第六章 閑話9 雷装の少女は自覚がない 1
「ブモォッ!」
牛顔の魔物が胸を反らしながら声を上げる。
それはさながら勝利を確信したように高笑いしているようだった。
言葉が通じない相手ではあるが、生物である以上なんとなくその動きの意味を理解することはできた。
女の私で理解できたのだ、同じような筋肉を持つ男性陣はもっとしっかりと理解しているようで……
「ミノタウロス風情がっ!」
「舐めるんじゃねえよっ!」
男性陣はそれぞれの武器を構え、ミノタウロスに攻撃を加えるべく駆けだした。
だが、それは悪手である。
ミノタウロスが狙ってやったのかはわからないが、少なくともこの状況でミノタウロスに向かっていくのだけは間違っていた。
「ブモウッ!」
「なっ!?」
「ぐっ!?」
ミノタウロスは近づいてくる男性陣に対して、持っていた斧を勢い良く振るった。
ミノタウロスの身長は大体私の二倍ほど──3mを超えており、斧の長さもそこからミノタウロスの頭一つ分ぐらい長かった。
当然、それほどの斧を振り回せば、かなりの威力になるだろう。
そんな重量のものを振り回せるのかということについても、ミノタウロスは身長に見合った以上の筋肉があり、軽々と振り回していた。
そんなわけで、いくらうちの男性陣が鍛えていたとしても、ミノタウロスの斧が直撃されれば、なす術もなく吹き飛ばされるしかないわけだ。
「ブモオオオオオオオオオオオオオッ」
うちの男性陣を吹き飛ばしたことで、ミノタウロスは高らかに叫んだ。
勝利の雄叫びだろうか?
まあ、ミノタウロスがそんなことを思うのは仕方のないことかもしれない。
なんせ、すでに残っているのは明らかに男性陣よりも弱そうな女性陣だからだ。
もちろん、あの二人に比べれば、この二人は明らかに弱そうに見える。
しかも、男性陣とは違って、攻撃するための武器も身を守るための鎧も身に付けていないのだ。
ミノタウロスも相手になると思っていないだろう。
当然、そんなミノタウロスの次の行動は私たちを殺すためにこちらに向かってくることだった。
流石にいくらミノタウロスが大柄でも10m以上離れている私たちに攻撃を与える手段は持ち合わせていない。
いや、一応斧をぶん投げればこちらに攻撃できないこともないだろうが、それはその時点でミノタウロスが武器を手放すことになってしまう。
ミノタウロスは武器を持っていなくても十分強いのだが、流石に自分の身を守るための武器を手放したいとは思っていなかったのだろう。
だが、自分の勝利を疑ってはいないようで、その表情には笑みが浮かんでいた(と思われる)。
そんな表情でこちらに近づいているようだったが、その表情が曇った。
驚くミノタウロスが自身の足を見ると、なぜか両足がくるぶしのあたりまで埋まっていたのだ。
そんなことになってしまえば、当然ミノタウロスといえども動くことはままならない。
しかも、埋まっている部分が徐々に増えてきており、10秒も経った頃には膝の下まで埋まっていた。
それに気が付いたミノタウロスは焦っていた。
このままでは自分の命が危ない、野生の勘でそう感じたのだろう。
だが、すでに遅い。
(ダッ)
私はミノタウロスが動けなくなったのを確認し、その場から駆けだした。
もちろん、ミノタウロスに向かってである。
本来であるならば、私がこうやって動くことはなかった。
だが、男性陣がやられてしまっているので、仕方なく私が出張っているのだ。
そんなことを思いながら、私はミノタウロスを睨み付ける。
「ブモッ?」
近づく私の気配と殺気に気が付いたのか、ミノタウロスが驚いたような表情を浮かべる。
だが、近づいてくるのが私一人であることに気が付くと、あからさまにほっとした表情を浮かべていた(ような気がする)。
ちょっとイラッとした。
すでに太腿のあたりまで埋められている分際で、なんでそんな表情ができるのだろうか?
こいつはもしかすると、野生の厳しさを知らずに生きていたのかもしれない。
まあ、そんなことは私の知ったこっちゃないんだけど……
とりあえず、そんな私に向かってミノタウロスは斧を構える。
下半身を埋められているので、本来の力を出すことはできない。
だが、それでもミノタウロスの力があれば、人一人を簡単に殺すほどの威力で斧を振ることはさほど難しくはない。
しかも、相手が私のような人間の女だ。
これで十分だと思ったのだろう。
埋められていることについては、私を殺してからでも十分に考えられると思ったのだろう。
振るわれた斧が駆けてくる私に近づいてくる。
このままでは私の頭と体がお別れになってしまうだろう。
しかし、私がそんなことをさせるわけがなかった。
「【エレクトロアーム】」
(シュッ)
(ブウウウウウウウンッ)
「ブモウッ!?」
いきなり目の前から私の姿が掻き消え、斧が空振りしたことでミノタウロスの顔に驚きの表情が現れた。
それはそうだろう。
目の前から私の姿が消えただけであれば、自分の武器で吹き飛ばした可能性もあるだろう。
しかし、明らかに斧に当たった手ごたえがなかったのだ。
そうであるならば、斧に当たって吹き飛ばされたという可能性はほとんどない。
回避されたと考える方が妥当である。
そう思ったミノタウロスは慌てて周囲を見渡す。
しかし、すでに腰のあたりまで埋まってしまっているせいか、完全に周囲を見渡すことが出来なかった。
自身の後ろ90度ほどは確認ができなかった。
当然、私はそこを狙う。
「【エレクトロストライク】」
「ブモオオオオオオオオオオオオオオッ」
私の手がミノタウロスの体にめり込んだ。
そこから電気が流れ、ミノタウロスが悲鳴を上げる。
攻撃が通じている、それは理解できた。
しかし、私は心の中で舌打ちをしていたからだ。
なぜなら、明らかに私の手はミノタウロスにダメージを与えていなかったからだ。
このダメージのほとんどは私の放出した電流だ。
それも私の力ではあるので、私が与えたダメージであることは確実だ。
しかし、私はこの手によるダメージも期待していたのだ。
結果として、失敗だったけど……
「ブ、ブモ……」
ミノタウロスは力なく下を向いてしまった。
持っていた斧をその場に落とし、両手も力なくだらんとさせていた。
もうすでに息も絶え絶えだろう。
だが、私は最後まで油断しなかった。
とどめを刺すために最後まで全力で戦うのだ。
(タッ……ガシッ)
地面を軽く蹴り、少し跳躍する。
そして、ミノタウロスの角を掴んだ。
そのまま両足でミノタウロスの首を絞める。
貴族令嬢としてはあまり褒められた動きではないが、今の私は貴族令嬢ではない。
ただの女冒険者である。
そんなことを思いながら、私は全身の力を右に傾ける。
ミノタウロスの頭を中心に右回転するのだ。
(グキッ)
「モッ!?」
首の骨を折られたミノタウロスは断末魔の声を漏らし、その場に倒れた。
倒れたミノタウロスに二発ほど電流を流してみたが、ミノタウロスの体が動くことはなかった。
これは完全に絶命しているだろう。
それを確認し、私は全身の力を抜いた。
「ふぅ……」
やはり戦いとは緊張するものである。
ミノタウロスは私たちパーティー単位で考えるのであれば、そこまで強い相手ではなかった。
だが、それでも一人で相手することは難しい相手であったし、下手をすれば命を落とす危険性があった。
現に男性陣は何も考えずに簡単に吹き飛ばされていた。
普段から鍛えているあの二人が死んでいるなんてことはないが、それでも無傷ということはあるまい。
とりあえず、後で説教することは確定だ。
「やったわね。流石だわ」
力を抜く私にもう一人の女性──サンドラが話しかけてきた。
先ほどミノタウロスを埋めたのは彼女の魔法だった。
彼女の土魔法は攻撃にはあまり向いていないが、相手の動きを阻害したりすることについてはかなりのレベルだと思っている。
そのおかげで私は安全にミノタウロスを倒すことが出来たのだ。
そんな彼女が軽く右手を上げた。
「ああ、ありがとう。サンドラのおかげで安心して戦えたよ」
「ふふっ、それはエクレールだからよ。普通はあんな風に戦えないわ」
私──ことエクレール=アストラはサンドラの言葉に思わず苦笑してしまった。
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