第六章 閑話7 とある魔道具店の店員は目標の真実を知る 1
とある昼下がり、私──ことブロドは休憩時間を使って図書館に来ていた。
もちろん、自身の目的を達成するために調べ物をするためだ。
しかし、残念なことにその成果は芳しくない。
「ふむ……やはり【聖遺物】については曖昧な記述しかないな。いくら王都の図書館とはいえ、魔道具の生成国じゃないのなら仕方がないのかもしれないな」
私は本に書いてある内容を見ながら、思わずそんなことを呟いていた。
この図書館に通い始めて二週間、暇があるときには来ているのですでにここにある【聖遺物】の本はほとんど読み切ってしまった。
といっても、そこまでの量があったわけではない。
しかも、どれもこれも眉唾物の噂程度の情報しかなかったわけだ。
まあ、それは仕方のないことではあるのだが、やはりほとんど情報がないのはショックである。
「だが、そうでないと面白くない。これぐらいの難易度じゃないと、私にとって調べがいがないからな」
「何を調べているんだい?」
「っ!?」
突然後ろから声を掛けられ、私は思わず驚いてしまった。
しかし、ここが図書館であることを思い出し、声を出すのをどうにか留めることに成功した。
そして、私は睨むような視線で声をかけてきた人物に話しかける。
「どうして師匠がここにいるんですか?」
「私がいちゃ悪いかい? この図書館は誰にでも開放されているはずだが……」
「そんなことを言っているわけじゃないですよ。店番をしている師匠がどうしてここにいるか、ですよ。サボりですか?」
「あんた、最近口が悪くなっていないかい? 師匠としてはそこが心配なんだが……」
私の言葉に師匠は大きくため息をつく。
いや、ため息をつきたいのはこっちなんだけど?
せっかくの休憩時間にどうして店のことでここまで考えないといけないんだ?
こういうときぐらい自分の時間ぐらい作らせてよ!
「丁寧な言葉遣いをして欲しかったら、少しは師匠らしいことをしてくださいよ。私が勤めるようになってから、貴女にほとんど教えてもらったことはありませんよ」
「普段から教えているじゃないか」
「何を教えてくれたんですか?」
「私のようになるな、という教訓かな?」
「……」
あまりの横暴な持論に思わず言葉を失ってしまう。
どうして私はこんな人の店に就職してしまったのだろうか、後悔の念が胸の中で一杯になってしまう。
辞めてしまおうか、思わずそんな考えがよぎってしまう。
だが、すぐにそんな思いは頭から追い出す。
そんなことを考えていると、師匠は俺が読んでいた本に目を向ける。
「【聖遺物】かい? また、こんなものを調べて……」
「悪いですか?」
「ああ、そうさね。こんなことを調べるぐらいだったら、他のことをしていた方がよっぽど建設的さ」
私の質問を師匠はバッサリと切り捨てた。
彼女は【聖遺物】の話になると本当に冷たくなる。
普段は人に対して干渉することはほとんどないのに、これについてはなぜか反対してくるのだ。
まあ、これは彼女の事情によるものだろうが……
「【聖遺物】は私にとっての憧れなんです。それを再現することを目標にしているんですから、師匠に反対される謂れはないですよ」
「本当に生意気だね。年長者の忠告ぐらい素直に聞けないのかい?」
「忠告を聞いてほしかったら、普段から年長者らしいことをしてくださいよ。最低限、自身の周りの後片付けぐらいは自分でしてくださいよ」
「……苦手なんだから仕方がないだろう。師匠の世話をするのは弟子の役目だろう?」
「だったら、私のやることを反対するのはやめてくださいよ。世話になっているんだから……」
「それはできない話さね」
「……」
まったく話が通じない。
一体、師匠の何がこんなことをさせるのだろうか?
私は理解できずに思わず睨んでしまう。
そんな私の視線に怯えたわけではないだろうが、師匠は大きくため息をついた。
「どうして私があんたを止めるのか、知りたいみたいだね?」
「ええ、そうですよ。何の理由もわからずに止められる方の気持ちになってください」
「理由は言っているだろう? そんなことをやっても時間の無駄、だと言っているんだ」
「何に時間を使うかなんて、個人の自由ですよ。それに師匠にとって無駄な時間でも、私にとっては大事な時間なんです」
師匠の言葉に私は反論する。
別に師匠の言わんとしていることは理解できないわけではない。
こんな結果の出ない研究なんて、すぐにやめてしまうべきだという考えも理解できる。
だが、私にだって譲れないものがある。
それが幼いころから憧れていた【聖遺物】なのだ。
そんな私の思いが伝わったのか、師匠はさらに大きくため息をつく。
「はぁ……どうしてそんな頑固なのかね? 理解できないよ」
「師匠が怠けることについては頑固だからじゃないですかね?」
「うるさいよ。本当に生意気なんだから……」
「否定はしませんけど、師匠も大概じゃないですかね?」
「私はきちんと目上の人間に対してはしっかりとした対応をするさね。あんたみたいに目上の人間に生意気なことは言わないさ」
「いや、その辺は私だってしっかりとしていますよ。というか、師匠より目上の人間はいないでしょうが。エルフみたいな長寿のせいですでに年上がほとんどいないんですから……」
「ほう……それは私に対する挑戦と受け取っていいのかい?」
「(ぐにっ)いっ……しゅ、しゅみません」
笑顔を浮かべながらも全身に怒りのオーラを纏わせた師匠に頬をつねられ、私は素直に謝ってしまう。
いくら長生きのエルフとはいえ、女性に年齢のことを触れるのはよくなかったようだ。
他の人には気を付けるけど、師匠だったら大丈夫だと思っていたのに……
師匠も女性だということか……
その辺は次から気を付けることにしよう……いくら言い争いをしていたとしても……
そんな私の様子に師匠はため息をつく。
そして、俺の頬から手を離し、近くの椅子を引き寄せて座る。
一息ついてから、口を開く。
「はぁ……とりあえず、【聖遺物】について話すとしよう。ブロドは【聖遺物】についてどこまで知っているのかい?」
「えっと、私が知っているのは【聖遺物】が神々が作った伝説の道具であること、その効果は一つの国を塵も残さず消滅させるほどで、それによって古代の国が一つ消滅した、ということかな? あとは噂レベルの眉唾物の話ばかりしか手に入りませんでした」
「ふむ……」
「師匠?」
私の説明を聞いて、師匠が顎に手を当てて悩むような仕草をする。
どうして彼女がそんな反応をするのかわからず、思わず問いかけてしまう。
しかし、そんな私の反応を無視して、師匠は再び話し始める。
「思ったより調べられているようで驚いたね。流石は王立学院でも優秀な成績を残していただけはあるさね」
「……それはどうも」
「だが、今言ったことですら、一部しか正解していないね」
「なっ!?」
師匠の言葉に私は驚きの声を漏らしてしまう。
自信満々に言った答えが一部しか合っていないと言われたからだ。
そんな私の反応を見て、師匠は声を押し殺して笑った。
「くくっ、その顔を見られただけで私は嬉しいよ」
「ぐっ……師匠を笑わせるためにこんな反応をしたわけじゃないんですが?」
「それはすまない。だが、私の知りうる限りの正しい知識を教えてやろう。少なくとも王立学院どころか、この世に残っている資料なんかよりよっぽど正しい知識を手に入れられるさ」
「なっ!? 本当ですか?」
師匠の言葉に私は思わず目を輝かせる。
それは当然だろう。
自分の求めていた知識が手に入るのだから、嬉しくなって当然だ。
そんな私の反応を見て、師匠はため息をつく。
「ああ、本当だよ。だが、私としてはあまり伝えたくはないんだがね」
「そんな殺生な。教えてください」
「わかったよ。ここまで伝えてお預けするほど私も鬼じゃないからね」
「お願いします」
ため息をつきながらもしっかりと教えてくれると言った師匠に私は感謝する。
今までいけずな人だと思っていたが、意外といい人なのかもしれない。
まあ、だからといって普段から私に日常生活の仕事を押し付けるのはどうかと思うけど……
そんなことを思いながら期待に胸を膨らませていると、師匠が話し始める。
「さて、【聖遺物】が神々が作ったものだとお前さんは言ったかもしれないが、それは間違いだ」
「そうなんですか? じゃあ、誰が作ったんですか?」
「それはもちろん、【古代帝国】に住んでいたエルフさね」
「えっ!?」
師匠の言葉に私は言葉を失ってしまった。
それほどまでに衝撃の事実だったからだ。
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