「……どうやら来たようだな」
その地響きを感じたアレンは少し離れたところを睨み付けるように見る。
俺たちも同じようにそちらを見るが、少し離れたところから木々が折れるような音と共に何かが駆けてくる音が聞こえてきた。
いや、「駆けてくる」というのは表現として間違っているかもしれない。
とりあえず、立った状態をキープするのが難しいぐらいの地響きをこの距離でも感じるぐらいだ。
果たしてこれを「駆けてくる」と表現していいものだろうか?
まあ、今はそんなことを気にしている状況ではない。
「お前たち、離れていろ。今から少し暴れてくる」
「「うん、わかった」」
アレンの指示に俺たちはあっさりと頷く。
父親の真剣な表情から従わないといけないと思ったのだ。
そして、俺たちが了承したのを確認すると、アレンは足に力を入れて一気に駆けだした。
そんな彼の進路に巨大な影が現れた。
『ブオオオオオオオオオオオオオオオッ』
「うおおおおおおおおおおおおおっ」
巨大な影は大きな雄叫びを上げながら現れ、縦横無尽に暴れまわっていた。
その暴れまわる影に向かって、アレンは勢いよく大剣を振るった。
だが、そのアレンの攻撃に気が付いた影はその巨体に見合わない俊敏な動きで大剣を回避する。
こうしてアレンと魔獣──【グレートヒポポタマス】との戦闘が開始した。
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