2-10 死んだ社畜は諭される (改訂)
まさかエリザベスとクリスが同時に懐妊するとは思わなかった。
いや、別にあり得ない話ではない。
両親たちは子供が3人いるのにもかかわらず未だに新婚のように熱々だし、妻が二人いる状況でも恋愛結婚であるから上流貴族とかでありそうな家庭内不和などが起こってはいない。
なので、三人が夜にお楽しみをしていることには気づいていた。
たまに夜に喉が渇いて水分を取ろうと食堂に向かう際、両親たちの部屋から艶っぽい声が聞こえたりしていたからだ。
そのときは「お盛んだなぁ」とそんな気持ちしかなかったが、まさか弟か妹ができるとは思わなかった。
この場合、子供は両親に対してどのように言えばいいのかわからなかった。
もし、これが仲のいい親友などが相手だったら、「お盛んだね」とか「昨日はお楽しみだったね」などと言えばいいが、これを4歳の子供が言ったとしたら確実に引かれる。
というか、家族会議は避けられないだろう。
さて、何と言えばいいか……
「とりあえず、おめでとう。それで男の子と女の子、どっちが産まれるの?」
「ふふっ、それは流石に気が早いわよ。まだ妊娠していることに気付いた段階なんだから」
「っ!? そうだったね!」
エリザベスに苦笑されながら否定された俺は恥ずかしさのあまり顔を赤らめてしまう。
現代日本だって生まれる前に子供の性別が分かるようになったのはここ最近なのに、異世界でそのようなことがすぐにわかるはずがない事にはすぐ気づくべきだった。
まさか自分がそんな考えに至らなかったことが恥ずかしかった。
まだ慌てているのだろうか?
「でも、まさか同時に妊娠するとは思わなかったわね」
「……本当に。今までは二人ともバラバラだったから」
「たしかに珍しい話だよね」
エリザベスとクリスの言葉に俺は頷く。
妻が二人いたとしても、その二人が同時に懐妊する可能性は意外に高くなかったりする。
なんせ女性には男性とは違って生理という周期があり、それによって妊娠しやすい時期とそうではない時期が現れてくる。
もちろんその時期は人によってばらばらで、同じ時期に来る人もいるかもしれないが同じ家に住んでいる二人の女性が妊娠しやすい時期が重なる可能性はあまり高くはなかったはずだ。
まあ、できたのだから重なったということだろうが……
「グレインもお兄ちゃんになるのよね。じゃあ、しっかりとしないとね」
「? どういうこと?」
エリザベスの言葉に俺は首を傾げる。
どうして彼女がいきなりそんなことを言ったのか理解できなかったからだ。
そんな俺に彼女は苦笑を浮かべながら説明してくる。
「リュコから聞いているわよ? いろいろと迷惑をかけているそうじゃない」
「……」
「(スッ)」
彼女からの指摘に俺はリュコの方に視線を向ける。
だが、彼女は告げ口をした後ろめたさからか俺から視線を逸らす。
「こら、リュコをいじめない。私が聞いたんだから、リュコは悪くはないわ」
「どういうこと?」
「だって、グレインは目を離すとすぐ問題を起こしそうじゃない。だったら、親としてリュコに話を聞くのが当然でしょ?」
「いや、そんなことは……」
「あの爆発から三ヵ月ほどしか経ってないわよ?」
「うぐっ」
エリザベスの言葉に反論しようとするが、すぐに論破されてしまう。
そういえば、あれは俺がきっかけで起こったようなものだ。
そのことを出されれば、ぐうの音も出ない。
「別に私も子供のことを束縛したいわけじゃないわ。自由に過ごすことでいろいろと学べることもあるしね?」
「……うん」
「でも、だからといって何でも許しているわけじゃないのよ? 子供たちが勝手になんでもやって、取り返しのつかないことになったらどうするの?」
「……たしかにそうだね」
流石は母親と言ったところだろうか、彼女の言っていることはもっともすぎて反論する余地がない。
前世では彼女と同じぐらいの年齢だったはずだが、もし俺に子供がいた場合にこのようなことは果たして言えるだろうか?
いや、言えないはずだ。
まあ、子供どころか妻、彼女すらいなかった身なので、その仮定自体がありえないわけだが……
とりあえず、彼女は親として責任がとれる範囲で俺に行動してほしいのだろう。
「……できるかぎり善処します」
「はい、よろしい」
俺の言葉に彼女は頷く。
俺にしても別に何の目的もなく、いろんなことをしているわけではない。
結果としてリュコに心配をかけることはしているかもしれないが、だからといって取り返しのつかないことをしようとはしていない。
けれど、彼女の言っていることはそういうことではないだろう。
俺がそのつもりでも、結果として取り返しのつかないことになるかもしれないということだ。
まあ、俺も彼女の立場ならば、子供に対してそのようなことを言わなければならないだろう。
ましてや俺の様にいろんなことをしようとしている子供に対しては……
しかし、今日のエリザベスは普段より怒り方が緩やかな気がする。
これも子供ができたからだろうか?
「そういえば、グレインは村に行ってきたんだよな? どうだった?」
と、ここでアレンが会話に入ってくる。
俺が説教されている話の流れを変えるチャンスだと思ったのだろう。
まあ、エリザベスはもともとそこまで怒ってはいなかっただろうが、あまり意味はないと思うが……
「「あっ」」
と、ここで俺とリュコはあることに気が付いた。
アリスの慌てた様子から忘れていたのだが、そういえば屋敷に人を招いていたのだ。
屋敷の玄関まで一緒に来たことは覚えているのだが……
「どうしたの?」
そんな俺たちの様子に問題を起こしたのかと思ったのか、エリザベスの表情が険しくなる。
だが、今はそんなことを気にしている暇はない。
とりあえず、迎えに行って謝罪の言葉を伝えないといけない。
そう思った俺とリュコは来た時と同じように部屋から勢いよく飛び出した。
結果として、モスコは怒っている様子はなかった。
アリスの様子から何が起こっているのかを使用人に聞いたらしく、そこから状況を察することができたようだ。
俺たちが迎えに行ったときはこの屋敷の使用人たちのトップである執事のジルバと世間話をしていた。
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