第六章 閑話2 親父たちの飲み会2
「おや、グレイン坊ちゃんの話をしているのにどうして暗い顔をしているんだい、領主様?」
「む? ローゼスか?」
ドンとテーブルの上に酒の入ったジョッキを置きながら、一人の女性が会話に入ってきた。
もちろん、この店──【フォアローゼス】の女店主であるローゼスである。
快活な性格と人を引っ張っていく姉御肌で男女問わず人気のあるのが、この女店主である。
彼女のファンはこの店の店員や常連客、村の連中だけに飽き足らず、別の村の住人まで彼女に会うためにわざわざやってきているらしい。
まあ、彼女の魅力もわからないでもない。
だが、あいにくと俺は既婚者であるし、どちらかというと女性を守りたいと思っているので、タイプの女性ではない。
なので、浮気の心配はないわけだ。
「なんでも飛び級で王都の学院に入学したそうじゃないかい。坊ちゃんのことだから、別に悪い事をしたわけじゃないだろう? それなのに、どうして暗い顔をしているんだい?」
「まあ、悪い事はしていないな。というか、グレインが模擬戦で負けたことを知らされただけさ」
「えぇっ!?」
俺の言葉にローゼスがものすごい勢いで驚いた。
いや、そこまで驚くことか?
あまりの反応に俺は思わず問いかけてしまう。
「そんなに驚くことか? グレインだって、一応は人間だぞ? 負けることぐらいはあるだろう」
「実の親が「一応」とかつけてやるなよ」
「そうですね。ですが、間違っていないところが何とも……」
俺の言葉にリオンとルシフェルがそんなことを言ってくるが、無視しておく。
いちいちこいつらの言葉に反応している時間ももったいないからだ。
そんな俺の言葉を聞いたローゼスは驚きもそのままに話し始める。
「王都には領主様並の化け物がいるということかい? それぐらいしか、坊ちゃんが負ける姿が想像できないんだが……」
「一応いることにはいるが、今回はその人じゃないな。いや、以前にグレインを誘拐した人ではあるが……」
「はぁ? なんでそんなことに?」
「その人がグレインの能力に目をつけて、飛び級で無理矢理入学させたんだよ。といっても、事前に俺たちに連絡は入っていたから、無理矢理とは違うかもしれないが……」
「へぇ……そんなことが……というか、その人じゃないんだったら、一体誰が坊ちゃんを倒したんだい? いくら王都とはいえ、領主様並の実力者がそう多く入るとは思えないんだが……」
「シリウスとアリス、ティリスとレヴィアの四人さ」
「へ? それって、領主様たちの娘っ子たちだよね?」
俺の説明にローゼスが信じられないとばかりに目を見開く。
どうやら、彼女はうちの子供たちのことを全員知っているようだった。
そうでないと、そんな表現は使わないだろう。
まあ、とりあえず否定はしておいてやろう。
「シリウスは息子だぞ?」
「いや、あんな可愛らしい子が男の子なわけないだろう? いや、むしろ「男の娘」か?」
「何を言っている?」
ローゼスの言っていることがよくわからない。
なぜ二回も「男の子」と言ったのだろうか?
俺には違いが判らなかったのだが……
「気にしないでおくれ。とりあえず、坊ちゃんが嬢ちゃんたち四人に負けたということだね?」
「ああ、そういうことだな」
「しかし、私としては信じられないねぇ。いや、嬢ちゃんたちの実力はかなりのものであることは理解しているけど、だからといって坊ちゃんに勝てるとは思わないんだが……」
「俺たちも驚いているさ。だが、連絡によるとグレインの弱点を突くことによって、どうにか勝利を掴むことが出来たらしい」
「弱点? 坊ちゃんにそんなものがあるんですかい?」
「ああ。といっても、それに気づいたところで勝てる可能性はかなり低いんだがな」
「そんな中で嬢ちゃんたちは勝利を掴んだから、すごいということだね」
「そういうことだな」
ローゼスの言葉に俺は頷く。
今回のシリウスたちの勝率は限りなくゼロに近かったはずだ。
だが、そのうえで勝利を掴んだわけだから、これはしっかりと褒めてあげるべきだ。
今度会った時にしっかりと褒めてやるとしよう。
「じゃあ、どうして領主様たちは暗い顔をしていたんだい? 坊ちゃんが負けたぐらいなら、そこまで落胆するとは思えないんだが……」
「別に俺たちが暗くなっていたのはグレインが負けたことが理由じゃないさ」
「そうなのかい?」
「ああ。実はさっき言ったグレインを誘拐した人がな、今のグレインの先生なんだが……」
「なんで誘拐犯が先生を? というか、それは坊ちゃんが大丈夫なのかい?」
「一応、俺たちの師匠的な存在でもあるから、グレインの身の安全については問題ない」
「なら、よかった……のか?」
俺の言葉にローゼスは安心した(+疑問を感じている)ような表情を浮かべた。
まあ、俺の言葉を聞いた限り、どう反応していいのかわからないのも事実である。
だが、流石に今はそんなことを気にしている時ではない。
説明を続けよう。
「とりあえず、その人は俺たち以上に強いうえに性格に問題があるんだ」
「はあ? そんな人がいるのかい? 王都っていうのはどんな魔境だいっ!」
「……否定はできないな」
「本当にそんな人に坊ちゃんを預けてよかったのかい? 帰ってきた時にとんでもない子になっていないだろうね?」
「そ、それは大丈夫だと……信じたい」
「……」
俺の言葉を聞き、ローゼスがジト目でこちらを見てくる。
そんな目で見ないでくれ。
俺だって大丈夫だと言い切りたかったさ。
だが、この世に絶対ということはないんだ。
だからこそ、グレインは負けたわけなんだから……
「とりあえず、グレインに教えることが出来る人物なんて、その人ぐらいしかいなかったんだよ。これは才能の有りすぎるグレインが悪い」
「あんた、それでも坊ちゃんの親かい? 流石にその言いざまは坊ちゃんが可哀そうさね」
「うぐっ……すまない。言い過ぎた」
「分かればいいさ。私だからよかったものの、坊ちゃん本人の前でそんなことを言わないようにね」
「それぐらいわかっているさ」
彼女は俺のことを何だと思っているんだろうか?
これでもこの領地を治める領主だぞ?
もう少し尊敬の念を持っても……いや、俺自身が貴族らしい振舞いをするのが嫌いだから、そういうことを押し付けるのはダメか?
これは口に出さないでおこう。
リズとクリスに報告されでもしたら、説教コースは免れない。
「とりあえず、坊ちゃんが次に会った時が心配だったから、暗い顔をしていたんだね?」
「まあ、そういうことだ」
「そんなことを気にするぐらいなら、どしっと構えてな。たとえ子供がどんな風に育ったとしても、真正面から受け止めてやるのが男親ってもんさね」
「っ!?」
ローゼスの言葉に俺ははっと気づかされた。
たしかに彼女の言う通りだ。
どんな成長をしたとしても、グレインはグレインなのだ。
父親として、キッチリと受け止めてやるべきなのだ。
それなのに、俺はグレインの変化が怖くて……なんと情けない親なんだろうか。
すまない。
心の中でグレインに謝る俺にローゼスは笑顔を浮かべた。
「よし、とりあえずこういう時には良い酒を飲むにかぎる。坊ちゃんたちが成長したんだから、祝ってやるべきさ」
「そうだな。じゃあ、この店で一番いい酒を開けてくれ。そして、この店にいる全員に一杯ずつおごってやろう」
「おお、流石は領主様。よし、それなら秘蔵の酒をあけることにしよう。だが、大丈夫なのかい?」
「何がだ?」
「いくらうちが安いとはいえ、この酒はなかなかの値段がするんだが……領主様でもきついと思うぞ?」
「それなら気にするな。うちは男爵家とはいえ、かなり儲けている部類だからな」
ローゼスの心配を俺はあっさりと一蹴する。
たしかにカルヴァドス男爵家は他の男爵家──いや、その上の子爵家どころか伯爵家や侯爵家にすら匹敵するぐらいの財政になっている。
といっても、その半分ぐらいがグレインが発明したものをミュール商会が販売した売り上げによるものであったりする。
このことについて、俺はこの時忘れていた。
なんせ、この財政の一部は俺自身が魔物を討伐することで得ている金であるからだ。
グレインによる収入に比べると少ないのだが……
とりあえず、この時の俺は自分で稼いだお金だから問題はないと思ったのだ。
「よし、なら開けるとするか。お前たち、領主様からのおごりだぞ。ありがたく飲めっ!」
「「「「「おお~!」」」」」
ローゼスの宣言に酒場の雰囲気が一気に盛り上がった。
こういう酒の入った場ではこういうノリの良い事をすれば、場が盛り上がるのだ。
元冒険者の俺としては、こういう雰囲気はかなり好きだ。
少なくとも貴族同士の小綺麗な社交場なんかよりよっぽど楽しいのだ。
だから、俺は領民たちと一緒に酒を酌み交わすため、彼らの輪に加わった。
リオンとルシフェルたちももちろん一緒にだ。
「よし、お前ら。今日は朝まで飲むぞ~」
「「「「「おお~」」」」」
俺の宣言と共にさらに場の空気が盛り上がった。
そして、そのテンションのまま俺たちは朝まで酒を飲みまくった。
大半の客は潰れて倒れてしまっていたが、俺たち三人は最後まで残っていた。
潰れることはないとはいえ、ほろ酔いで楽しい気分になっていたので、ふわふわした気持ちのまま俺たちは家路についた。
そして、俺たち三人はリズとクリス──さらには、転移魔法によってやってきていたリオンとルシフェルの嫁たちも加えた四人から説教を受けることになった。
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※酒は飲み会の場を盛り上げるためにとても有用なものですが、実際に飲む場合には節度を持って飲むようにしましょう。節度を守らずに無茶な飲み方をすると飲んだ人、飲ませた人、さらには関係のない周りの人にも迷惑をかけることになります。みなさんもそうならないようにしましょう。これは福音との約束ですよw
※いろいろと問題がありそうだと言われそうなので、先んじて言い訳をしておくことにします。今回、アレンは自分の領地は稼いでいるので、多少は高い酒を自由に飲めると言っています。これはあくまで自分で稼いでいる金が領政の一部を担っているため言っているだけです。グレインの稼いだ金でのんでいるわけではありません。彼は息子の稼いだ金で豪遊するような屑ではないので悪しからず……




