7-15 死んだ社畜の兄は情報を精査する
「さて、入るとするか」
いつまでも洞窟の前にいても意味がないので、とりあえず中に入ることにする。
入り口付近は暗くはなかったが、流石に少し歩くと暗くて周囲が見えなくなってしまった。
なので、俺は小さな火の球を浮かべる。
もちろん灯り代わりである。
このメンツで俺以外に灯りを生み出せる人間がいないためだ。
シリウスとアリスは氷魔法しか使えないし、ティリスはそもそも魔法を使うことが出来ない。
レヴィアは炎魔法が使えず、リュコは一応炎魔法を使えるが細かい操作ができない。
というわけで、俺しかいないわけだ。
まあ、この程度のことで俺は文句を言うつもりはない。
そもそもすべてを兼ねそろえた完璧な人間などいないのだ。
人間と言うのは集団になることで自分に足りないものを補い、自分の力で他者の足りないものを補うべきなのだ。
「……しめっぽいわね。洞窟だからかしら?」
「なんとなく嫌な気分になってくるな。嫌な臭いが鼻にくるし……」
歩きながらアリスとティリスがそんなことを呟く。
おそらく現状の自分たちが感じていることを呟いているのだろう。
何を感じたのかを伝えるのはさほど悪い事ではない。
むしろ仲間と情報を共有するという点では、優れていると言えるかもしれない。
だが、敵がいつ出てくるかわからない状況下でこのように話すことはあまりいいとは言えない。
この会話を聞いて、俺たちの侵入に気付かれる可能性があるからだ。
まあ、相手は魔物だし、俺がいるのでさほど問題にはならないだろうが……
とりあえず、これはガルドさんへの報告案件だな。
「……止まって」
「ん?」
何かに気が付いたようで、シリウスが全員に指示を出した。
その指示に従い、全員がその場に留まった。
全員がシリウスに視線を向ける。
「そこ……糸が張ってあるよ」
「「え?」」
シリウスの言葉にアリスとティリスが驚く。
彼が指さした先──アリスとティリスが通り過ぎようとした場所には一本の糸が張ってあったからだ。
おそらく罠か侵入者を知らせるためのものだろう。
オーク種は脳筋だと思っていたが、こういうことが出来るぐらいの知能はあったようだ。
俺は知っている情報に追加しておいた。
しかし、まさかこのような物があるとは思わなかった。
張ってある糸はそこまで細いものではなく、普通であれば見逃すことはない物だった。
しかし、洞窟の中という暗闇の中では見落としてしまいかねなかった。
現にアリスとティリスは気づくことはなかった。
二人はその身体能力と知覚能力から動くものに対する感覚は非常に優れているが、今回のような動かない設置物については人並みにしか感じられていない。
一番前を歩く以上、こういうのを率先して見つけられるように訓練するべきかもしれないな。
あと、シリウスには高い評価を与えるとしよう。
そして、俺たちは張ってある糸に触れないように越え、そのまま奥へと進んでいった。
そのまま歩くこと3分、先ほどのような罠に出会うこともなく、奥に灯りが見えた。
耳を澄ませると、何やら声が聞こえる。
といっても、人間ような言葉ではなく、どちらかというと鳴き声のように聞こえるが……
おそらく目的地だろう。
「……私が確認してくる」
この中で一番知覚能力が突出しているティリスが灯りの近くまで進んだ。
そして、岩壁に身を隠しながら、こっそりとその先を覗き込んだ。
そして、20秒ほどじっくりと見てから、こちらに戻ってきた。
「いろんな武器を持ったオークが30体、それよりも少し大きめのオークが3体──普通のオークの2倍近い大きさのオークが1体いたわ」
「なるほど……普通のオークにハイオークだな。そして、報告通りのオークジェネラルもいるようだ」
ティリスの報告に俺はそう結論付けた。
クエストに書かれている以上いるとは思っていたが、しっかりと自分たちで確認することが出来てよかった。
まあ、俺がやるのはここまでだ。
あとはシリウスたちに任せよう。
「オークジェネラルはどんな見た目だった?」
「体格はさっき言った通りよ。でも、普通のオークたちとは違って、なぜか大きめの武器を複数個背負っていたわ」
「背負っていた?」
ティリスの説明にシリウスが考え込む。
相手の姿にどのような意味があるのかを考えこんでいるのだろう。
何の知識もない状態で戦う前には、相手の姿からどのような事があるかを想定しないといけないからだ。
そして、そこからシリウスがある結論に辿り着く。
「……もしかすると、複数の武器を扱うことが出来るのかもしれないね。普通のオークは各々の武器しか扱えないのに対して、オークジェネラルは複数の種類の武器を扱うことが出来るかもしれない」
「そう考えるのが当然かもね」
どうやらシリウスは結論に辿り着いたようだ。
たしかにシリウスの言っていることは正しい。
オークジェネラルは数々の戦闘を経験し、あらゆる武器を使うことができるように進化したオーク種のことだ。
当然、いろんな武器を使えることで普通のオークよりも強くなっている。
だからこそ、多くのオークを従えることができるようになっているのだ。
だが、実はそれだけでは半分しか正解できていない。
さて、ここから正解を導けるだろうか?
と、ここでレヴィアが手を上げる。
「ちょっといいかしら?」
「どうしたの?」
レヴィアの言葉にシリウスが質問する。
少しでも多くの情報が欲しいと思っていたのだろう、シリウスは否定することなく話を促した。
自分勝手なリーダーの場合は自分より弱い奴の意見を聞こうとせず、自分の思い通りに事を動かそうとしがちだ。
だが、シリウスはそんなタイプではないので、しっかりとレヴィアの話を聞こうとしているのだ。
この点は高い評価を与えられるな。
「ちょっと気になったんだけど、この先から少しだけど魔力を感じるの」
「魔力を?」
「ええ。あくまでも少しだけど、魔力を感じることが出来るわ」
「それはオークの中に魔法を使えるものがいるということかな?」
「……かもしれないわね。とりあえず、用心することに越したことはないわね」
「……わかった」
レヴィアの報告にシリウスが頷く。
おそらくレヴィアの報告を信じることにしたのだろう。
それで正解である。
未知の情報で正解かわからなくとも、きちんと念頭に置くことは大事だ。
もし本当だった場合、信じずに対策を練っていなかったら大変なことになるからだ。
やはりシリウスはリーダーとしての素質はあるようだ。
そして、シリウスは少し考えこんだ。
一分後、顔を上げたシリウスが全員に指示を出す。
「とりあえず、まずは僕とレヴィアでオークたちの動きを止めるように魔法を放つ。できるよね」
「ええ、もちろんよ」
シリウスの言葉にレヴィアが頷く。
次いで、シリウスがアリスとリュコに視線を向ける。
「アリスとリュコはオークとハイオークをどんどん倒してくれるかい?」
「わかったわ」
「わかりました」
シリウスの指示に二人は頷く。
そして、最後にシリウスはティリスに視線を向ける。
「ティリスは一番負担が重いかもしれないけど、オークジェネラルの相手をして欲しい」
「あら? 一番の手柄をアタシに与えてもいいの?」
シリウスの指示にティリスがそんなことを言った。
だが、そんな彼女の言葉にもシリウスはあっさりとした返事で答える。
「倒すことが出来るんだったら、それでも構わないよ。でも、オークジェネラルはおそらくかなりの強敵だ。倒すことが出来なくても仕方がないかもしれないから、とりあえずアリスとリュコがオークたちを倒すまでの時間を稼いでくれないか?」
「……わかったわ。でも、倒してしまうかもしれないわよ?」
「期待しておくよ」
「……」
シリウスの言葉にティリスは何も言うことが出来なかった。
おそらく何か言って欲しかったのだろう。
ティリスだって、流石に自分一人で倒すことが出来るとは思っていなかったのだから……
「じゃあ、早速行こうか。準備はいいかい?」
「「「「もちろん」」」」
シリウスの言葉に四人がはっきりと返事をした。
こうして冒険者となって初めての戦闘が始まる。
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