7-14 死んだ社畜は提案を受ける
「……ここだな?」
巨大な岩壁をくりぬいてできたような穴──洞窟の前で俺は思わず呟いた。
穴の入り口は直径5mほどだろうか、大の大人が数人で入ることが出来るぐらいの大きさだった。
そして、入り口から奥を見てみたが、はっきりと確認できないほど暗かった。
おそらくかなりの距離があるのだろう。
「なんか雰囲気があるわね」
「ああ、嫌な臭いもするしな」
アリスとティリスもそんなことを言った。
アリスは洞窟の奥から感じる不穏な空気に、ティリスは何らかの匂いを感じたのだろう、真剣な表情を浮かべていた。
「どうやら当たりみたいだね。この足跡を見てよ」
「大きいですね。これって、ティリスのお父さんの数倍大きいんじゃないかしら?」
シリウスの言葉を聞き、レヴィアがそんなことを呟いた。
二人が見ているのは、地面につけられた幾つもの足跡だった。
そこにあったのは数多くの足跡で大小様々な大きさがあった。
といっても、ほとんどが大人の男性より少し大きいぐらいではあった。
しかし、明らかにいくつか大きさがおかしいものがあった。
それは先程レヴィアが行っていたティリスのお父さん──つまり、リオンの数倍の大きさの足跡である。
リオンは俺たちの知り合いの中で一番体格が良い。
おそらく次点となっているアレンとは身長だけで五センチ近く、体重も十数キロ程度違うと思われる。
それほどでかいリオンと比べても大きいのだ。
それだけで異常であることが理解できるはずだ。
当然、こんな足跡をつける生物が人類であるはずがない。
「どうやらここにオークジェネラルがいるのは確実だな」
俺は穴の奥を睨み付けながら、そう呟いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
事の発端は二日前、俺たちが冒険者として登録した日まで遡り──
「オークジェネラル? たしかCランクの魔物でしたよね?」
紙に書かれている魔物の名前と姿を見て、俺はそう言った。
実際に出会ったことはないが、魔物図鑑を呼んだことがあったので存在は知っていた。
たしかオークの一種であり、現在確認されている中で二番目に強い種類だったはずだ。
一番強いオークキングはBランク、その一段階下のCランクに位置付けられているのがこのオークジェネラルだったはずだ。
ちなみにその下のDランクにはハイオーク、Eランクにはレッドオーク・ブルーオークと呼ばれる通称【色オーク】と呼ばれる種類がいる。
それより弱いが同じEランクに普通のオークもいる。
とりあえず、新人冒険者がいきなり相手どるにはなかなか骨が折れそうな相手だということだ。
「正確に言うと、限りなくBランクに近いCランクと言ったところかな? 膂力だけならBランクどころかAランクの魔物にも引けを取らないからな」
「要は力だけの馬鹿ということでしょう? だから、Cランクから上に上がることが出来ない魔物なんですよね」
ガルドさんの説明に俺ははっきりと言った。
魔物と言っても、自然界に生きている以上食物連鎖に組み込まれている。
食物連鎖は弱肉強食の世界であり、一見すれば身体能力の高いオークジェネラルは上位に位置すると思われがちだ。
しかし、自然界と言うのはそう簡単ではない。
一撃で相手をのすことのできる膂力があっても、それを活かすことのできる頭がなければ身体能力の劣る下位の生物にも負けることがあるのだ。
なので、俺はそこまで脅威には思えないが……
「その膂力が問題なんだ。たしかに自然界を生き抜くためには力だけではなく、頭が必要になってくるだろう。だが、一旦戦闘になれば、その膂力で決着をつけることはさほど難しい事ではない」
「まあ、そうでしょうね。ですが、力だけの馬鹿に俺は負けるつもりはないですよ?」
ガルドさんの説明に納得しつつも、俺は笑顔で答えた。
正直なところ、俺が負ける姿は想像できない。
頭の中で戦闘の状況をシミュレートし、ありとあらゆる予想外の出来事を考えてみたが、どんな状況に陥っても俺が負けることはあり得なかった。
それを理解していたのだろう、ガルドさんが追加で情報を伝えてきた。
「このクエスト──いや、Cランクの討伐についてはグレイン君は手を出さないでもらおう」
「……どうしてですか?」
ガルドさんの言葉に俺は思わず聞き返していた。
それは当然だろう。
このクエストは新人である俺たちに経験を積ませるために与えられたものである。
それなのに、新人である俺に戦うな、というのはどういう了見だろうか?
思わず睨みつけてしまう。
そんな俺の視線にガルドさんはひるんだ様子もなく答える。
「それはもちろんCランクの魔物程度、グレイン君なら一人で簡単に倒すことが出来るからだ。たとえ、それが限りなくBランクに近いオークジェネラルだったとしても、だ」
「まあ、そうでしょうね」
「それは残りのお嬢さんたちにとっての経験にならない。ならば、Cランクのクエストではグレイン君は戦闘に不参加にしてもらった方が良い経験になるわけだ」
「……なるほど。でも、それだと俺が手持無沙汰になるんですが?」
ガルドさんの言っていることはわかる。
だが、それだと俺が暇になってしまうこともまた事実である。
それについてはどうするつもりなんだろうか?
そんな俺の疑問にガルドさんが右手の人差し指を上に立てた。
「一つ、頼みたいことがある」
「なんですか?」
ガルドさんの言葉に俺は聞き返す。
まさか頼み事とは思わなかった。
果たしてどんな難題を押し付けられるのだろうか?
「グレイン君には彼女たちの戦いを見て、その良いところ悪いところを指導してほしい」
「……それだけですか?」
そこまで難しくない内容だった。
もともとシリウスたちの指導は俺がするつもりだったので、言われなくてもやっていただろう。
しかし、一体どうしてそんなことを言うのだろうか?
「もちろん、指導したことは後で俺に報告してほしい」
「それはまたなんで?」
「もちろん、君たちの実力を把握するためだ」
「……把握するのは大事だと思いますが、ギルドマスターがそこまでする必要はないと思いますけど?」
ガルドさんの言葉に俺は真剣に質問した。
組織のトップとして、部下の能力を把握することは大事であることはわかる。
だが、それはあくまで上司が部下を自分で指示する時に必要になるときだけである。
今回のように直接指示を出すような間柄でなければ、そこまで意味はないと思うが……
「君たちは特別だ」
「特別、ですか?」
【特別】という言葉に俺は首を傾げる。
確かに俺たちは異常ではあるが、だからといってわざわざ特別扱いをするだろうか?
そんな俺の疑問にガルドさんが肩をすくめる。
「グレイン君からの報告で彼女たちの成長度合いを確認させてもらう。そして、それによってランクを上げていこうと思っている」
「……そんな特別扱いで良いんですか?」
「通常時ならだめだろうな」
俺の質問にガルドさんがそう答える。
彼が言いたいのは……
「今はダンジョンのせいで人がいないから、少しでも多く高ランクのクエストをこなす人材を求めているということですか?」
「ああ、そういうことだ。だから、頼まれてくれるか?」
俺の指摘に否定することなく、あっさりと答えるガルドさん。
そして、そのまま俺に頼み込んできた。
そんな彼の様子に俺はため息をつく。
「わかりましたよ。別に断る理由もないですし……」
「ありがとう。それじゃ、これからよろしくな」
俺が提案を受け入れると、ガルドさんが笑顔になった。
まさか冒険者として登録して、いきなりこんなことになるとは……
まあ、これも仕方のないことかもしれないな。
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