第六章 閑話15 裏路地の魔道具店のエルフたちは……
とある裏路地にある魔道具店──そこのカウンターで私は久々にやる気を出していた。
「さて、久々に自分の魔道具を作ろうか」
私は背筋を伸ばし、カウンターの上に道具を置いていく。
ここ最近は弟子の教育に時間を割いていたせいで、自分で作ったりすることはしていなかった。
弟子が育つことが嬉しいと思う反面、自分で作れないことに関するフラストレーションがたまってしまっていたのだ。
魔道具を作ることは私にとって日頃のストレスを発散させるための方法の一つなのだ。
なので、久しぶりに魔道具を作ることで溜まっていたストレスを発散し──
「やあ、エルフィア。今、空いているかい?」
「……またあんたかい、エルヴィス」
──ようとした瞬間、嫌な奴に話しかけられた。
王立学院の学長──エルヴィスだった。
相変わらずそのイケメン顔に軽薄そうな笑みを浮かべている。
先ほどまでの楽し気な気分が一気に台無しになってしまった。
「そんな顔をしないでくれよ。君にそんな顔をされると悲しくなってしまうよ」
「……あんたはそんな玉じゃないだろう。それで、何の用だい?」
軽薄な表情に見合った軽薄な言葉に私は吐き気を催す。
本当に昔からこの男のこういうところが嫌いである。
用件があるのなら、とっとと話すべきだろう。
私はできるかぎりこいつと一緒の空気を吸うのは避けたいのだ。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、エルヴィスは本題に入った。
「これの新しい奴をくれないか」
「ん?」
手渡されたのは何度か作った【魔力拘束具】だった。
本来は体内に流れる魔力の循環を阻害することで魔法使わせなくするための魔具なのだが、この男は全く別の使い方をしている。
自分の肝いりの生徒に着けさせ、魔力の循環に負荷を与えることで鍛えているのだ。
魔道具のプロの私から見てもおかしな使い方をしていると思っているが、意外にこれが効果があるらしい。
これで効果が出せるのは、その生徒自身もよっぽどおかしな生徒なんだろう。
だが、私は拘束具を見て、あることに気が付いた。
「あんた、これはどう壊れたんだい?」
「え?」
「明らかにこの壊れ方は異常だ。今までは魔力の循環の負荷に耐えることが出来なかったから壊れていた。でも、これは明らかに無茶をした壊れ方だよ」
「ほう、流石は魔道具のプロだな」
「冗談言っている場合じゃないよ。そんなことをしたら、本人にどんなダメージがあるかわからないんだ。その子は大丈夫なのかい?」
私は真剣な表情で問いかける。
自分が作った者のせいで誰かが傷つけられるのが嫌だからだ。
ちゃんとした使い方をしないようなら、今後は渡さないようにするつもりだ。
だが、そんな私の剣幕など気にした様子もなく、エルヴィスはあっさりと答える。
「もちろん大丈夫さ」
「本当かい? だが、明らかにこの魔道具がここまで壊れているのは明らかに異常だ。普通の人間が一気に放出できる魔力を超えているはずだけど?」
「まあ、普通じゃないからね」
「……本当にそれは人間なのかい?」
あっさりとしたエルヴィスの言葉に私は怪訝そうな表情を浮かべてしまう。
正直なところ、エルヴィスの話の真偽について私は半信半疑になってしまっている。
いや、こいつがこんな軽薄そうな雰囲気の癖に嘘をほとんどつかないエルフであることは理解している。
だが、それでも明らかに言っている内容が常軌を逸しているのだ。
信じろ、という方が難しい。
「まあ、私が教える前からおかしな子だったから、私が指導を始めたらよりおかしくなるのは当たり前だろう」
「……それは自分で言うことなのかい?」
「まあ、否定しても仕方がないからね。といっても、私もここまですごい事になるとは思わなかったよ」
「……あんたにそこまで言わせるとは、よっぽどすごい生徒なんだな」
エルヴィスの言葉に私は思わずそう呟いてしまった。
この男の実力はこの世で一番私が理解していると言ってもいい。
そんなエルヴィスがここまで言うのだから、その生徒が異常であることも理解できた。
しかし、それならば言わなければいけないことがある。
「だが、これ以上の魔力拘束具は使わない方が良いな」
「ん? どうしてだい?」
「これだけ魔力拘束具を派手に壊すことが出来る魔力を持っているうえに一気に放出することが出来る技術を持っている。つまり、体内に爆弾を有しているようなものだ。そんな危険なことは製作者としてはさせられない」
「ふむ……そんなに危険なのか?」
「ああ。そもそもこの魔道具が壊れたとき、どれだけの衝撃が起こった?」
「……訓練所全体にかなりの衝撃が広がっていたな。私の魔法がなければ、倒壊していたかもしれない」
「そういうわけだ。さらに強い負荷をかければ、より強い衝撃が起こるわけだ」
「なるほど。それならば、これ以上の負荷は与えない方が良いな」
私の説明にエルヴィスは納得する。
普段は私の言葉など冗談ばかりに受け流す癖に、こういう時にはしっかりと話を聞く。
生徒の安全を大事にしている証拠だ。
その気持ちの一部でも普段の態度に反映してくれればいいものを……
そんなことを考えながらも言うことが出来ないので、私は気になることを質問する。
「しかし、あんたはどうしてその子をそんなに鍛えているんだい? 明らかに過剰に鍛えすぎだと思うんだけど……」
「それはもちろん私を倒せるぐらい強くなってもらいたいからさ」
「あんたを倒す? そんなこと、人類にできるはずないだろう」
エルヴィスの言葉に私は思わずそんなことを言ってしまう。
エルヴィスはこの世界の生物の中でトップクラスに強く、人類では並ぶ者がいないほど強いはずだ。
冒険者の中でも英雄に近い扱いを受けている【巨人殺し】、【百獣の王】、【大魔導士】の三人でも単騎で挑めば勝つことが出来ないだろう。
それほどまでに強いエルヴィスに一生徒が勝つことが出来るとは思わないのだが……
「いや、私は非常に期待しているんだよ。なんせ、彼はこの前の戦いで成長したからね」
「成長?」
「ああ、負けを知ったんだ」
「……それがどうして成長なんだい?」
エルヴィスの言葉の意味が分からない。
私は思わず問い返してしまった。
だが、そんな私の反応にエルヴィスはニヤリと笑みを浮かべた。
「人というのは負けを知ることで強くなることが出来るのさ。まあ、戦わないエルフィアにはわからないことかもしれないけどね」
「……安心しな。しっかりと理解しているよ」
「え? そうなのかい?」
私の言葉に驚くエルヴィス。
どうしてあんたがそんなに驚く。
私に対して常に敗北感を与え続けていた張本人の癖に……
まあ、そんなことを言うことはできないので、心の中に留めておく。
「とりあえず、その子が期待できるのはわかった。だが、あんまり無茶をするんじゃないよ」
「わかっているよ。将来を期待できる子なんだから、壊すようなことはしないさ」
「それは当り前さね。だけど、あんたは昔から楽しいと思い出したら、徹底的にやるタイプだったろう。いざ戦い始めたら、その子を壊すまで戦いを止めない気がしてね」
「……」
「おい」
私の指摘に自覚があったのか、エルヴィスが目線を逸らす。
まったく……こういうところはいつまでも成長しない。
私は大きくため息をついた。
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